
神戸高専の水越先生は和歌山県のご出身です。自然災害と地域復興の現実を見つめ、土木工学の道を選んだ背景には、地元に寄り添い続ける深い思いがありました。鳥取大学でのコンクリート研究、企業の研究員を経て、現在は高専で教育と研究に励む日々。地元を支え、次世代を育む「コンクリート工学」の魅力とは——その歩みと熱意に迫ります。
地元の水害を原体験に、土木工学科へ進学
―どのような幼少期を過ごされましたか。
特に理系の学問に興味があったわけではなく、むしろ野球に夢中でした。小学校4年生から少年野球を始め、中学までは勉強よりも野球に熱中していましたね。地元である和歌山県では箕島高校が当時は強豪校で、春夏連覇を果たしたこともあり(1979年)、野球に対する憧れが強かったです。しかし、中学に進学すると自分の実力を自覚し、野球を続けることを諦め、進学に専念することにしました。
進学した耐久高校は海の近くにあり、自転車で通学していました。海岸の側を走るのですが、そこで台風で壊れた防波堤を幾度も目にしたことが、土木工学に関心をもった最初のきっかけだったと思います。

私が生まれる少し前に地元である有田市では紀州大水害(1953年)が起き、河川が氾濫して大水害にあったそうです。私の実家も含めて一帯がすべて流され、多くの命が奪われたと聞いています。
私の幼少期自体が有田市の復興の過程にありましたし、小学校でも水害の被害の大きさについて学ぶ機会が多くありました。自分は水害を体験はしていませんが、それを体験した人から大変だったという話を聞いたことは、強く印象に残っていました。そういったこともあって、将来の進路を考える中で、地元に貢献できる仕事をしたいと思い、土木工学を志すようになりました。
―地元を離れて鳥取大学に進学されたのはなぜですか。
そもそも希望していた海洋土木工学科のある大学は全国で数えるほどしかなかったのです。そのうちの一つが子供の頃に旅行で連れて行ってもらったことのある鳥取だったので、そこに進学を決めました。
鳥取大学ではコンクリートの耐震補強に関する研究を行っていました。特に、鉄筋コンクリートの部材が地震の力でどのように壊れるのか、そしてその壊れ方を防ぐための鉄筋の配置について研究しました。コンクリートの耐震性能を向上させるための研究は、阪神淡路大震災の影響もあって、非常に重要なテーマでした。
―大学生活での思い出やエピソードを教えてください。
大学生活では、勉強に専念することを決意し、テレビも買わず、部活もせず、ひたすら勉強に励みました。特に研究室でのコンクリート研究は、仲間と一緒に力を合わせて行うもので、非常に充実していましたね。コンクリート研究は力を使ってコンクリートをこねたり、それを運んで実験をしたりと、共同作業です。研究が終わった後には、仲間と一緒に飲みに行ったり、焼肉をしたりと楽しい思い出がたくさんあります。
鳥取の地元の方々の温かさにも、食事の美味しさにも感動しました。研究にはかなり熱心に取り組んでいたので、大学院は別のところを受けることもできたのですが、先生も研究室のメンバーも素晴らしかったので、鳥取大学の大学院に進むことにしました。その頃の仲間とは今でも交流があります。
―修士課程を修了されてから就職されていますね。
そうですね、その頃は博士課程のコースが鳥取大学にはなく、大学教員になるという進路のイメージも持てなかったため、就職を決めました。親が高校教員で、教員の大変さを聞いていたので、選択肢として考えていなかったのかもしれません。ただ、博士課程に行きたいという希望は持っていたので、大阪セメント(現:住友大阪セメント)に研究員として就職を決めました。

その後、会社からも許可をいただいたので、大阪大学の大学院に社会人ドクターとして進学しました。鳥取大学ではコンクリートという材料そのものの性質を研究することが多かったのですが、大阪大学では橋の床版という車などの荷重が直接かかる部分の強度に関する研究をしました。このときの研究も非常に楽しかったです。若い学生さんたちと接する機会も多く、このときから教員になりたいという気持ちを意識しはじめたと思います。
―企業に研究員として就職されていかがでしたか。
私は基礎研究より、目の前の問題を解決する研究のほうが好きです。大阪セメントにいた時はちょうどバブルの時代で、明石海峡大橋や関西国際空港といった大きなプロジェクトに関わったんですけど、セメントを納めて、コンクリートにした時にちゃんと性能が出るかどうかを確認するといった、実務的な研究が好きでした。会社自体もお金儲けというよりは、自分たちのセメントが重要なことに使われているという誇りのために仕事をしていたと思います。

辞める前の3年半は福岡に転勤し、九州の顧客の現場に近いところで仕事をしました。今までは大規模なプロジェクトで使われるセメントを考えることが多かったのですが、ここでは汎用的な現場で使われるセメントやコンクリートの品質管理やトラブル対応も経験しました。研究室での基礎研究とは違って、実際のプラントでどういうコンクリートになるのかを検証すること、クレームの原因を探って解決することが中心でした。その時に、研究室のきれいな理論だけでは解決できないケースが多いことを痛感しましたね。
今は高専で、自分で選んだ研究ができているので満足しています。企業にいた時と比べて設備面では苦労することも多いですが、自分がやりたい研究に取り組めるのは嬉しいです。結局、企業でも高専でも、自分は実用的な研究、現場に役立つ研究をやりたいのだと感じていますね。企業にいた時の経験が今の研究姿勢の土台になっていますし、どっちの環境にも良いところがあると思います。
19年勤めた企業を退職し、高専教員に
―企業に19年勤めてから高専に転職されたのですね。
最初は大学への就職を考えていましたが、一緒に高専の公募も出ていたので、いろいろと応募していたんです。面接試験に受かって採用いただき、ご縁があって高松高専(現:香川高専 高松キャンパス)で働くことになりました。
面接のときには「年齢的には高校生の生徒が相手なので、生徒指導や部活動の対応もありますが大丈夫ですか?」と聞かれましたが、父親が高校の教師で野球部の顧問を長年していたので、それを思い出して、自分にもできると思うと答えました。研究だけじゃなくて、部活動とか学生指導もできるのが面白そうだなと思いました。
研究ももちろん続けたかったですけど、もともと教えること自体には興味があったんです。小学生か中学生くらいのときには、学校の先生になりたいと思っていた時期もありました。父親が教師だった影響もあると思いますね。親からは「先生は大変だぞ」って言われていましたけど、気づけば同じ道を選んでいました(笑)
―実際に高専に就職されてみてどうでしたか。
ずっと大人相手の仕事をしてきたので、学生に教えるという仕事を始めることに最初は不安がありました。実際に始めてみて驚いたのは、何でも自分でやらないといけないこと。会社では名刺からパソコンの設定まですべて準備してもらえましたが、高専ではコピーも名刺作成も、自分で全部やるんです。最初は慣れなくて戸惑いましたし、一人部屋だったので少し寂しさもありました。でも、1年も経てば慣れましたね。
結果的には、高専教員になってよかったと思います。40代で大きなキャリアチェンジをしたけれど、今となっては「会社勤めと違う仕事」に「会社勤めと同じ年月」携わることができて幸せだなと思っています。高専生の指導も研究もどっちも経験できるのは貴重だし、今振り返ってもいい選択だったと思います。
―高専でのご研究について教えていただけますか。
大きく分けて3つの研究を学生と進めています。
まず、「繊維補強コンクリートを道路舗装に実装する研究」で、これは私がずっと取り組んでいるテーマです。コンクリートは引張に弱いので、鉄筋を入れて強度を保とうとするのですけど、それを繊維で代用しようという研究です。日本では舗装の9割くらいがアスファルトなのですが、耐久性を考えたらコンクリートの方が優れているんです。そこで、鉄筋を減らして施工を簡単にしつつ、長寿命な道路の実現を目指しています。今は国土交通省に試験施工のお願いをしている段階です。
次は「廃碍子を使ったコンクリート材料の研究」です。碍子(がいし)というのは電柱などで使われている白い絶縁体なのですが、電柱を壊すときに廃棄されてしまうんです。これを砕いてコンクリートに混ぜると耐久性能が上がることが分かってきたので、鉄道の枕木に使えないか試しています。ただ、リサイクル資材は普通の材料に比べて量が足りなかったり、忌避感が強かったりするので、そこをどう乗り越えるかが今のポイントです。
3つ目が「ひび割れ自己治癒技術」です。自己治癒剤という特殊な物質をコンクリートに混ぜ込むと、ひび割れを自分で埋めてくれるんです。ただ、これが現場での施工条件に合わない部分がまだあって、特に固まる時間が遅れるのがネックなので、その点の改良を進めています。
―その他にも地域貢献を進めているとお聞きしました。
「香川県生コンクリート品質監査会議 議長」の仕事ですね。生コン工場の品質を保つためのサポートをしており、第二の地元香川の産業に少しでも役立てばと思って続けています。この経験を活かし、将来は和歌山のコンクリート業界へも貢献したいと考えています。

コンクリートやセメントって、基本的には生コンクリートとして使われるんですよ。日本全国に生コン工場はたくさんあって、その技術のサポートをするのが仕事の一部です。以前は福岡でその役割をしていたんですけど、高松に来て以降は香川の生コン工場が所属する工業組合の技術や品質を保つためのお手伝いをしています。最初は副議長を務めていたのですが、長年やっているうちに議長を任されるようになりました。
その工業組合が50周年を迎えたときに、「長い間貢献してくれた」と、感謝状もいただきました。和歌山から香川に来て、お世話になった香川のために少しでも役に立ちたいと思い、神戸高専で働いている今も続けています。
また、本校都市工学科は近畿建設協会と連携協力に関する協定を締結んでいまして、その一環で若手社員研修の講師をさせていただいたりもしてます。

今年からはリペア会の理事も務めています。これは補修や補強に関する会社さんたちが集まる会です。最近はコンクリートがひび割れたり、劣化が進んだりすることが多いので、その対応がとても重要になってきているんですよね。新設工事よりも、既存のものを維持していくことの方がこれからは大事になってくると思います。
―先生の考えるコンクリート工学の魅力とは何でしょうか。
やっぱり、大きいものを自由な形でつくれる点だと思います。しかも、これほどの低コストでつくれる材料って他にないんですよね。もちろん、セメントの製造過程でCO₂がたくさん出るとか、採石で自然を破壊しているといった課題も確かにありますが、我々の生活にとって代替不可能な材料だと思います。
それに、今の技術を以てしても、コンクリートを扱う現場はロボットだけで完結するわけではありません。そこでは人間が力を合わせて大きなものをつくっていますし、私はそういうプロセスそのものにすごく意味があると思っています。
最近では情報系やBIM/CIMが学べることを推す学校も多いですが、私は「実際に手を動かして汚れる経験」も大事だと思っています。そういう意味では、高専の教育ってすごくいいんじゃないかなと感じていますね。
―先生の考える高専の魅力を教えてください。
実践的な技術を早い段階で学べることです。実験や実習に力を入れており、実務の場で即戦力となる技術を身につけることができます。5年間で大学と同じ内容を学ぶのでちょっと大変ですが、その分、進路も広がります。ただ、専門に興味を持てない場合は、少し厳しい部分もあるかもしれません。大学への編入学も可能で、進学の選択肢も広いです。自分のやりたいことが明確であれば、高専は非常に良い選択肢だと思います。
―高専生にメッセージをお願いします。
高専生には、基本的な技術をしっかりと身につけることの重要性を伝えたいです。新しい技術や流行に飛びつくのも良いですが、基本をおろそかにしてはいけません。また、一人でやるのではなく、仲間と協力して取り組むことが大切です。みんなで力を合わせて一つの目標を達成することをぜひ経験してほしいです。
水越 睦視氏
Mutsumi Mizukoshi
- 神戸市立工業高等専門学校 都市工学科 教授

1983年3月 和歌山県立耐久高等学校 卒業
1987年3月 鳥取大学 工学部 海洋土木工学科 卒業
1989年3月 鳥取大学大学院 工学研究科 土木工学専攻 修士課程 修了
1989年4月 大阪セメント株式会社(現:住友大阪セメント株式会社) 中央研究所 研究員
2002年3月 大阪大学大学院 工学研究科 土木工学専攻 博士後期課程 修了
2003年7月 住友大阪セメント株式会社 福岡支店 技術センター長
2007年1月 高松工業高等専門学校(現:香川高等専門学校 高松キャンパス) 建設環境工学科 准教授
2010年10月 香川高等専門学校 建設環境工学科 教授
2016年4月より現職
神戸市立工業高等専門学校の記事



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