地元の香川県が抱える水の問題をきっかけに環境問題に興味を持ち、土木工学の道に進んだ香川高専の多川正先生。今は地方や発展途上国の水環境の改善のために奔走しています。学生時代の思い出や高専教員になったきっかけ、研究に対する信念などを伺いました。
身近な興味から、学問の道へ
―高専で土木工学を学ぼうと思ったきっかけを教えてください。
出身の香川県での水不足や瀬戸内海の赤潮被害などを見たことが、幼い頃に環境問題に興味をもったきっかけです。たしか教科書で赤潮の被害で瀬戸内海の養殖ハマチが死んで浮いている写真を見て、「地元にはこのような問題があるんだ」と思ったのが始まりだったと思います。雨が少ない香川は水不足で有名なので、当時からよく耳にしていました。
また、実家が野菜や花を育てる専業農家で、手伝いをしている際に農薬の影響で手が痒くなったりしたことがあり、その原因が気になっていました。中学校の理科の自由課題では農薬の硫酸銅について調べていました。こうした身近な経験から幅広く環境問題に興味を持ち、高松高専(現:香川高専 高松キャンパス)の土木工学科に進学しました。
高専生時代は、授業以外でも自分で水道や水環境などの図解本を買って学んでいましたね。本を読み、登場する参考文献の本をまた買う、というのを繰り返して、ひたすら読み漁っていました。また、免許を取得した後は、実際に現場を訪問していました。これは勉強というより趣味みたいな感覚でした。
当時、学校の授業はいわゆる土木工学の基礎である構造力学や土質力学、水理学などが中心で、環境についての授業はあまりありませんでした。ただ、自分で本を読み、現地を見ている中で、「もっと環境について学んでみたい」という気持ちが湧いたんです。そこから、成績や編入試験の内容、クラブ活動である柔道部とも両立したいことなども考慮して、環境に強いイメージのあった長岡技術科学大学 工学部 建設工学課程への編入学を決めました。
―大学時代のインターンシップが印象に残っているそうですね。
大学4年生のとき、インターンとして荏原製作所の研究機関であった荏原総合研究所へ半年間お世話になりました。そこでは大学院に戻った際にインターンでの経験を生かして研究を進められるようにと、同じ研究室のOB生の方にさまざまなことを教わり、研究を任せていただきました。
まず、「この論文の通りにやってみて」と、いきなり英語の論文を渡されるところからスタートです。ガラス器具の洗い方といった基礎を教わりつつも、実験の進め方やスケジュールなどは一任していただき、研究の進め方を一から知ることができました。
また、ありがたいことに、「研究ではうまくいかないことが当たり前だから、いくらでも失敗しなさい」と言っていただき、失敗を次に生かす心持ちで取り組んでいたので、苦労を感じたことや辛いと思ったことは全くありませんでした。
―現在の研究内容でもある、廃水の浄化の研究を始めたきっかけを教えてください。
先述のインターンシップのときに先輩に連れて行っていただいた北海道の学会で、嫌気性微生物による廃水処理の発表を聞いたのがきっかけでした。
嫌気性微生物とは、酸素がなくても生きられる微生物のことで、水田やヘドロの中にも生息しています。この微生物をうまくコントロールすると、汚い廃水の中に含まれる汚れ(有機物)を、メタンや二酸化炭素に分解できるのです。
現在の下水処理場でも、酸素が必要な好気性微生物の処理でも、同じように汚れをきれいにすることは可能ですが、処理に膨大な電力を消費し、多くの廃棄物が出ます。しかし、嫌気性微生物を利用すれば、水をきれいにしながら有用なメタンガスも回収できるのです。この将来性の高い技術の研究に惹かれました。
以降、私は廃水の浄化能力の向上の研究や、処理に関係する微生物の調査、また、今まで微生物では処理できなかった化学物質を含んだ廃水や油分を多く含んだ廃水など、適用できる廃水の種類を広げるための研究を続けています。
研究・教育は、同じ志を持つ仲間探し
―卒業後は一度就職してから高専の教員になられています。
博士後期課程修了後は、研究の道も考えたのですが、大学にはポストがなく、応募した高専教員の公募にも落ち、タイミングが合いませんでした。そんな中、研究にてご縁のあった神鋼パンテック(現・神鋼環境ソリューション)に就職し、これまで学んできた微生物による廃水処理設備の計画や試験などの実務に携わりました。
そこで働く中で、ある時、インドネシアでの嫌気性微生物を使った廃水処理に関するセミナー登壇のお話をいただいたんです。大学院時代の研究室の師匠である原田教授からの推薦でした。私は大学院でこのテーマを研究し、企業では実際に装置の設計や維持管理の仕事を行っていたため、アカデミックにも実務的にも説明ができる人物として選ばれたようです。
セミナー当日は、インドネシアで環境に関するビジネスを考えている方や行政の方、現地のNGOの方など、100人以上に参加いただきました。講演時間は質疑含めて3時間と長く、時間を持て余すのではないかと思っていたのですが、参加者からの質問が途絶えず、結局時間を少しオーバーしてしまったと記憶しています。
多くの人が熱心に聴き質問する姿を見て、「このテーマや技術は世界的にも重要で、さらに発展させていく必要がある」と確信しました。そして、私だけがこのテーマに取り組むよりも、教育や研究を通して、同じビジョンを持つ仲間を増やした方が問題解決につながるのではという人材育成の必要性も感じました。
講演から1ヶ月後、タイミング良く母校での環境系の教員の公募があると聞き、応募して高専教員に就くことができました。2004年の7月でしたので、ちょうど20年前になります。インドネシアでの講演も、高専教員の公募に関してもそうですが、周囲が良いタイミングで導いてくれたおかげで今の私があるような気がしています。
―現在の研究内容についてお聞かせください。
主に、地元産業や発展途上国の廃水浄化に関する研究に取り組んでいます。まずは讃岐うどんのお店から出る廃水を浄化する装置の開発です。
この研究を開始した当時、2000年前後は讃岐うどん店巡りがブームになっていました。香川にはたくさんのうどん店があり(※)、中には昼間にしか営業をしていないお店も多くあります。そのため、各店舗がお昼の営業時に出た廃水を一気に捨ててしまい、川や海が汚染されるという問題が起こっているんです。この問題に香川県が主体で取り組んでいました。
※総務省統計局・経済産業省「令和3年経済センサス−活動調査」によると、香川県は人口1万人当たりの「そば・うどん店」の数が5.08店と、全国1位となっている。なお、「そば・うどん店」は「飲食サービス業」に分類される事業所を計上したものであり、香川県でよく見られる「製麺所」タイプのうどん店も含めると、さらに多く存在することになる。
ただ、廃水処理装置の導入には200〜400万円もかかるという数字が出ており、当時一杯100円ほどでうどんを提供していたお店が、導入に高額な費用をかけられるわけがないと思ったんです。そこで、「安価でお店の方が自作できる」という点に重きを置いて、装置の開発に取り組みました。現在は、浄化の工程で出るメタンガスをどのように有効活用するのか検討している最中です。
他には、主に大学や高専の研究メンバーと共同で、インドやエジプトでエネルギー消費が少なくメンテナンスが容易な下水処理システムの開発と実用化に取り組みました。最初は、インドでシステムの開発と実規模での実証に取り組み、その技術を他の国でも生かすべく、次はエジプトで下水を処理した後に灌漑で再利用可能なシステムを検討し、こちらも現地で実証しました。どちらも現在、現地で実際に使われています。
その後、日本での適用を考え、高知県須崎市でも同様のシステムの導入を検討し、実現しました。
また最近では、発展途上国の農村地域で、誰でも自作可能なアクアポニックス(淡水魚の陸上養殖と野菜の水耕栽培を同じシステム内で行う農業)の開発も行っています。発展途上国ではタンパク質が不足するケースが多く、そこで注目されているのが魚の養殖です。ただ、先進国と同様のシステムでは、導入にも維持管理にも高額なお金がかかってしまいます。そこで、現地の人たちが自作できる安価なシステムをつくろうと今動いている段階です。
―多川先生の研究では「安価で自作できる」というのが重要なのですね。
さまざまな研究を行っていますが、いずれも共通しているのは「安価」「シンプルな構造」「誰でも自作可能」であることです。また、「適正技術」という言葉を初期から大事にしており、地域の問題を、地域の方々が社会的・経済的・文化的に適した技術(=適正技術)で解決することが重要だと考えています。
何か問題があった際に、技術をお金で買うことも1つの解決策だと思います。ただ、高度な技術を導入して水が綺麗になっても、その後のランニングコストもかかりますし、メンテナンスも必要ですので、専門の管理者や運用者がいなくなったら、システムが続かないのも問題です。
そのため、経済的に実現できるように安価で、誰もが自作できるシンプルな技術である必要があります。さらに、現地の方々が技術を扱い、学んでいくうちに、さまざまな知恵を組み込んで進化していけるようにしていかねばならない、と常に意識しています。
夢は大きく。「世界平和」の実現に向けて
―研究において目指していることを教えてください。
尊敬するノーベル賞受賞者の山中伸弥先生の講演で「VW(ビジョンとワークハード)が大切」ということを拝聴したことから、私自身(研究室)の夢(ビジョン)として「水環境の改善による世界平和の実現」を掲げています。
できるだけ簡単で、経済的にも社会的にも受け入れられる廃水浄化技術の開発を発展途上国で行うことで、綺麗な水が川や海へと広がり、自然が豊かになり、上水道(飲み水)処理が可能になる。すると健康被害が減り、教育の時間も確保でき、高額な水を買わなくて良いことから経済的損失も少なくなる。その結果、水資源を国同士で奪い合うこともなく、世界平和がもたらされます。
ここで鍵となるのが、先ほどもお話しした「適正技術」です。先進国の技術をそのまま渡しても使えないケースがほとんどなので、現地のあらゆる状況に合わせた廃水処理の技術の開発を、現地の人たちと一緒に行うことが大切だと考えています。
このビジョンは研究室の説明会や授業でも学生に話しており、研究室に入ってくれる学生もビジョンに共感してくれた方が多いです。私の研究室は、主に水や廃棄物に関して、このビジョンに合った研究であれば、どのようなものでも受け入れています。
その結果、海外の水環境問題に関心の強い学生が多く、専攻科で1年間休学してインドネシアで廃水処理を行っていた学生や、コスタリカにて現地で使える下水処理の技術開発に取り組んだ学生なども在籍していました。
―高専での教育で意識している点はありますか。
土木技術者・八田與一(はったよいち)氏の考えが常に心にあります。簡単に言うと「土木工学の役目は人々に時間の余裕を与えること。時間に余裕ができれば人としてやさしくなり、学ぶ時間もできる」という考えです。
例えば、川を渡る際に今までは迂回して時間がかかっていたところに橋をつくることで、短時間で渡れるようになり、時間的余裕ができ、他の活動や学びに充てることができます。また、水道や下水道があることで、衛生的な環境が保たれ、病気による時間が失われることも少なくなります。土木工学はただ「便利になる」ものではなく、人生を豊かにするものです。
このように、直接的な目に見える土木工学の成果だけではなく、心を重視した教育を意識しています。
―多川先生が顧問・監督を務める柔道部についてお聞かせください。
柔道部の実績としては、去年は全国3位を獲得し、個人戦でも準優勝した学生がいます。ただ、今力を入れているのは、成績よりも教育面です。「最強の選手」ではなく「最高の選手」であってほしい——柔道で学んだことを生かして社会に貢献することの重要性を伝えています。
私は柔道に43年間携わっており、小学生の時から、柔道家の嘉納治五郎先生の「精力善用」「自他共栄」という言葉を教わってきました。「精力善用」は「自分の才能を世の中の役に立つことに使いなさい」、「自他共栄」は「互いに信頼して助け合えば、自他共に栄えることができる」という意味です。
この教えが、研究や教育において「自分たちの技術を世の中の問題解決のために正しく使う」という私の信念にも大きく影響を与えています。
―高専生にどのような印象を持っていますか。
高専生は真面目で実直な学生が多いです。また、やる気スイッチのようなものがあり、「おもしろそうだ」と思った瞬間、とてつもない力を発揮します。行動が早いですし、いろいろと自分の頭で考えてくれます。
例えば、私の研究室でアクアポニックスをつくる際に、「水処理装置に100円均一ショップで使えそうなものを探してきて」と言うと、知恵を出し合い、実際にほとんど100円均一ショップの商品で装置をつくってくれました。これは行動力や粘り強さを持つ高専生でなければ成し遂げられなかったと思いますね。
―最後に、高専生へのメッセージをお願いします。
やりたいことがまだ明確ではない学生も多いでしょう。ですが、決して悩むことではありません。まずは目の前のことに真剣に取り組み、結果を振り返り、次に生かすことを繰り返してみてください。続けていけばいつの間にか「気づく力」が養われ、世の中が今どのように動いているのか、自分に何ができるのかに気づくことができます。その中で、自分がやりたいことが徐々にわかってくるものだと思いますよ。
多川 正氏
Tadashi Tagawa
- 香川高等専門学校 建設環境工学科 教授
1994年3月 高松工業高等専門学校(現:香川高等専門学校 高松キャンパス) 土木工学科 卒業
1996年3月 長岡技術科学大学 工学部 建設工学課程 卒業
1998年3月 長岡技術科学大学大学院 工学研究科 修士課程 建設工学専攻 修了
2001年3月 長岡技術科学大学大学院 工学研究科 博士後期課程 エネルギー・環境工学専攻 修了
2001年4月 株式会社神鋼環境ソリューション 水処理計画グループ
2004年7月 高松工業高等専門学校 建設環境工学科 講師
2008年7月 同 准教授
2009年10月 香川高等専門学校 建設環境工学科 准教授
2021年4月より現職
2021年6月より適正技術フォーラムATFJ理事
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