
阿南高専をご卒業後、長岡技科大の大学院を修了され、東京高専に着任された武田美咲先生は、「高専時代は好き勝手やって、思い返せば楽しい思い出しか残っていない!」とのこと。そんな高専時代の思い出や、研究に関して、そして東京高専での取り組みについてお話を伺いました。
父の言葉を信じて、阿南高専に進学
-武田先生は、なぜ阿南高専に進学されたのですか。

小さい頃から絵を描いたり紙で工作したりすることが好きで、くるくる回すと実際に口紅が出てくるような機構を作って遊んでいました。パソコンが家に来てからは毎日のようにパソコンを触り、デジタルイラストを描いたりHPを作ったりしているのを見て、父が高専を勧めてくれたんです。
「高専は国立でお金があるから、一人一台パソコンも貰えるし、サックスも買ってもらえる」という父の言葉に騙される形で(笑)、阿南高専に進学しました。中学では吹奏楽部だったので、サックスを買ってもらえることは魅力的でしたし、「人と違う道を選びたい!」と思ったこともあります。
4つの部活に所属し、高専時代を謳歌する
-阿南高専での学生時代はいかがでしたか?
実はパソコンもサックスも買って貰えることはなかったんですが(笑)。充実した学生生活を送ることができました。部活動での楽しかった思い出がたくさんあります。当時私は、女子バレーボール部、吹奏楽部、英字新聞部、文化祭の執行委員会の4つの部活に所属していました。そこでお世話になった先生方との思い出が多いんです。
バレー部では、多田 博夫(ただ ひろお)先生と、新井 修(あらい おさむ)先生にお世話になりました。私が入部当時は部員が少なかったこともあり強豪校ではなかったのですが、入部してから部員がどんどん増え、4年時には全国高専大会に出場できました。
多田先生が当時、機械工学科の教授だったので、レシーブ練習の時にボールを出す機械まで持ってきてくれて、非常に熱心に指導してくださいました。全国高専大会には連続出場することができたのですが準優勝となってしまい、本気でやってきた分、部員全員で悔し涙を流しました。
-吹奏楽部での思い出はありますか?
吹奏楽部では宮本 陽生(みやもと はるお)先生と、錦織 浩文(にしこおり ひろふみ)先生にお世話になりました。吹奏楽部は中学生から続けていたこともあり、部長も任され、四国で開催される「総合文化祭」では最優秀賞をいただくことが出来ました。
ただ最初から強かったわけではなく、こちらも入部したときは部員が全然いませんでした。だんだん多くなり、「コンクールやコンテストに出よう!」と積極的に声を掛け、目標をつくりながら部をまとめていきました。部員も付いてきてくれたので嬉しかったです。
宮本先生には、部活が終わった後に部員皆によくかき氷やお好み焼きをおごっていただいたりしていました(笑)。今考えれば本当に好き勝手させていただいた5年間でした。公私ともに暖かく熱心に接してくださった高専の先生方に感謝の気持ちでいっぱいです。
-卒研では何をされたのですか。
高専での卒研では、福田 耕治(ふくだ こうじ)先生の研究室に所属し、アリを模擬した小型群知能ロボットを製作しました。アリは単体では無秩序に動き回るのですが、複数で群れになると、とたんに秩序を持った知的な動きをします。アリはフェロモンでコミュニケーションをしており、1匹がエサに辿り着いたらフェロモンを出して仲間に伝えます。このアリの最適な経路探索のはたらきを物流に活かせないかと、群知能を研究テーマにしました。
壮大なスケールのうち、わたしが行ったのは小型ロボットの製作のみです。専攻科の先輩が回路を設計してくださったので、それを元に基板加工を行い、ロボットの組み立てを行いました。福田先生の熱心なご指導の甲斐もあって、従来のロボットが直径6 cmほどだったのに対して、直径約3 cmまで小型化できました。その成果は次の進路となる長岡技術科学大学でも発表させていただきました。
恩師の存在に救われ、ドクター2年で新たな分野に挑戦
-その後、長岡技科大に編入されているんですね。

4年時に長岡技科大の研究発表会に参加し、そこで感情の定量化に関する研究をしている研究室を見学しました。もともと脳や生物に興味があり、「感情はなぜ生じるのか」を不思議に思っていたので、面白そう!と進学先に選びました。
スーパーVOS特待生制度で入学したので、博士課程修了まで進学することが決まっていたんです。共同研究に多く関わらせていただき充実はしていたのですが、毎日のように日が変わるまで研究室に残って作業をしていたので研究生活は大変でした。
家族の支えがあり、どうにかドクター2年まで進みましたが、このまま続けられるイメージが湧きませんでした。そんなとき、恩師である和田 安弘(わだ やすひろ)先生が相談にのってくださり、研究室を変える手もある、と言ってくださいました。研究分野も興味と合致していたことから、和田先生とのもとで学ばせていただくことに決めました。
-和田先生の研究室では、何を研究されたのですか。
これまで知らなかった「計算論的神経科学」という分野に足を踏み入れました。これは数学を使って脳の理解を目指すアプローチの一つです。特に「運動」を対象に研究してきました。例えば、腕を伸ばして目の前のコップを取るという動作だけをとってみても、「脳から指令が出され、脊髄や神経を通して筋に伝えられ、筋が収縮して関節が曲がり、手先が動く」という一連の情報伝達が行われています。
しかしコップを素早く取ろうとすると、正確さには欠けてしまいますよね。つまり、人間の運動は「速度と精度のトレード・オフ」に従っています。なぜトレード・オフが起きてしまうのか、どんなメカニズムなのかを計算論的アプローチにより解明するのが、私の研究です。
和田先生は計算論的神経科学を牽引されてきた研究者のお一人で、先生のもとで研究が出来たのは光栄でした。現在も共同研究をさせていただいているので、感謝の気持ちを成果で表現できるように頑張りたいです。
運動の経験的法則から、脳の普遍的な計算原理を探る
-東京高専に着任したきっかけを教えてください。

長岡技科大の時に、教員体験インターンシップで長岡高専に行きました。その時に、研究も教育も、いきいきと取り組まれている先生方の姿を見て感銘を受けました。それで高専教育に興味を持ち、和田先生に相談したところ、タイミングよく東京高専にご縁をいただきました。
-現在はどのような研究をされているのですか。
現在も速度と精度のトレード・オフの研究を続けています。アスリートのように、素早く正確な動作を実現するヒトの脳の優れた情報処理のしくみを明らかにしたいと考えています。運動は感情のような心理現象と比較して観測が容易なので、この分野を初めて学ぶ高専生の教材として適していると考えています。
現在は、重力が腕の運動における速度と精度の関係にどのような影響を与えるかを研究しています。理論上ではある程度予測は付いているのですが、理論通りになるのか確かめてみる段階です。その他にも「加齢に伴う運動機能の低下の予防や予測」や、「タイピング中の速度と精度の関係」などのテーマがあり、研究したいことがたくさんあります。
今後、長岡技科大との連携を加速させていきたい
-先生の今後の展望と、学生にメッセージをお願いします。

今後は、共同研究などを通して長岡技科大との連携を加速させていきたいと思っています。また、これまで長岡技科大で培ってきた基礎研究での知見をベースに、高専ならではの「ものづくり」、「社会実装」の研究・教育につなげたいと思っています。
研究者・技術者は、自分らしい生き方をデザインできる素敵な職業だと思います。高専教員はほぼ全員が博士号を取得しており、一人ひとり極めている分野があります。そういった教員に若いうちから直接教えてもらえることは、非常に大きなメリットだと思います。
高専は自由な校風でのびのびと自己表現ができる場だと思います。学生時代、高専を選んで良かったと思います。中学生のみなさん、科学やものづくりに興味があるならぜひ選択肢に入れてみてください!
武田 美咲氏
Misaki Takeda
- 東京工業高等専門学校 電気工学科 助教

2011年 阿南工業高等専門学校 制御情報工学科 卒業
2013年 長岡技術科学大学 工学部 電気電子情報工学課程 卒業
2015年 長岡技術科学大学 工学研究科 電気電子情報工学専攻 修士課程 修了
2021年 長岡技術科学大学 工学研究科 生物統合工学専攻 博士課程 修了
2020年4月より現職
東京工業高等専門学校の記事



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