元自衛官という、高専教員としては異色のご経歴を持つ香川高専 村上幸一先生。木星電波観測衛星「KOSEN-1」打ち上げのメンバーとして、宇宙人材の育成にご尽力されています。高専教員を目指したきっかけから、宇宙に関する取り組みまで、さまざまなお話を伺いました。
一度は諦めた教員の道
―先生は教員になられる前、陸上自衛官だったそうですね。
四国の出身ということもあり、私の高校からは広島大学か岡山大学に進学する学生が多かったんです。そんな時に、友達が、岡山大学と同じくらいの偏差値とのことで「防衛大学校」を受けるらしいという話を聞いて。推薦枠もあったので、それだったら受けてみようかなと思い、防衛大学への進学を決めました。
入学後、1年生は全員共通学部に所属して、2年生以降に陸上・海上・航空の中から自分の希望を出すことができます。私は航空を希望していたのですが、非常に人気が高く、第2希望の「陸上自衛隊」として、情報工学科に所属することになりました。
学部卒業後は、自衛官として6年間勤務していました。希望していた航空自衛官にはなれなかったのですが、空への憧れは諦めきれませんでした。そこで、自衛隊は陸上・海上・航空でそれぞれヘリコプターを所有しているので、私は陸上自衛隊の「航空隊」に進んだんです。
大阪の八尾空港という小さな空港で、はじめにパイロット業務についての研修をさせて頂きました。その後、茨城県の霞ケ浦駐屯地にある航空学校分校で、パイロット課程の訓練を始め、最初は、卵のような形をした「OH-6」という偵察用のヘリで100時間ほどフライトしました。その後基礎訓練を終えて、三重県の明野駐屯地にある航空学校で「UH-1」 という中型ヘリに機種転換することになりました。
ですが、そのタイミングでパイロット試験に落ちてしまって。次の職種として、気象予報士・管制官・ヘリ整備士・無線通信士の中から選ぶことになったんです。その中でも、私は情報工学科の出身だったということもあり、学んできた内容に一番近い「無線通信士」を選びました。
主な業務としては通信機材のメンテナンスで、定期的に部品を交換したり、ヘリに異常がないかをモニタリングしたりしていました。その後は、部隊のマネジメントをする部門で訓練の計画や物品の補給計画を作成するような「運用訓練幹部」も経験しました。
―そこからなぜ、高専教員へ?
実は、私の親が高校教員をしていたこともあり、もともと高校教員志望だったんですよね。防衛大に進んだのも、大学であればどこでも教員免許が取れると思っていたからで(笑)。いざ入学してみると教員課程はなく、教員になることは諦めかけていたんです。
そんな時、1つ上の学年にいた友達が修士卒業後に茨城高専に転職しまして。私は普通高校出身だったので、高専については良く知らなかったのですが、どうやら私でも教えることができるらしいという話を聞いたんです。防衛大からも教員になる道があるなら、私もチャレンジしてみようかと思い、縁あって香川高専に赴任することとなりました。
一度は教員という仕事を諦めた分、憧れはかなり強くなっていたので、高専教員になれた時には、今までモノクロだった世界に色が付いたようで、とても楽しかったですね。
木星電波観測衛星「KOSEN-1」が、打ち上げに成功!
―先生は、KOSEN-1の打ち上げメンバーとして衛星開発にも取り組んでいるとか。
10年ほど前、高知高専の今井一雅先生から「宇宙人材教育や衛星開発に取り組みたい」というお話をいただき、私も参加することになりました。
KOSEN-1は木星電波観測衛星です。木星には「イオ」と呼ばれる衛星が存在していて、イオが木星を横切ると、電波をつくり出すんです。その電波が地球全体を覆うような強力な「フラッシュ方式」の電波なのか、「ビーム方式」で放射されているのかといった放射原理はいまだ明らかにされておらず、KOSEN-1はその調査のために開発されました。
簡単に言えば、上空にいるKOSEN-1とニューメキシコ州にある電波観測所の2か所で電波を観測して、そこに時間差がなければフラッシュ方式、時間差が生じていればビーム方式だと判断するというしくみです。
私の研究室では、そのKOSEN-1に搭載するための無線通信システムの開発を担当しました。まったくゼロからの開発だったので、はじめは分からないことだらけでした。まず、無線機の使い方から分からなくて、製造している西無線研究所へ2回ほど訪問して使い方を教わったりもしました。
また、日本大学の「NEXUS」という衛星開発に携わっていた方など、衛星通信に詳しい方々に香川高専まで来ていただき、なんとか無線機からデータを発信できるようになりました。それ以降も、卒研生とうまく協力しながら開発を進め、2年半かけて無事完成させることができました。
―打ち上げに成功した時は、どのようなお気持ちでしたか?
KOSEN-1は、3回の延期を経験し、4度目で打ち上げに成功しました。ロケットは打ち上げ後に制御不能になった場合、遠隔操作で爆破することがあると聞いたこともあって。
そのため、打ち上げ前は不安な気持ちが強くて。エンジン点火の際に、少し黒煙が上がった時ですら「大丈夫なのか!?」と不安になりましたね。我が子を送り出すような気持ちで、複雑な心境でしたが、無事に打ち上がってくれて、本当に良かったです。
「バルーンサット実験」を通して、宇宙人材を育成する
―「宇宙開発研究部」の顧問としても、活動されているそうですね。
宇宙開発の研究を始めたのと同時期に、私が顧問となった「宇宙開発研究愛好会」が発足しました。それから、徐々に活動が認められて同好会に昇格し、現在は部活として本格的に活動できるようになりました。
主な活動内容は、「ウェザーニューズ」という民間気象会社が主催している「気象観測機器コンテスト」に参加することです。一次審査を通ると研究開発費をいただけるので、その資金を使って気象観測機器を製作して、報告書を作成、最終審査会を待つというものです。私たちは、「バルーンサット」という成層圏気球の実験に毎年挑戦しています。
これまでは失敗続きだったのですが、今年初めて成功させることができました。というのも、モンゴルで30回以上バルーンサットの実験を行ってきた千葉工業大学の前田恵介先生にお手伝いいただき、九州大学のサークル「PLANET-Q」と合同で実験を行うなど、さまざまな方にご協力いただいたことが大きかったですね。
打ち上げたバルーンを土佐湾で回収するために、愛媛県の宇和島市にある高校のグラウンドから放球し、私と宇宙開発研究部の学生で高知県安芸市から船で回収に向かいました。何年間もかけて取り組んできたことだったので、実際に成層圏の映像を確認できた時は本当に嬉しかったですね。
―今後の目標を教えてください。
宇宙開発の研究が花開いたところなので、もっと掘り進めていきたいなと思っています。前田先生にもご協力いただいて、近い将来、モンゴルでバルーンサットの実証実験を行おうと考えています。
というのも、モンゴルは草原が多いので、バルーンをほぼ100%回収することができるんですよね。今年初めて開催する「宇宙コンテスト」を通して、優勝した学生にはモンゴルで実証実験ができる機会を提供する、などのしくみづくりをしていきたいです。
また、現在はKOSEN-2の開発も着々と進行しています。これらの活動を通して、今後ますます宇宙人材の育成に力を入れていければと思っています。
村上 幸一氏
Yukikazu Murakami
- 香川高等専門学校 電気情報工学科 准教授
1997年 防衛大学校 理工学部 情報工学科 卒業
1997年 陸上自衛隊 中部方面ヘリコプター隊 入隊
2003年 防衛大学校 理工学研究科 前期課程 情報数理専攻 修了
2003年 高松工業高等専門学校 電気情報工学科 助手
2009年 香川高等専門学校 電気情報工学科 助手 ※高度化再編による校名変更
2009年 岡山大学 自然科学研究科 博士後期課程 産業創生工学専攻 修了
2009年 香川高等専門学校 電気情報工学科 助教
2017年 ニューヨーク市立大学クイーンズ校 地球環境工学科 客員准教授
2013年より現職
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