宮城高専(現 仙台高専名取キャンパス)から首都大学東京(現 東京都立大学)大学院まで「都市計画」について学び、長野県上伊那郡辰野町の“地域おこし協力隊”となった苫米地花菜さん。現在は「多業」という働き方で複数の事業を行っています。その経緯や、働き方についてお話を伺いました。
人との繋がりが町をつくる。“コミュニティデザイン”との出会い
―宮城高専に入学した理由はなんですか?
もともと数学がすごく好きで、理数科のある高校の受験を考えていたんですが、自宅から学校までが遠かったので迷っていました。そんなとき母から「都市計画っておもしろいらしいよ、建築学科で勉強できるらしいよ」と言われたことから、都市計画と、その学科がある宮城高専に興味を持ったんです。
実は、中学生のころの私は、早く就職したかったんですよね(笑)。高専のオープンキャンパスにいったら「5年で就職できる」と知って、じゃここに行くか!という感じで決めちゃいました。
入学当初は、「建築家になるんだ!」と思っていたんです。2013年に研究室に配属になったので、東日本大震災からの町の再建についてを中心に学んでいましたが、津波からの復興で町の形が以前と全く違うものになっても、人間は新しい生活を始められると知ったんです。
それは建物があるからではなく、昔からのコミュニティや、仮設住宅での住民同士の繋がりがあってこそで、人は一人では生きていけないんだと改めて感じました。私が建物の設計より、コミュニティデザインに興味をもったのも、それが大きかったと思います。
―大学に進学しようと思ったのは、研究がしたかったからですか?
研究とか勉強がしたかったわけではないんです(笑)。高専で都市計画の勉強をして「都市計画コンサル」の仕事がしたいと思っていたんですが、どの企業も高専卒では応募できなかったので、大学に編入することにしました。コミュニティデザインや都市計画で有名な先生がいて、おもしろそうだと思ったので首都大学東京の建築学科に編入したんです。
奨学金を借りて進学したので、アルバイトを掛け持ちしていたし、卒業必修の単位もとらないといけなかったので、忙しい毎日でした。でも大学に行ったからこそできた経験はたくさんありますね。
いろいろな学会にも連れて行ってもらったし、研究室以外のおもしろい先生や、留学生とも関わることができました。高専は協定校があっても、留学生の数は少ないですよね。でも大学は研究室に留学生がたくさんいました。特に私がいた研究室は、先生が中国でも有名だったので、中国人の留学生が半数を占めているときもありましたよ(笑)。
そういった関係もあって、国際交流会館で留学生のネイティブチェックのアルバイトをしたこともあるんです。留学生の論文をチェックして間違いを指摘するんですが、理由を説明しようと思っても上手く説明できなくて(笑)。日本語って難しいなと、改めて自国の文化を見直す機会にもなりましたし、大学に来たことで異文化の人たちと出会えたのはすごく良かったと思います。
大学院に進学したのは、学部4年生のときに研究室で始まったプロジェクトを、中心メンバーとして関わらせてもらっていたので、1年だけで終わらせたくなかったのと、それまでじっくり研究する時間がもてなかったので、あと2年猶予期間を延ばしたいと思ったからです。親にも相談せず勝手に進学してしまいました(笑)。勝手に進学した分、もちろんバイトは量を増やしましたが。
インターンシップで見つけた理想の姿
―大学院のときのインターンシップが、今につながっていると伺いましたが?
インターンシップは高専生のときも行ったんですが、大学では、学部のときも含めて、建築事務所や団体など、いろいろなところに行きました。
私は、町づくりにずっと関わり続けられる仕事がしたいと思っていたんですが、ずっと関わり続けられる仕事って、意外とないんですよね。事業者をいろいろ見たからこそ知ったんですが、高専生のときに思っていた「都市計画コンサル」のような会社は、行政などから年度単位で予算をもらって仕事をしているので、期限がきたらそこでやめざるを得ません。かといって行政に建築の専門職として入っても、部署異動があるのでずっと関わるのは難しい。
就職どうしようかなと思っているときに、たまたま見つけたのが、今私がいる辰野町の会社の長期インターンシップだったんです。来てみたら、その会社の周りでサポートしてくれた「地域おこし協力隊」の人たちの働き方が、私の理想だと感じました。
―「地域おこし協力隊」とは、どんな活動ですか?
「人口減少する地域が、人材の定住・定着を目的に、地域外の人材を一定期間受け入れて協力活動を行ってもらう」という、総務省の地域活性と移住定住促進の制度です。業務内容は、空き家バンクの活性化や、観光推進でイベントを企画するなどさまざまで、契約の形も自治体によって違います。
私の場合は、個人事業主として「地域づくり」という業務内容で役場と契約し、特産品開発や住民会議の進行など、3年間活動しました。他の仕事もやって良かったので「多業」を目指して、協力隊の活動の傍ら、仕事づくりのタネを探し始めたんです。
「多業」とは、好きなこと1つで30万円ではなく、好きなこと1つで3万円稼ぐ。それを10個見つけて30万円稼ぐことならできるかなと思って、こういう働き方をはじめました。まだ継続的にお金を稼ぐのは難しいので、在宅でライターの仕事やアルバイトをすることもあります。今は「月3万円稼げる事業を10本持つ」ことを目標に、日々情報のアンテナを張ってアイデアを考えているんです。
協力隊に着任して半年後には、開発商品を販売するためのお店を開業したり、さつまいものつるでリースを作るワークショップを行ったりしました。今年の3月で地域おこし協力隊の任期は終えましたが、そのまま辰野町に残り、今は集落支援員の仕事をベースに、さまざまな事業を行っています。
昨年は、辰野町のいいものを扱うセレクトショップのECサイトも立ち上げました。まだ商品数は少ないですが、営利目的では動けない役場や、売ることが苦手な農家さんから、開発した商品を購入し代理で販売しているんです。イベントでは、自家製のスパイスドリンクを販売したり、化粧水や入浴剤を手作りするワークショップをしたりしています。
実は住民ワークショップや集落支援員の仕事には、高専時代の経験も役立っているんです。住民ワークショップは、高専時代から研究室で設計や運営にメイン戦力として携わらせてもらっていたので、学習の効果といえるかと思います。
私は1年生から4年生まで学生会に入っていて、文化祭の企画や、スポンサー費をもらうための営業、会計予算の折衝とか、いろいろなことをしていました。本当に良い経験ばかりで、今思うと、建築の勉強よりも役に立っているかもしれないですね(笑)。
―今後の目標はなんですか?
辰野町は86%が森林の小さな町なんですが、今森林問題が深刻になってきているんです。植林から50年以上が経って、一斉に木の寿命が終わろうとしていますが、林業を営む人の高齢化が進み、木の需要も減っているため、手つかずの状態が続いています。このまま手入れされずに朽ちていくと、土砂災害や獣害の被害が出てしまうこともあるんです。
なので、山主さんへの意識啓発をしたり、資源を有効利用できるように間伐材を使った木の小物づくりを行い、そういったものづくりを通して、人々の意識をアップデートしたり、森に感謝が届くような、「気持ちや資源が循環するプロジェクト」に取り組もうとしています。
また、有害鳥獣扱いの鹿の皮を使った革小物も作って、製品化したいと考えているんです。高専で身についた「つくる知恵」や、昔から好きだった「ものづくり」は今に通じているのかもしれません。
いろいろなことを知って、選択肢を広げてほしい
―高専生に伝えたいことはありますか?
進学でも就職でも、信念を持って決められるといいと思います。先生から勧められたから進学するとかではなくて、自分で目的を持っていないと、何をしていいか分からなくなると思うんです。やりたいことを見つけたいとか、友だち100人つくりたいとか、目的は勉強じゃなくてもいいので。私は進学しましたが、勉強することだけが良いことだとは思ってないんですよ(笑)。
ただ一方で、自分が知らないことは選べないですよね。知らない世界は選べない。私は仕事で地域の高校で話をすることもあるんですが、高校生は職業の種類を全然知らないし、いろんな生き方があることも知りません。そのまま就職すると、会う人も限られてきて、なかなか外に目を向けられなくなるので、どんどん可能性が減ってしまうと思うんです。
私自身、進学していろんな世界をみたことで、今の仕事や働き方に出会うことができました。就職するだけが全てではないし、高専の5年間で十分な人もいると思いますが、専攻科や大学、大学院は、将来を決めるための猶予期間だと思うので、社会にでる前のワンクッションとして、学生のうちにいろんなことを知って、選択肢を広げてほしいと思います。
苫米地 花菜氏
Hana Tomabechi
- 長野県上伊那郡辰野町 集落支援員
2009年 宮城工業高等専門学校 建築学科 入学
2014年3月 仙台高等専門学校 名取キャンパス 卒業(途中で仙台電波高等専門学校との合併により校名変更)
2014年4月 首都大学東京(現:都立大学) 建築学科 3年次編入学
2016年4月 同大学院 都市システム科学域 修士課程 入学
2018年3月 同 修了
2018年4月 長野県上伊那郡辰野町地域おこし協力隊 着任
2018年10月 個人事業 月夜野こまもの店 開業
2021年3月 地域おこし協力隊 任期満了。在任中に様々な小さな事業を始め、多業を目指す
2021年4月 同町集落支援員 着任、現在に至る
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