津田塾大学で英語学・言語学を研究する盛田有貴先生は、富山高専 国際流通学科(現:国際ビジネス学科)のご出身です。言語表現としてのアイロニー(皮肉)に関する研究に取り組む盛田先生に、高専時代の海外留学、陸上競技での全国優勝、勉強に明け暮れた大学生活——その多彩な経験が今にどうつながっているのか、お話を伺いました。
海外に憧れて高専に進学し、アメリカへ留学
—高専に進学を決めたきっかけを教えてください。
富山の中学校で進路資料を手にしたとき、留学プログラムを備えた学校一覧に富山高専が載っていたんです。中学時代から英語が好きだったので、五年間一貫で海外へ飛び込める環境に魅力を感じ、「ここなら楽しそう」と進学を決めました。富山は自然豊かな土地ですが、だからこそ海外への憧れが強かったのだと思います。親や教師に背中を押されたのではなく、自分の直感を信じて選んだ道でした。
—期待を胸に高専に入学してみて、いかがでしたか。
入学してすぐ、国際流通学科の先生から「ここにいる皆さんは英語が得意だと思いますが、英語ができるだけでは社会に通用しません。だから、皆さんはその十歩先を行きましょう」と告げられたんです。衝撃とともに危機感を覚えましたね(笑) 要するに、英語だけではなく、第二外国語や理系科目など、英語+αのスキルを身につけなさいということでした。
とはいえ、期待どおり英語が得意な仲間に囲まれて、刺激を受けながら学生生活を過ごすことができました。高専は男子学生の比率が多いイメージがあるかもしれませんが、国際流通学科は女子が8~9割。おまけに第二外国語科目は10人ほどで授業を受けるので、アウトプットの機会も多く、語学を学ぶには最高の環境でした。
—留学はどこへ行かれたのでしょうか。印象に残った出来事など教えてください。
3年生から4年生にかけての1年間、アメリカへ留学しました。当時は日本語を話す相手のいない環境にいきなり放り込まれた感覚でしたね。SNSを使ったコミュニケーションもまだ一般的でなく、現地の高校に通ってこの身ひとつで頑張るしかない状況でしたが、おかげで一気に英語力が付きました。
現地ではスポーツに打ち込みました。アメリカではシーズン毎に違う部活を行うのですが、秋はクロスカントリー、冬は屋内で飛び込み競技、春は陸上競技をしていました。もともと運動が好きだったこともあり、言葉を深く交わさずとも仲間と気持ちを共有できた最高の体験でした。

帰国後は、すぐに韓国へ。延世大学校へ留学し、午前中は授業、午後は主にメンター学生とのフィールドワークで韓国語能力を磨きました。大学院時代にも教育実習先として韓国に行くことがあったのですが、このときの経験が活きましたね。
—アメリカに1年間ひとりで留学されるのは、なかなかの勇気が必要ではなかったでしょうか。
意外とそうでもありませんでした。毎年クラスでは5~10名程度、どこかしらに留学に行っていて席が空いているという状態でしたし、留学先で取ってきた単位も、帰国後は高専の単位として認められていました。また、現地では富山高専以外の高専生に出会うこともあり、そこでの出会いをきっかけに今も関係が続いている友人がいます。
—一方、陸上部での活動にも打ち込んだとか。個人・団体共に全国優勝まで果たしたそうですね。
はい。陸上部は、夏休みや春休みの練習では開始前の5分間に集中力を高めるため、100マス計算や英単語のテストが取り入れられるなど、本当にユニークな部活でした。
今思えば、タータントラックの整備されたグラウンドがあり、体育の先生は東アジア大会の出場経験者、コーチは元オリンピック選手という、非常に恵まれた環境でもありました。軽い気持ちで入部したので、初めはその本気度に「入る部活、間違えたかな?」と思ってしまったほどです(笑)
全国高専大会での個人・団体ともに優勝できたことは、やはり大きな思い出です。実はその年はアメリカ留学から帰国したばかりで、留学前よりも体重が12キロ増えた状態での再スタートでした。走り込みと食事管理を徹底し、身体を戻したうえで結果を残せたことは、自分にとって大きな自信にもつながりました。
大学で出会った論文をきっかけに、英語学・言語学のおもしろさに目覚める
—奈良女子大学に編入学を決めた理由を教えてください。
高専で英語と第二外国語(韓国語)を学んでいくうちに、言語ごとの文法的な違いや特徴に興味を持つようになりました。それらが体系的に説明できる「言語学」や「英語学」という分野に強く惹かれ、より深く学びたいと思ったことがきっかけです。
中でも奈良女子大学を選んだ理由としては、附属の幼稚園から中等教育学校までを備え、教員免許を取得できる環境とカリキュラムが整っていたからです。また、文学部では歴史・言語・教育・スポーツ・心理学など幅広い学問領域をカバーしており、自分の専門以外の科目も気軽に履修できる環境が整っている点に魅力を感じました。
入学後は、勉強漬けの毎日でした。編入生として必要な単位に加えて、教員免許に関わる授業も履修していたため、ほとんどの曜日が1限から5限までびっしり埋まっていました。夏休みや春休みも集中講義を受けていたので、いわゆる「キラキラした大学生活」とは縁のない生活を送っていましたね(笑)
—現在の専門であるアイロニーに関する研究に出会ったのも、大学時代だったそうですね。
はい。編入後、ある演習で読んだ一つの論文に強く惹かれました。それが、今の専門であるアイロニーについて書かれたものです。担当の先生があえて答えの出ない、その先のことを考えさせられるような内容のものを持ってきてくれたのですが、素直に「分かった」とならない感覚が面白くて、自分でもこれをもっと追究してみたいと思いました。
思えば、高専時代は法学系のゼミに所属して卒業論文を書きました。労働基準法の労働時間にかかわる法改正がどのように変化し、判例や労働基準監督署の判断にどのような影響があったかという研究だったのですが、分野は違えど、当時から「ことばの解釈」について興味があったのだと思います。

—教員ではなく、研究者としての道を歩むことを決めたのは、どのタイミングだったのでしょうか。
博士前期課程までは、専修免許が取得できることもあり、進学に迷いはありませんでした。ただ、文系の場合、博士後期課程に進むことは研究者として生きていくことを意味しますし、この分野では民間企業の研究職も非常に限られるため、進学はかなり迷いました。
当初は地元に戻って教育現場で貢献したいと考えており、博士前期課程のあいだに、小学校教諭一種免許状、中学校教諭専修免許状、高等学校教諭専修免許状、学校図書館司書、学芸員資格を取得し、修士2年のときには教員採用試験にも合格しました。しかし、率直に言えば、あまりにも順調に合格してしまったことで、「私でなくても良いのではないか」と思ってしまったんです。
その頃はちょうど修士論文に取り組んでいて、研究の面白さにのめり込んでいた時期でした。問いを立て、資料を集めて、思考を深める過程そのものが楽しくて仕方なかった。その結果として、教員の道ではなく、研究者としてこの分野を究めていこうと決めました。教員採用試験の合格を辞退することになったので、周囲には驚かれたり、叱られたりもしてしまいましたが……。
—盛田先生が行っているアイロニーに関するご研究について教えてください。
アイロニーは、もともと修辞学や哲学の分野で用いられてきましたが、今では私たちの日常的なコミュニケーションでも自然に使われています。
身近な例で言うと、ある人が建物に入ろうとしたとき、前を歩いていた人がドアを閉めて行ってしまった場面で、「ありがとう」と言ったとしますよね。ですが、それは文字通り感謝しているわけではなく、皮肉——アイロニーの表現になります。日本語ではあまり使われないかもしれませんが、英語の映画などではよく見かけるシーンです。私の研究は、こうした「これは皮肉だ」と私たちが理解する仕組みについてです。
私が面白いと感じているのは、同じ発言でも、それを皮肉として理解する人と、そうでない人がいるという点です。ある人はその場で気づくし、別の人は後から「あれって実は皮肉だったのかな?」と気づくこともありますし、そもそもまったく気づかない人もいます。そうした「理解のズレ」は何によって生まれるのか、また、皮肉として理解できるかどうかを分ける判断基準は何なのか——それが私の研究の中心的な関心です。
言い換えれば、私たちがある表現を「これはアイロニーだ」と判断する際に、何を手がかりにしているのか。実はこれ、同じような研究は多くあるものの、いまだに統一された見解はないんです。それがまだ明らかになっていないという点に、私は非常に惹かれています。
一方で、こうした研究は一見すると実用性が分かりにくいかもしれません。ですが、例えばAIとのやりとりにおいて、私たちの意図しない回答が返ってきたとき、皮肉で「ありがとう」と入力しても、多くのAIは「どういたしまして」と返してしまいます。人間にとっては明らかな皮肉でも、AIは文脈や意図を読み取れないからです。今後、AIが人間と関わる機会が増える中で、「文字通りではない表現」をどう理解させるかは大きな課題です。
アイロニーの理解に関わる手がかりを明らかにできれば、そうした条件をAIにも反映できる可能性があります。小さなところではありますが、人と機械のコミュニケーションをより自然なものにするための一歩になると考えています。
—今後の目標を教えてください。
私の行っているアイロニーに関する研究を、一般向けに解きほぐした単著を出版したいです。これまで両親や高専時代の恩師などいろいろな方に支えられながら研究を続けてきましたが、「どんな研究をしているの?」という質問に対して、いつもあまりうまく説明ができないんですよね(笑) ですので、親戚を含めた一般の方に「この人、こんな変な研究をやってるんだ」という面白さを伝えられるようなものを、まずは1冊書ければと考えています。

—最後に高専生へメッセージをお願いします。
これまで私の人生は、初めから全部いろいろ考えた上でやってきたものではなく、目の前にあるもの、面白いと思うものに手をつけた結果です。苦手なことを克服するのもよいですが、それよりも「面白い」「興味ある」と思ったことをどんどん突き詰めていただくと、それが結果として、他の人にも負けない知識や技術につながっていくのではないかと思います。
留学でも研究でも課外活動でも、飛び込んだ経験は必ず次のステージを照らします。高専はそれを受け入れてくれる教員と環境が整っている場所ですので、失敗を恐れず、心が動く方向へ挑戦してみてください。
盛田 有貴氏
Yuki Morita
- 津田塾大学 総合政策学部 総合政策学科 専任講師

2010年3月 富山高等専門学校 国際流通学科 卒業
2012年3月 奈良女子大学 文学部 言語文化学科 ヨーロッパ・アメリカ言語文化学コース 卒業
2014年3月 奈良女子大学大学院 人間文化研究科 博士前期課程 言語文化学専攻 ヨーロッパ・アメリカ言語文化学コース 修了
2017年3月 奈良女子大学大学院 人間文化研究科 博士後期課程 人文科学専攻 欧米地域文化情報学講座 単位修得退学
2019年4月 奈良女子大学 研究院人文科学系 言語文化学領域 助教
2024年4月より現職
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