高専トピックス教育

企業と高専が手を取り合う未来へ。小山高専で実施する企業連携と、今後必要な高専教育のあり方

SHARE

この記事のタイトルとURLをコピーしました
公開日
取材日
企業と高専が手を取り合う未来へ。小山高専で実施する企業連携と、今後必要な高専教育のあり方のサムネイル画像

企業との連携を強化し、より実践的な教育へと進化を遂げる小山高専。アイデアソンや長期インターンシップを導入し、学生が社会と密接に関わりながら学べる環境を整えています。今回、企業連携の背景や専攻科での取り組みについて、これまで専攻科長を務めてきた鈴木真ノ介先生と国際主事の平田克己先生にお話を伺いました。高専教育の新たな形と、今後の展望とは——。

社会に出る前に、企業と連携し実践的な経験を積む

―今回、企業連携を実施することになったきっかけは何だったのでしょうか。

平田:以前、私が教務関係を担当していた際、インターンシップの運営にも関わっていました。高専自体はインターンシップを早い段階から実施しており、大学もその流れを取り入れ始めています。そのような中で、高専と大学の差別化を考え、専攻科の2年間でより実践的な教育をできないかと考えていた時、長野高専が専攻科のカリキュラムに半年間の長期インターンシップを組み込んでいることを知り、本校での導入を検討し始めました。

▲取材をお引き受けいただいた平田先生

鈴木:そうして平田先生から、長期インターンシップを本校でも取り入れられないかと相談があり、校長や委員会に相談して実現に至りました。長期インターンシップ以外にも、企業の課題を解決する「アイデアソン」を開催し、以前から実施していた「企業の方や大学教員を招いての講義」は、よりPBL(課題解決型学習)に焦点を当てた内容へと強化することとなりました。

▲取材をお引き受けいただいた鈴木先生

―企業と連携することの重要性についてどうお考えですか。

鈴木:私も平田先生も就職活動を経験したことがありません。ですので、高専で担任を務めた際に学生の就職指導をするには、実際の就活の流れや企業の視点を理解する必要がありました。

学生は社会に出るために力をつけます。本科では大学の学部と同等、もしくは一部の分野ではそれ以上の専門知識を学ぶため、専攻科では専門知識の習得にとどまらず、社会との接点を持つことが重要です。そのため、長期インターンシップの話が出てから、平田先生と共に準備を進めてきた経緯があります。

また、短期留学生を受け入れる中で、フランスの大学では在籍しながら長期インターンシップに参加するのが一般的だと知りました。海外では、大学と企業が連携し、実践的な教育を重視する傾向があります。この話を聞き、高専でも企業の力を活用することで、より良い教育が可能になるのではないかと、取り組みの必要性を改めて感じました。

―企業連携として実施されている3つの取り組みについてお聞きします。まずはアイデアソンについて教えてください。

鈴木:アイデアソンは今年で3年目を迎え、授業の一環として実施しています。もともとは「環境技術」という科目の派生でスタートしたため、テーマを「環境」に設定し、参加企業を募っています。

「環境」と聞くと、SDGsや温暖化対策などの自然環境に関わるものをイメージしがちです。しかし、広い意味での「環境」をテーマにしており、たとえば職場環境や採用環境なども含まれます。過去には、高専生の採用に苦戦していた建設会社が、「どのようなアピールをすれば若者の採用につながるのか」といったテーマを設定し、専攻科生が提案を行いました。

▲小山高専アイデアソンにて。専攻科生が企業が提案する課題を検討中

アイデアソンは90分授業を2コマ連続で実施し、1回あたり5社の企業にご参加いただいています。企業には事前に環境に関するテーマを考えてもらいますが、こちらから提案する場合もあります。企業の技術力や魅力などを学生に伝える機会として、各社の特色が反映されたテーマにしてもらうよう意識しています。

▲小山高専アイデアソンにて。専攻科生によるプレゼンの様子

企業の方から「専攻科生のイメージがつかない」という声をよく聞いていましたが、アイデアソンを通じて「これほど優秀だとは思わなかった」と評価をいただくことが増えました。本校としては、専攻科生のレベルの高さを伝えられるのは嬉しいことです。専攻科生にとっては企業と接する貴重な機会となり、企業としては採用活動の参考になるため、双方にとって有益な取り組みだと感じています。

長期インターンシップに向けて、専攻科カリキュラムを改編

―続いて、2つ目の長期インターンシップについて教えてください。

鈴木:以前から海外研修は実施していましたが、開設単位数の問題で,長期間参加しても1ヶ月分の4単位までしか取得できないという制約がありました。そこで、本校では2024年度から単位認定を最大12単位(3ヶ月分)に拡充。2単位ずつ積み上げる方式を採用している点が特徴です。最低2週間2単位を必修とし、以降は2週間ごとに2単位を追加できる仕組みになっています。

そのため、1つの企業で3ヶ月間インターンすることもできますし、たとえば1ヶ月海外の大学に留学し、その後2週間は企業のインターンシップに参加するといった組み合わせも可能です。企業の受け入れ状況に応じて、1週間などの短期プログラムを組み合わせる形でも対応できるようにしています。この柔軟な仕組みが本校のインターンシップの特徴です。

平田:最近は、卒業生が海外出張や転勤を経験する機会が増えています。また、海外企業との協働も進んでいるため、学生時代に海外を経験することは重要だと考えています。今後は海外の教育機関や日系企業との連携を強化し、インターンシップの機会をさらに増やしていきたいですね。

―現在、どのような国の大学や企業と提携を進めていますか。

平田:インターンシップ先としては、10年ほど前から提携しているフランスが主流です。今年度も専攻科生6名が、9〜11月にかけてフランスの大学で長期インターンシップに参加しました。

▲フランス技術短期大学(IUT)での長期インターンシップの様子

また、台湾は比較的費用が抑えられ、参加しやすい国として人気です。あとはマレーシアやシンガポール、フィンランドも提携先です。フィンランドは受け入れ条件として最低3ヶ月間の滞在が求められていたため、これまでは参加が難しかったのですが、今年度のカリキュラム改編により参加のハードルが下がりました。来年度から実際に派遣を進めていく予定です。

今年度からですと、新たにシンガポールとも提携を始めました。今年度は専攻科生2名が夏休みに1ヶ月間のインターンシップに参加し、現地の技術系学校「ポリテクニック」で学ぶ機会を得ました。今後も、より多くの選択肢を学生に提供できるよう、提携国を拡大していきたいと考えています。

―最後の3つ目である、企業や大学関係者を招いて実施している講義について教えてください。

鈴木:専攻科では、これまでも企業の経営者や技術者、大学教員などを招き、PBLを取り入れた授業を実施してきました。現在は、さらにPBLの内容を強化し、より実践的な学びへと発展させています。

専攻科は少人数でコースが分かれているため、一律なテーマを設定するのが難しいと思っていたのですが、ある企業から「他の高専でDXに関わる共通授業を実施しているので、本校でも導入してはどうか」と提案を受け、現在準備を進めています。

▲システムデザインのPBLの様子

―PBLの講義に関して学生や企業からの評価はいかがですか。

鈴木:学生から特段声があがっているわけではないのですが、企業で実際に求められるスキルを学ぶ機会として、良い影響を受けている学生は多いと思います。企業側にとっても、専攻科生のレベルを知り、採用活動に生かせるのがメリットです。

▲プロジェクトデザインのPBLの様子

鈴木:話は変わりますが、専攻科生は大学院からも高く評価されています。最近は、実験や研究の経験が少ない学部卒の大学院生が増えているそうです。その点、専攻科生は、本科でも高い成績を収めた上で進学しているため、研究や実験の基礎がしっかりと身についており、大学院からも「アウトラインさえ伝えれば自力で進められる」と評価されています。企業だけでなく、専攻科生を受け入れたいと考える大学院が増えているのは、非常に喜ばしいことです。

―共通科目として産業財産権や経営学の授業も実施しているそうですね。

鈴木:これも大学との差別化の一環です。大学の工学系では、経営や(特許などの)産業財産権について学ぶ機会はほとんどありません。しかし、企業で働く上でも、アカデミックな道に進む上でも、コストや知的財産の管理は重要になります。

特に、研究開発では予算や特許の問題が大きな障壁となるケースがあるため、専攻科では早い段階から意識を持てるように、経営学や産業財産権の授業が取り入れられています。

▲コース共通の開設科目一覧。「産業財産権」や「経営工学」といった科目も必修科目になっています(学校要覧より引用)

企業と手を取り、教育現場と社会の双方に良い影響を

―企業連携によって、学生の成長を感じる瞬間はありますか。

鈴木:専攻科生は優秀なのだと改めて感じました。アイデアソンでは、メンバーが固定でないにもかかわらず、活発なディスカッションを行い、意見をまとめ、スムーズに発表まで進められています。

特に成長を感じるのは、海外でのインターンシップを経験した学生です。出発前は英語ができないと不安を感じる学生が多いのですが、帰国後に後悔している人は一人もおらず、「行ってよかった」「もっと長く滞在したかった」と話す姿を見ると、大きな自信につながっていることがわかります。

平田:海外経験に対する学生の不安は強いですね。広く学生に本物の海外を体験する機会を提供するべく、昨年度から本科3年生全員を対象にマレーシアでの海外研修旅行を実施しているのですが、事前アンケートでは「不安で行きたくない」という意見も多かったです。しかし、現地では非常に楽しんでいる様子が見られ、帰国後のアンケートでも「楽しかった」「行ってよかった」という声が圧倒的でした。やはり、最初の一歩を踏み出させることが重要なのだと実感した出来事です。

▲マレーシアでの研修旅行でクアラルンプール市内を観光

平田:また、専攻科生は自主的に行動する力があり、他コースの学生とも協力しながらグループワークをスムーズに進めています。もともとそうした素質を持った学生が多いのかもしれませんが、プレゼンやPBLを通じた成長を感じています。

―昨今の教育現場における課題をどのように感じていますか。

鈴木:最近は「情報過多」「与えすぎ」の教育であると感じています。たとえば、教科書は以前の2倍の厚さになり、学生は調べなくても知識を得られる環境になりました。インターネットを活用すれば、さらにその情報量は増えます。しかし、エンジニアに求められるのは、ゼロから生み出す力です。エンジニアでなくとも、社会に出ると与えられるばかりではなくなります。

以前、他高専の先生から「教えすぎないことを心掛けている」と聞いたことがあります。最近の先生方の授業は非常に丁寧ですが、あえて余白を残し、学生に自ら考えさせることも重要です。

ゼロから生み出す力を養うためには、従来の手法にこだわらない効果的な方法を教員が模索し、国や組織がそれをバックアップしていく体制が必要だと考えています。国や組織主導ではなく、現場主導であるべきです。

平田:確かに、環境のせいか、学生は待ちの姿勢になりがちですよね。それでは卒業研究で1から実験方法を考えたり、未知の課題に取り組んだりする際に困ってしまいます。だからこそ、授業の中で「学生が必要な情報を自ら取りに行ける」環境を、教員側がつくらなければと思います。

今の時代、学校に行かなくてもネットや書籍から知識を得ることはできます。そのため、学校の役割は、単に知識を教えることではなく、「ネットや本では得られない体験を提供すること」でしょう。特に、実験や実習といった実体験を通じた学びは、今後の教育においてますます重要になると考えます。

この「待ちの姿勢」は、我々教員にも当てはまるものです。教育の手法やカリキュラムは、上からの指示で決められることが多く、それに従うだけでは新しいことは生まれません。教員自身が「より良い教育を実現するにはどうすべきか」を常に考え、従来の枠にとらわれない教育を模索することが求められています。

―小山高専での今後の教育改革のビジョンを教えてください。

鈴木:高専で一貫して行うべきは「企業の力を教育に活用すること」です。学校は閉じられた環境になりがちですが、企業の方々に積極的に教育の場に参加していただくことで、より実践的な学びができるでしょう。

では、その中における教員の役割は何か。それは「企業と学生をつなぐ存在」になることです。企業側にも「学校とつながりたい」と考える人が多くいらっしゃるので、私たち教員が外交役になることが必要であると思っています。

▲鈴木先生と合同会社コベリン(covelline, LLC.)が共同で開発された、二次元コード不要のARアプリ「A-txt

平田:特に日本では学校と企業が分けて考えられる傾向がありますが、企業側も学校と連携して何かをやりたいと思っているケースは多いです。ただ、「どう関われば良いのかわからない」「学校との距離が遠い」とも聞きます。学校側はもっとオープンになり、企業と関わっていく姿勢を見せていかなければなりません。

企業の方も、働く中で新たな学びが必要になる瞬間があると思います。その時に、学校が企業のサポート役になり、知識や技術を提供できる関係を築ければ理想です。学校と企業が手を取り、より良い教育環境をつくることで、社会全体の発展につながることを願っています。

▲小山高専 正門(学校要覧より引用)

鈴木 真ノ介
Shin-nosuke Suzuki

  • 小山工業高等専門学校 電気電子創造工学科 教授、キャリア支援室 室長

鈴木 真ノ介氏の写真

1996年3月 小山工業高等専門学校 電気工学科 卒業
1998年3月 千葉大学 工学部 電気電子工学科 卒業
2000年3月 千葉大学大学院 自然科学研究科 博士前期課程 電子機械科学専攻 修了
2003年3月 千葉大学大学院 自然科学研究科 博士後期課程 人工システム科学専攻 修了、博士(工学) 取得
2003年4月 小山工業高等専門学校 電気情報工学科 助手 着任
2018年4月より現職

平田 克己
Katsumi Hirata

  • 小山工業高等専門学校 電気電子創造工学科 教授、校長補佐(国際主事)

平田 克己氏の写真

1997年3月 筑波大学 第三学群 工学システム学類 卒業
2002年3月 筑波大学大学院 博士課程 工学研究科 知能機能工学専攻 修了、博士(工学) 取得
2002年4月 小山工業高等専門学校 電子制御工学科 助手 着任
2021年4月より現職

SHARE

この記事のタイトルとURLをコピーしました

小山工業高等専門学校の記事

中嶋さん
小山高専の加藤研で取り組んだ“世界レベル”の研究。大学進学後に気づいた「培うべき力」
特任助教としての新たな試み。「GEAR5.0」プロジェクトを通して学術的な研究のおもしろさを伝える
萩生田文部科学大臣と対談! “破壊的イノベーション”に挑戦する研究者たちの思いとは

アクセス数ランキング

最新の記事

企業と高専が手を取り合う未来へ。小山高専で実施する企業連携と、今後必要な高専教育のあり方
チャンスは足元にある! 20年間の国語教員の経験を生かし、高専で叶えたいこと
「明日できることを、今日やらない」の創造性。ノイズを力に変える逆転の発想