高専教員校長

海と山で囲まれた地方に立地する舞鶴高専だからこそ取り組むべきこと。学校推薦によって可能になる、学びの時間を奪わない就職活動

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海と山で囲まれた地方に立地する舞鶴高専だからこそ取り組むべきこと。学校推薦によって可能になる、学びの時間を奪わない就職活動のサムネイル画像

京都大学で地震防災に関する研究に取り組まれ、2023年4月から舞鶴高専の校長に着任された林康裕先生。防災研究に取り組むようになったきっかけや、舞鶴高専の特徴である「学生寮」「地域に根差した活動」、そして、「学生の就職活動」に関してお伺いしました。

阪神・淡路大震災を目の当たりにし、研究の腰を据える

―林先生は2023年に舞鶴高専の校長に着任されていますが、それまでは京都大学にいらっしゃったのですね。

はい。京都大学の防災研究所で助教授を務めたあと、大学院の工学研究科 建築学専攻の教授として在籍していました。

学生時代も、学士課程、修士課程で京都大学に在籍していました。もともと子供の頃から絵を描くことに少し自信があったので、1982年に京都大学の建築学科に入学。ただ、大学での最初の設計演習で自分のデザイン力に限界を感じ、すぐに耐震構造の道に転換しました。研究室では指導教員にも恵まれ、鉄筋コンクリート造、鉄骨造、鉄骨鉄筋コンクリート造、組積造といった様々な構造の実験を経験することができました。

取材をお引き受けいただいた林校長
▲取材をお引き受けいただいた林校長(舞鶴高専にて)

卒業後は清水建設に入社し、大崎順彦副社長(東京大学 名誉教授)直属の研究室に配属。後に国立大学の教授に転身する若き研究者が多く集まっていて、活気が半端なかったのを覚えています。

私は入社当初その環境になじめなかったのですが、3年目あたりから心を入れ替えて真剣に研究に取り組み、1991年には論文博士を取得しました。しかし、1995年に阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)が発生し、神戸にあった実家は倒壊。生まれ育った故郷の惨状を目の当たりにしました。

そして、耐震工学に対するこれまでの自分の研究姿勢に後悔や反省の念を強く抱いたことから、阪神・淡路大震災の被害を検証する研究に注力することになります。とてもつらい被害経験ではありましたが、揺るぎない研究の目標を見つけることで腰が据わり、私の人生の大きな転機となったと思います。

―その後、京都大学に着任されたのでしょうか。

地震被害を検証する一連の成果を認めていただくことができ、幸運にも、京都大学 防災研究所の助教授として採用いただきました。その4年半後に突如として工学研究科での昇任の話をいただき、研究より教育がメインとなった次第です。

工学研究科に移って以降は、防災研究をメインとすることはできなくなってしまいましたが、人材育成こそが将来の地震防災に繋がるという信念をもって、教育・研究に打ち込んできたつもりです。自分の思いどおりに道を選んできたのとは違って、導かれるようにして歩んでこられたことは、とても幸せであると思っています。

―地震防災に関する研究の内容について、もう少し詳しく教えていただけますか。

大地震が起こったときの「生活空間」や「文化財建造物」の安全性向上に関する研究です。特に、阪神・淡路大震災で被害をもたらした大振幅パルス性地震動(※)に対する原子炉建屋、超高層建物、免震建物、組積造建物、伝統構法木造建物が主要な研究対象となります。

※パルス性地震動とは、波数が少なく継続時間は短いが、非常に揺れが強い特徴を持つ地震動のこと。一方、継続時間が長く、何回も何回も揺すられる特徴を持つ地震動のことを長周期長時間地震動と言う。パルス性地震動が観測された地震の代表例としては兵庫県南部地震(1995年)や、新潟県中越地震(2004年)、熊本地震(2016年)、長周期長時間地震動の観測地震の代表例としては十勝沖地震(2003年)、東北地方太平洋沖地震(2011年)などが挙げられる。

被害を正しく検証し、合理的な被害対策を立案するために、地震動特性、地盤における増幅特性、建物と地盤の非線形動的相互作用、建物応答特性、建物被害を総合的に評価・検証することを基本方針として研究を行ってきました。

その研究において、私は現地調査を重視しています。机上の空論に終わるのを嫌った研究方針でして、現場で実際に見て触り、自ら現場で感じる/考えることを大事にしてきました。通常の技術者や実務家ではとても見ることができないような多くの現場を拝見できたことは、とても幸せでした。

実は舞鶴市にある赤レンガ倉庫も、2泊3日で振動計測を実施したことがあります。近くの伊根町にある舟屋(※)の調査や実験も実施したことがあります。ですので、舞鶴高専で働くことになった際も親近感がありました。

※もともと、船を海から引き上げて、雨風や虫から守るために建てられた施設。1階は船置き場、2階は漁具置き場や網の干場として使われてきた。伊根湾の沿岸には舟屋が230軒ほど連なっており、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。

舞鶴の赤レンガ倉庫の外観
▲舞鶴の赤レンガ倉庫
根町の舟屋にある斜め貫の力学特性を把握する実験の様子
▲伊根町の舟屋(左上)にある斜め貫(左下)の力学特性を把握する実験の様子(右)

伝統構法木造建物については、数多くの構造実験を実施させていただきました。42歳で京都大学に着任したときは全く何もない状態でしたが、外部資金にも幸い比較的恵まれ、計測機器や実験設備を徐々に蓄積。特に、実大2階建て住宅の大振幅静的水平加力も可能な実験システムは独自開発の装置で、貴重な実験の機会を多く得ることができたのも幸せでした。

2階建て京町家を想定した大振幅水平加力実験の風景
▲2階建て京町家を想定した大振幅水平加力実験の風景

地域に根差した活動の意義

―舞鶴高専の校長に着任されて、高専生の姿はどのように写りましたか。

一番の印象としては「素直で礼儀正しい」です。すれ違ったときにもちゃんと挨拶してくれます。オープンキャンパスでは、小中学生とその保護者の方のエスコートを学生が担当していまして、評判が非常に良いんですよ。

2023年に実施された舞鶴高専のオープンキャンパスの部門・学科展示の様子。そのほか、クラブ展示、学寮見学、体験学習などが実施されました。
▲舞鶴高専のオープンキャンパス(2023年)の部門・学科展示の様子。そのほか、クラブ展示、学寮見学、体験学習などが実施されました

それはおそらく、ボランティア精神とコミュニケーション能力の両方があるからだと思います。お話しする相手のツボを心得ていて、自発的に動いて案内している点にすごく感銘しましたね。それが舞鶴高専の文化だと思いましたし、その文化はつくろうと思ってつくれるものではありません。すごくフレッシュで、良い高専だなと思いました。ぜひ、オープンキャンパスにお越しいただき体感ください。

2023年に実施された舞鶴高専のオープンキャンパスの説明会の様子
▲舞鶴高専のオープンキャンパス(2023年)の説明会の様子

―舞鶴高専の特徴を教えてください。

まず最大の特徴として挙げられるのが、国立高専で屈指の規模を誇る学生寮「鶴友寮」です。全校生の7割5分程度にあたる約600名の学生が寮生活をしています。

舞鶴高専は国立高専の中でも特に通学が不便です。それでも、京都府だけでなく、大阪府、兵庫県、滋賀県、福井県など広い地域から学生が入学しており、保護者の皆様からは、もっと多くの学生を寮で受け入れてほしいとの要望をいただいています。

舞鶴高専の学生寮「鶴友寮」の外観。高専の敷地内に全7棟あり、寮の玄関から校舎までの通路には屋根がついているため、雨の日でも傘なしで登校できます。
▲舞鶴高専の学生寮「鶴友寮」。高専の敷地内に全7棟あり、寮の玄関から校舎までの通路には屋根がついているため、雨の日でも傘なしで登校できます

大規模寮ですので、学生の安全・安心のために、毎朝のショートホームルームにおける出欠確認、朝晩の学寮点呼、学寮の指導寮生制度などを機能させ、きめ細やかに教職員の皆さんに対応していただいています。

―そのほかの特徴はいかがでしょうか。

舞鶴高専の学生は、部活動だけでなく、周辺地域への出前事業、舞鶴高専主催のプログラミングコンテスト、地域で行われるハッカソンなどを積極的に企画・参加しています。

【舞鶴高専杯プログラミングコンテスト2023】の様子。小中学生の発想力、表現力、技術力および、発信力の向上を目指し、アイディア部門とゲーム部門が実施され、当日は18名の児童・生徒が参加しました。
▲【舞鶴高専杯プログラミングコンテスト2023】の様子。小中学生の発想力、表現力、技術力および、発信力の向上を目指し、アイディア部門とゲーム部門が実施され、当日は18名の児童・生徒が参加しました

これもまた、地道できめ細やかな教職員の皆様のサポートの賜です。舞鶴高専の教職員には、地域のイベントに学生たちと関わることに前向きな方、そして好きな方が多いと思います。

―舞鶴やその周辺地域に根差した活動に参加する意義は何だと考えていらっしゃいますか。

1つは「地域課題の解決」です。これは人口減少問題に関わるのですが、舞鶴市の人口は約7.6万人(※)で、周辺地域を含め過疎化が進んでいます。学生と教職員が一緒になって地域に根差した活動をすることで、“過疎化が進む地域の課題”を“その地域の方と一緒に”解決する糸口にする——それが数多くの地方都市にある国立高専、特に舞鶴高専が果たすべき役割だと思います。

※2024年7月1日現在。住民基本台帳に基づく。

もう1つは「小中学生やその保護者の皆様に舞鶴高専の良さを知ってほしい」という点が挙げられます。先ほどお話しした通り、舞鶴高専がある場所は、周辺地域を含め、決して人口が多い場所ではありませんので、舞鶴高専を積極的にPRする必要があるのです。

レンガ倉庫付近から見た舞鶴湾の景色。すぐ近くには海上自衛隊の基地があり、護衛艦が見られます。
▲赤レンガ倉庫付近から見た舞鶴湾の景色。すぐ近くには海上自衛隊の基地があり、護衛艦が見られます

そもそも一般社会において、高専という高等教育機関そのものへの認知度はそれほど高くないと私は思っています。中学生の進学キャリアを考えるとき、「進学実績のある高校→大学」のイメージがどうしても先行するので、高専が進学先の選択肢になかなか入らないのです。

だからこそ、舞鶴高専のモノづくり教育がどういうもので、学生のモノづくりに対する興味をどのように伸ばしていこうとしているのかを“早い段階で”知ってほしいと考えています。そして、小学校高学年から中学校の生徒さん、そしてその保護者の皆様へのPRに繋がるよう、出前事業などを積極的に実施したり、地域イベントに参加したりしています。

学生、学校、企業、そして日本にとって良い就活

―実際に舞鶴高専に入学された学生やその保護者の方からは、どのような評判をいただいていますか。

就職支援の部分で高い満足度が寄せられています。

高専での就職活動は「学校推薦」が基本です。高専は全体的に求人倍率が高いですが、学校推薦を得られた学生が“希望通り”に就職できるよう、勉学だけではない「全人的な教育」を行っています。

例えば面接のサポートが挙げられます。先ほどのオープンキャンパスや地域イベント含め、面接で話せるネタはたくさんあると思うのですが、質問にフリーズしてしまったら意味がありません。技術的な知識・経験含め、何をどのように話せばよいのかを教職員の皆様が非常に丁寧にサポートし、学生のコミュニケーション能力を上げています。

しかし、これらを含めた就職活動に時間を多くかけることはありません。ここは、重要なポイントだと思います。高専は学校推薦が基本ですから、学生は就職のために「就活」をするのではなく、就職のために「高専でのモノづくり教育に前向きに取り組む」のです。

私が就職担当を通算4年間受け持った京都大学を含め、大学では自由応募が基本で、就職ナビサイトへの登録、インターン、卒業生訪問など、「就活」が極めて早期化・長期化していました。これでは学業や研究が疎かになってしまいます。人生の中で貴重な学びの時間を奪うことは、学生にとっても、企業にとっても、日本の技術戦略にとっても得策ではありません。

学生が学校で積極的に学び、学校推薦によって、先生からのある意味で“技術面の保証書”を添えて就活をすることが全方位にとって有意義であると思いますし、それが基本である高専は高等教育機関としてとても良いと思います。

一方、就職ではありませんが、将来的に大学院へ進学したい場合は、専攻科を含めて高専で7年間じっくりと専門教育・モノづくり教育を受け、大学院に進学することを私はおススメしたいです。

―最後に、高専生へのメッセージをお願いします。

皆さんが高専を卒業し、社会で働く期間は、少なくとも40年以上です。もしかしたら50年以上や一生になっているかもしれません。世の中の価値観や望まれる技術が大きく変化することは間違いないです。ロボットやAIなどはすぐに「当たり前の技術」になり、思ってもみなかった技術・専門分野を扱うことになっているでしょう。

今から40年後の社会を正確に予測できるとは思えません。しかし、その時代を支える技術をつくっていく主役は皆さんです。今やりたいことが見つからなくても大丈夫。現在学んでいるモノづくり教育が直接役立つかも分かりませんが、モノづくりをしながら、自分で試行錯誤して考え続け、道を切り開いていくことを普通にできることがとても重要です。楽しんで考え続けることができる習慣を培いましょう。

また、時代をつくる革新的な技術や考え方は、最初は受け入れられないものです。既成概念を覆す希有な技術であればあるほど、理解されにくいものです。周りから反対されてもいいので、自分の好きになれること、自分の信じることをやっていってください。

そして、周りを説得できる説明能力も身につけておきましょう。周りの方が理解できなくても、自信や熱意を持って説明すれば、徐々に心が動かされるものです。信念をもってやり遂げていただければと思います。

林 康裕
Yasuhiro Hayashi

  • 舞鶴工業高等専門学校 校長

林 康裕氏の写真

1977年3月 私立灘高等学校 卒業
1982年3月 京都大学 工学部 建築学科 卒業
1984年3月 京都大学大学院 工学研究科 建築学専攻 修士課程 修了
1984年4月 清水建設株式会社
 1991年6月 京都大学 工学博士(論工博)
2000年4月 京都大学 防災研究所 助教授
2004年12月 京都大学大学院 工学研究科 建築学専攻 教授
2023年4月より現職

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