海軍や海軍工廠(大日本帝国海軍直営の軍需工場。読み:こうしょう)時代の歴史が残る呉の特徴を生かしながら、野球部やさまざまなプロジェクト活動を通して学びと地域交流を結びつけている呉高専の上寺哲也先生。学生の成長促進、活気ある学び合いの場作りに力を注ぐ上寺先生の活動について、お話を伺いました。
人力ボートレース全日本選手権大会(大学・大学院)で4連覇を達成
―まず、呉高専に進学した動機についてお聞かせください。
工業系に興味はあったので工業高校への進学を検討していたころ、先輩が呉高専に進学した話を聞いたので、工業高校を受験する前に呉高専に挑戦してみようと受験したんです。
呉高専では寮に入寮しました。寮は汚い印象があったため、あまり人気がなく、どうぞ好きに入っていいよと言われるほどでした(笑) 寮では学生寮規律委員として、寮の運営などに関わり、高専では学生会長も務めました。
高専時代はもっと積極的に活動すればよかったと思っています。遠慮してしまったことを少し後悔していまして、ちょうど2年生の時に体育祭が中止になり、前任の学生会長も復活を試みましたが、無理だと言われて諦めてしまったこともあります。その後、自分が教員になってから約20年ぶりに体育祭を復活させました。
―その後、広島大学に編入されています。
高専時代から機械学系に進むことを考えており、広島大学の第4類エンジニアリングシステム教室(旧:第四類(建設・環境系))に編入しました。船舶工学に興味があり、特に船の解析系に挑戦したかったためです。
大学時代は人力ボートレースに取り組み、ソーラー&人力ボートレース全日本選手権大会(大学・大学院前期時代)で学生部門4連覇を達成しました。チームワークと技術力が成功の秘訣であり、学生時代から頭だけではなく、技術力で競い合うことを合言葉にしていましたね。
ディープラーニングを用いた技能者評価と呉の歴史的遺跡の調査
―呉高専で教員になったいきさつをお聞かせください。
正直なところ就職はあまり具体的な計画は立てていなかったのですが、高専の教員は魅力的なのではないかと感じていました。博士課程後期の1年生の時に、呉高専で「プログラミングの授業の非常勤講師」を頼まれたことがきっかけです。
この非常勤講師を予定していたこと、そして、高専のある先生が急にお亡くなりになったこともあり、「代わりに来てくれ」と言われ、そのまま応募して博士課程後期2年生在学中から教員となりました。
偶然や縁が重なった結果と言えます。研究も魅力的でしたが、私はむしろワイワイと楽しい雰囲気が好きで、何かをつくることも得意でした。だからこそ、高専のような場所で学生たちと一緒に楽しむことが、自分にとって面白いと思えることかもしれないと感じたんです。
―現在の研究内容の取り組みと、そのきっかけについて教えてください。
1つは、ディープラーニングを用いた溶接技能者評価試験片の評価です。溶接技能者資格認証試験において、画像判定による自動化を試み、新たな手法を導入することで、人間と同等の評価ができるよう目指しています。というのも、溶接技能評価は、橋やビルなどの重要な部分における溶接の品質を確保するために行われますが、1日に1会場で1,000を超える評価を行う必要があり、検査員の負担が大きいんです。
もう1つは、呉鎮守府・呉海軍工廠の遺物に関する調査研究です。この研究では、呉鎮守府・海軍工廠時代の遺跡、特に地下施設や造船ドックのポンプ・薬莢(やっきょう)の製造工場跡から出土した物品について調査を行っています。
鎮守府・海軍工廠の遺跡調査は、自衛隊や企業・呉市と協力して取り組んでいます。昔のコンクリート造りの施設や地下指令室の存在が明らかになり、その状況を再現するための調査や聞き取り調査を行い、海軍時代の技術や施設の遺産を保存し、伝える使命を果たしています。
これらの研究は、技術者の高度なスキルや昔の技術の継承に寄与するものであり、積極的に取り組んでいますね。
野球部、鳥人間コンテスト、石段の家——地域との結びつきを強化
―高専での教育において、力を入れている活動について教えてください。
学生の成長を促進する環境づくりに注力しています。例えば、硬式野球部は全国3位(2016年)の実績がありますが、「何のために野球をやっているのか?」や「楽しい野球をするためには何が必要か?」といった問いかけを通じて、選手やマネージャーの成長を促しています。
鳥人間コンテストへも参加し、学生と機体製作に取り組みました。地元の大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)からの協力依頼もあり、野球部の指導と平行して飛行機の製作に奮闘しましたね。高専主催の3D-CADコンテストやデザコンにも積極的に参加し、呉高専での開催の際には学生とともに部門長を務めたこともあります。
また、地域と協働した実践的な教育を目指す「石段の家PJ」では、空き家再生だけでなく、地域イベントを通じた交流も行いました。石段の家PJは、地域と協業を目指し実践的な教育を目指す「インキュベーションワーク」の一環です。現・広島工業大学の光井周平先生と、単に空き家再生を行うのでなく「今後どの様に地域の人々と建物が繋がりを持つべきなのか?」を考え、プロの手を借りながら改修を終えました。
さらに、「地下壕PJ」では海上自衛隊基地内の地下壕の調査を行い、地域との交流を図りつつ、外務省主催の「日豪草の根交流事業」にも参加しています。これらのプロジェクトを通じて、学生と共に成長し、地域との結びつきを強化しているところです。
―野球部の監督など指導が大変かと思いますが、プロジェクトに対する学生たちの反応はどうですか?
例えば石段の家では、卒業生が遊びに来たときに、「プロジェクトのおかげで鍛えられ、新入社員になった時はだいぶ楽だった(笑)」という話をしてくれました。
ほかのプロジェクト等の学生からは「顧問を引き受けてくれませんか?」と言われるんですが、野球部含め他のクラブ・プロジェクトも見ているので忙しくて(笑)
―今後はどのような活動をお考えですか。
高専は大学とは異なり、学生が考え、自分で手を動かして行動していることがポイントです。その機会を最大限提供したいと思っています。今後は1人でも多くの学生が「(しんどかったけど)
高専は楽しかった」と言って卒業してもらえるように努力したいです。
特にコロナ以降、学生がますます学内に籠り、活動の制約が増えているように感じます。例えば、石段の家プロジェクトのような、みんなでワイワイできる雰囲気を2、3年以内に取り戻したいと考えていますね。
あと、実は教員23年目で初めて担任を持っていまして、1年生の担任をしています。しかし、自分たちの学生時代と違って、とても遠慮している学生が多い印象です。そういった遠慮を解消し、コミュニケーションを活発化させたいと考えています。
特に現在の1年生はコロナで中学校の時にワイワイと盛り上がることを経験できなかったと思います。そこをなんとかほぐしたいと思い、学生たちの伸びしろを引き出す環境を整えることを目指しています。
―最後に、これから高専を目指す中学生へメッセージをお願いします。
最近の教育では、小学校や中学校で夢を持つことが重要視されています。だからこそ、今の中学生たちは「夢がない自分は駄目な人間だ」という“マイナスな考え”が広まっているのではないでしょうか。
中学生たちの中には、具体的な『やりたいこと』がないと焦りを感じる人も多いようです。しかし、小さなイベントでも何でも良いので楽しんでやろうというポジティブな考えは大切です。高専は楽しく学べる(遊べる)環境を整えて待っているので、ぜひ来てほしいと思います。
特に中学校の時には「(自分は)他の人とは違う」と感じる人もいるでしょう。自分が他の人とは異なると感じても、自分の行動を他人に遠慮して制限する必要はありません。自分が行動すれば、応えてくれる先生はたくさんいます。高専はそのような能力を持った人たちが集まっている場所だと考えていますよ。
上寺 哲也氏
Tetsuya Uedera
- 呉工業高等専門学校 機械工学分野 准教授
1996年 呉工業高等専門学校 機械工学科 卒業
1998年 広島大学 工学部 第4類エンジニアリングシステム教室(旧:第四類(建設・環境系)) 卒業
2000年 広島大学大学院 工学研究科(建設工学専攻)博士課程前期 修了
2003年 広島大学大学院 工学研究科(建設工学専攻) 博士後期課程 単位取得満期退学
2001年 呉工業高等専門学校 助手
2012年 広島大学大学院 工学研究科(建設工学専攻) 博士(工学)広島大学
2012年4月より現職
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