2023年10月7日(土)、東京の一橋大学一橋講堂で【Japan ATフォーラム 2023】が開催されました。障がいのある人や高齢者の困りごとを支援するために高専がこれまで取り組んできた成果を発表する本フォーラムには、高専だけでなく、企業や団体の方も参加。本記事では、その模様をレポートします。
GEAR 5.0事業としてのAT
国立高専では『高専発!「Society 5.0型未来技術人財」育成事業』の一環として、GEAR5.0(未来技術の社会実装教育の高度化)を進めてきました。その中の介護・医工分野では、「持続可能な地域医療・福祉を支えるAT-HUB構想とAT技術者育成による共生社会の実現」をテーマとし、中核拠点校の熊本高専を中心に、全国の高専、企業、自治体等と連携して取り組んでいます。
「AT」とは「Assistive Technology」の略で、「障がいのある人々を支援するための技術全般」を指す言葉です。例えば手や足をうまく動かせないなど、生活行動に支障をきたす方々を支援するのがATであり、義手や義足はATの起源とも言われています。また、障がいのある人だけでなく、高齢者の方も支援の対象となります。
そういった支援をスムーズに行うために始めたのが、介護・医工分野を担当する国立高専7校(熊本、函館、仙台、長野、富山、徳山、新居浜)を拠点(AT-HUB)とした、全国の高専と連携できるネットワーク活動「Kosen-AT」です。各校のシーズ(技術)や事例を登録することで、支援者(作業療法士、理学療法士、特別支援学校教員など)がすぐに活用できる「高専ATライブラリ」を開発するなど、これまでさまざまな取組を行ってきました。
そして近年、デジタル技術の進展によって、ATを取り巻く環境は変わってきています。今回開催された【Japan ATフォーラム 2023】では、より一層ATへの理解を深めることを目的とし、ATに関する基調講演のほか、GEAR5.0の報告、そして研究開発のショートプレゼンテーションが行われました。
デジタル社会におけるAT
【Japan ATフォーラム 2023】は開会挨拶の後、午前は吉川知夫 氏(特別支援教育総合研究所 研修事業部 上席総括研究員)、田中勇次郎 氏(東京都作業療法士会 会長)、山野井究 氏(日本支援技術協会)の3名による基調講演がそれぞれ行われました。
基調講演で何度も出てきたトピックスとして挙げられるのが、「障害者差別解消法の改正」です。これにより、2024年4月1日から事業者は障がいのある人への「合理的配慮の提供」が義務化されることになります。言い換えれば、社会にあるバリアを取り除く対応を必要とする意思が障がいのある人から示された場合、負担が重すぎない範囲で事業者は対応しないといけない、ということです。
これを受け、吉川氏の基調講演では、「肢体不自由児のICT活用について」というテーマでお話しされました。文部科学省が推進するGIGAスクール構想によって、児童や生徒1人に1台の端末を整備する取り組みが進められていますが、肢体不自由児がデジタル端末を使用するにはやはり不自由があります。ですので、ICT環境下でも障がいの有無を問わず、子供たちが主体的に学習できる環境づくりが不可欠です。
また、障がいの状態や特性は人によって異なり、それぞれに合わせた支援が必要になります。学習の困難さに応じたICT活用や環境整備を重要としつつ、さらに「学校を卒業した後の生活にもつながるよう、学校の中でしっかりとICTの活用を進めていく必要がある」と、吉川氏はおっしゃっていました。
デジタル×ATですと、山野井氏の講演「DAA(デジタルアクセシビリティアドバイザー)認定資格の紹介」も関連します。障がいのある人や高齢者が抱えるデジタル機器に対する困りごとそれぞれに合わせてサポートできる知識を持った人を指すDAAは、「困りごとに対する理解」と「デジタルに対する知識」の両方を兼ね備えた、共生社会の実現には必要不可欠な人材です。
また、「ATと作業療法士の活動」をテーマとして、作業療法士としてのこれまでの経験をお伝えされていた田中氏の講演の中で、印象的なお話がありました。タッチセンサーを工夫することで手の動きを最大限に生かせるAT機器を整備して、とあるDMD(デュシェンヌ型筋ジストロフィー)患者がそれを使って絵を描き、とある雑誌に応募したところ、表紙に採用されたそうです。
表紙になったことで謝金が出たそうですが、田中氏は「お母さんは驚いていました。自分の子どもが自分の力でお金を稼ぐことができるなんて思ってなかったわけです」とおっしゃっていました。これは30年以上前の話ですが、ATによる共生社会の実現の萌芽は、ここにもあったと言えます。
開発に必要な「ATマインド」
午後はGEAR5.0の介護・医工分野の最終報告や事例報告、そして研究開発のショートプレゼンテーションの時間です。最終報告および事例報告では、拠点となった7高専が実施した開発やワークショップなどに関する報告が高専教員によって行われました。
ショートプレゼンテーションでは、9高専20名の学生や教員が会場もしくはオンラインで研究発表。それぞれの持ち時間は5分と、これまで取り組んできた研究開発を紹介するには少々短い時間でしたが、うまく要約して理路整然と説明する学生ばかりだった印象です。
また、会場では実際に開発されたモノが一部展示されていました。例えば長野高専では、「小児用薄型デコレーションVOCAの開発」として、ボタンを押すと登録していた音や声が発せられる装置を展示。場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)の人など、声を発することができない人のためにつくられたそうです。
上の写真では合計16個のボタンが用意されていますが、このボタンのシートを入れ替えることで、いくつもの音や声を出すことができます。学生に話を聞くと、『実際に場面緘黙症の方に使用していただき、保護者や先生のフィードバックを貰って開発しました。現在は「軽量化」「起動時間の短縮」「何がどの音なのかを分かりやすく見せる表示」を、制作中の2号機で実現しようしています』と、今後の目標を教えてもらいました。
また、今回の【Japan ATフォーラム 2023】では、ショートプレゼンテーションの活動表彰も実施。徳山高専の「誰もがワクワク・ひらめくプログラミング講座応用編の検討 ~MESHブロックとArduinoの連携による機器操作~」が最優秀賞を受賞しました。
これは、ソニー社製MESHブロックとデジタル制御用のボードであるArduinoを用いて電動おもちゃ装置を制御することで、プログラミングが支援技術に展開できることを体験できる講座です。今回の電動おもちゃ装置は坂にボールがあり、ボールの高さやリリースタイミングなどを制御することが可能となっています。
MESHブロックは動きや温度、GPIO(General Purpose Input Output(汎用入出力))など、さまざまな機能で入力することが可能であり、アプリケーションと連動させることでMESHブロックを制御するプログラムを視覚的に作成できます。作業療法士などといった、プログラミング知識を特段持っていない支援者でも簡単にできるので、多品種少量生産が基本となるATにおいて、大きな力を発揮する可能性が秘められていると言えるでしょう。
最後に、函館高専の浜先生(実行委員長、函館工業高等専門学校 特命教授)からショートプレゼンテーションの総評がありました。
「素晴らしい内容だったと思います。今回みなさんがお話しされた内容は必要とされているものばかりですので、ぜひ完成度を上げて、実際に使えるレベルまでもっていってほしいです。そのためには、ATマインドが非常に大事です。当事者(障がいのある人や高齢者)や関係者とやり取りをしながら、本当に必要とされるもの、使っていただけるものを目指して、完成度を高めてほしいなと思います」
それぞれに困りごとがあるからこそ、当事者の方からニーズを聞き取り、シーズ(技術)を掛け合わせながらモノをつくり、フィードバックをもらい、さらに改良を……と続けていくことで、「全員ではないが、その当事者にとって、本当に必要とされるもの」が出来上がります。ATにおいてまず重要なのは、このような考え方です。それは、デジタル技術が発展している今も同様です。
GAER5.0の介護・医工分野は2023年度で終了を予定していますが、高専のATは2024年度以降もますますの進化を遂げていく予感を抱くフォーラムでした。
◎イベント情報
【Japan ATフォーラム 2023】
開催日:2023年10月7日(土)
会場:一橋大学一橋講堂 2階 中会議場2~4
主催:(一社)日本支援技術協会、全国KOSEN支援機器開発ネットワーク(Kosen-AT)、熊本高等専門学校
共催:(一社)日本福祉工学会・九州支部
協賛:株式会社NTTドコモ、熊本県肢体不自由児者父母の会連合会、テクノツール株式会社、ポトス株式会社、株式会社ユープラス、株式会社ユニコーン(五十音順)
HP:https://www.jatc.jp/kosen-at/at_forum2023/index.html
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