エンジニアから家業の農業、企業の管理職まで幅広い経験を通して高専の新たな可能性を探る、阿南高専の吉田晋先生。企業と高専(学生、教職員)が連携して課題解決に取り組む「ACT倶楽部」を立ち上げた吉田先生の、その熱い思いを伺いました。
エンジニアから農業、企業管理職を経て教員に
-まず、阿南高専に進んだきっかけをお聞かせください。
昔の話ですが、まだ「情報」という発想がなかったので、ものづくりをやってみたいという気持ちで、地元の阿南高専へ進みました。最初は建築家になりたかったんですけど、電気も面白そうなので電気に進んだという感じですね。
阿南高専への進学によって親元を離れ、16歳から寮に住みました。みんなと一緒に生活するので、人それぞれの考え方などがすごく勉強になったのと、「自分でちゃんと生きて行かないといけない」という、寮生活での自主性にとても鍛えられましたね。
私、実はもともとすごく病弱で、中学生ぐらいまではしょっちゅう入院したりしていたんです。体力に自信がなかったんですけど、寮生活では食事や健康にも気をつけるようになりました。今の礎ができているのは、高専5年間の寮生活のおかげです。
実家は花木農家で、高専卒業後は家業を継ぎ、農業をやると思いこんでいました。ですので、大学に行く意味をあんまり感じていなかったのですが、親から「地元徳島大学に編入できるなら行ったら」と勧めてくれましたし、すぐに家業を継がなくてもいいかと、そこまで深く考えずに徳島大学へ編入しました。その後、電気メーカーへ就職し、母校の教員になるチャンスに巡り合ったわけです。
-高専教員になるまでの経緯をお聞かせください。
大学では電気電子工学科に入り、モーター系の制御の研究を行いました。直流モーターによる制御みたいなのをやった記憶があります。卒業後は、家業を継ぐのを10年先に延ばしてもらって、企業へ就職しました。
入社したのは愛知県のデンソーでして、30歳までサラリーマンを7年半経験します。デンソーでは点火技術部というところで、二輪の発電装置とその点火装置の製品設計をやっていました。
そして、デンソーを退職し、家業の農業を3年やったんですけど、企業でそれなりに仕事をしてきて農業をするのは、多分想像がつかないと思うのですが、大変でした。すごい葛藤もありました。家業以外の道も考える必要があるなあと思い、農業しながら勉強して、地元企業に再就職しました。
再就職先で働き始めてから、大学の恩師から勧められてドクターを目指しました。そして、仕事をしながら3年間社会人ドクターとして研究し、博士号を取得。会社は中小企業でしたが、技術系部門の管理職として社員の採用も担当しました。また、大学生や高専生のインターンシップ受け入れ担当も5年ぐらいやりましたね。
そして、母校阿南高専の企業人活用プログラムのアドバイザーをする機会があり、その縁で「ドクターを持っているんだったら教員をやってみない?」という声がかかります。企業の管理職を経験していたことで「次のリーダーをどうやって育てるんだ?」ということに意識が向き始めていて、「母校の高専で人を育てることもいいかな」と思いました。若い頃は先生になる気はなかったんですけどね(笑) これが現在までの経緯です。
-採用の立場から教える立場になってみていかがでしたか?
企業の技術部門の管理職として採用面接などを経験していたことで、企業が求める人物像が分かっていたため、高専の教員になって、キャリア教育に力を入れて取り組みました。複数の企業でさまざまなポジションでの経験、特に管理職を経験してから高専教員になったことは、進路や就職を考える高専の高学年生を対象にした授業や進路指導をする上で、非常に生かせていると実感しています。
これまでいろいろ世の中を見てきたという立場からすれば、進路や就職を考える高専の高学年生を教えるにはちょうどいい年齢だったのかもしれません。また、授業で教えるだけでなく、自分の研究や、学生と取り組む卒業研究でも、自分の考えで好きなことをテーマにして学生と一緒にチャレンジできることは、高専教員になって良かったことですね。
農業の知識も役立った「農業ICT」の研究
-現在の高専での研究と、取り組まれているきっかけ、内容についてお聞かせください。
「農業ICT研究」「低価格KOSEN版簡易ウェザーステーションの開発」「低コスト水位計の開発」に取り組んでいます。鶴岡高専の神田教授が立ち上げた「KOSEN農業ICT研究グループ」に所属し、KOSEN版簡易ウェザーステーションの実証実験を担当したことが、研究を始めたきっかけです。
研究者になった以上、農業のICT化を自分の研究としてやりたいという思いが強くて、農業ICT研究グループの立ち上げメンバーの一員になりました。そのときにウェザーステーションという農業用の気象センサーの開発をやっていたんですよ。
それを実際、製品になるようなレベルまでつくり上げていこうとグループで始めた際に、製品化できる人間が、製品設計経験者の私しかいないことがわかりました。「じゃあ、やりましょう」ということで、高専の先生で得意なところを持ち寄って、グループで開発してつくり始めたのがKOSEN版簡易ウェザーステーションです。
また、農業ICT研究グループの鶴岡高専の保科先生から、淡路島で「ため池用低価格水位計の開発依頼がある」と紹介していただきました。そこで、簡易ウェザーステーションで取り組んでいたIoT技術を応用して、低コスト水位計の開発をスタートさせたんです。
水位計は地元企業「阿南測量設計株式会社」と共同研究により実証実験を重ねて市販化しています。簡易ウェザーステーションについては、「株式会社ZTV」とも共同研究により実証実験を行っており、今後の市販化の展開について検討しています。
また、鳥羽商船高専の江崎先生(月刊高専No.114)が三重県で取り組んでいた「U-16プログラミングコンテスト」の話を聞く機会があり、学生の育成と地域貢献への取り組みになると考えました。徳島県でも実施しようと思い、3年前から開始しましたね。
高専の新たな可能性に挑戦する「ACT倶楽部」
―高専での教育方針や、高専で力を入れている活動について教えてください。
育成活動として社会実装プロジェクトへの参加や、U-16プログラミングコンテスト阿南大会を開催しています。高専プロコンでは、部活の顧問になって学生を指導して11年になります。11年間連続で本選全国大会へ出場したのがちょっとした自慢ですが、すごく力を入れてやってきました。
また、東京高専が開催している社会実装フォーラムに今年度も4チームが参加します。今後も学生と社会実装テーマに取り組み参加していきたいと思っています。U-16プログラミングコンテスト阿南大会は、来年度から小学生の競技部門に加えて、中学生の作品部門も開催予定です。
―新しい取り組みとして「ACT倶楽部」を立ち上げたと伺っています。
「ACT倶楽部」は、企業等が抱える経営課題、技術課題・地域課題を阿南高専に持ち込んで、それらを企業と学生が連携して課題解決していこうという倶楽部活動の仕組みです。阿南高専からは、研究室・研究設備、研究費、メンター教員を提供。阿南市との連携での課題解決にも取り組み、社会実装を目指します。
ACT倶楽部を立ち上げて1年半が経ちました。現在6つのプロジェクトが進行しています。参加している学生は、企業の方と直接関わりを持ち、課題解決に取り組むことで、社会実装に取り組む経験を積むことができていますね。とにかく学生と企業のエンジニアの方が直接会話できる空間というか、つながる空間をつくり上げたかったので良かったです。
今後の活動としては企業連携を強めていくことで、ACT倶楽部をさらに推進したいと思っています。企業に長くいた経験から、企業の方の立場がよく分かります。
また、高専プロコンに参加してきて、プロコン協賛企業の方とのつながりが、企業連携を推進する上で私の宝物になっています。プログラミングコンテストも「人を育てる」という軸がありますので、U-16プログラミングコンテストにも積極的に取り組んでいきたいというのが今後の方針、展開です。
―高専の良さと、今後の将来像をお聞かせください。
高専の学生の良さは、やはり「素直」ということですね。田舎の高専なので本当に素直です。学生たちはそう思ってないかもしれないですけど(笑) 「これやったら」と聞くと、「やってみようかな」と言ってくれるので、企業からもとても評価いただいています。
一方で学生には、とにかくいろんなものに興味を持ってチャレンジしてほしいと思います。私も高専出身だったからわかるのですけど、普通高校の3年生は大学入試に時間を取られますが、高専にはそれがないので、本当に「いい意味」で自分の時間があるんです。
ですから、今の3年生達をいかに燃えさせるかっていうのが課題です。進学校にない1年間を自由に使えるというコンセプトで、プロコンとかロボコンとかやっている学生はいいのですが、部活に力を入れていない学生はゲームをしています。勉強するモチベーションがあまり持てていないのでしょう。
検索すれば答えはすぐにわかる、だから逆引きでいいと思うんです。つくりたいものや、やりたいものにどんどんチャレンジしてほしい。そのためのACT倶楽部であり、企業連携の事業であり、そういう機会をこれからも設けていきたいと思っています。
―最後に、未来の高専生に向けてメッセージをお願いします。
中高一貫ってありますよね。地方の進学校は中高一貫が強力なライバルです。この間、小学生プロコンの最初の年に優勝した子が中高一貫を選んで、高専に来ないことが確定しました。だからこそU-16プロコン大会は、小学生部門から先に始めているんです。
中学生も小学生でも夢を持ってほしいですね。私は研究者というよりエンジニアを育てたいです。日本でも「スティーブ・ジョブズを育てよう」、「起業家を育てよう」と言いますが、スティーブ・ジョブズがすごいわけではなく、それを実現するエンジニアが脇を固めてこそだと思うんですよ。
エンジニアを育てる、それが高専に求められていることだと思っています。「技術で世の中を良くするものをつくって、人に喜んでもらいたい」という人を育てたいですね。そういう子供たちにぜひ高専を選んでほしいと思います。その熱い思いは、誰にも負けません。
吉田 晋氏
Susumu Yoshida
- 阿南工業高等専門学校 創造技術工学科 情報コース 教授
1983年 阿南工業高等専門学校 電気工学科 卒業
1985年 徳島大学 工学部 電気工学科 卒業
1985年~1992年 株式会社デンソー
1992年~1995年 花木農家
1996年 徳島大学大学院 工学研究科 博士前期課程 電気電子工学専攻 修了
2000年 徳島大学大学院 工学研究科 博士後期課程 システム工学専攻 修了
1996年~2010年 株式会社JSS
2010年 有限会社ワイ・システムズ
2011年10月 阿南工業高等専門学校 制御情報工学科 准教授
2018年より現職
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