高専から本格的に理工系の道へ進み、「エレクトロニクスと物理学との出会いは、非常に重要なターニングポイントでした」と語る東京都立産業技術高等専門学校の山田美帆先生。日本での国際リニアコライダー実験、素粒子研究の取り組みなど、お話を伺いました。
実験・実習を効率的に学べる「高専」に感動!
―まず、高専を選んだ理由を教えてください。
中学生の頃(1990年代)は、パソコンが家庭に普及し始め、家庭用のパソコンやIntelのテレビCMが流れていました。学校でもパソコンに触れる機会があったので、自然とコンピュータに興味を持ち、「将来はコンピュータを設計する技術者になりたい」と思いましたね。
そして、高校受験を考えるにあたって高専のパンフレットを見つけ、コンピュータやエレクトロニクスについて学べ、大学に近いような専門的な勉強ができるところだと知り、高専へ進学しました。そこから理工系の道に進んでいくという感じです。
―高専で学んだこと、興味を持ったことを教えてください。
高専に入った当時はコンピュータをやりたいなと思ったのですが、勉強してるうちに「なんかちょっと向いてないな」と思い始めました。そんなとき、物理や電磁気学、あと半導体の授業があったことから、基礎科学の方に興味を持つようになったんです。
物理を勉強するにしても、将来的にエレクトロニクスの知見は役に立つはずだと考えていました。物理系の授業に力を入れつつ、ほかの電子工学の科目もきちんと勉強したって感じです。
その後、4年生のときに「半導体工学」という授業がありました。量子力学という、うんと小さい世界の物理の話なので、今まで考えてきたようなスケールの物理学が成り立たず、「小さい世界には小さい世界の理論があること」を教わり、非常に面白いなと思ったんです。
全体的に見ても、高専はカリキュラムが良く、座学とリンクするように実験・実習が組まれています。授業で学んだことを実験や実習で「実際にこうなってるんだ」と、わかりやすく効率的に学べることにとても感動しました!
―勉強のほかにも取り組んだことはありますか。
中学校からソフトテニスをやっていたので、高専に入ってもそのままソフトテニスを続けました。クラブ活動はかなり頑張りましたね。全国大会に行きたいなあと思い、練習はとにかくやりましたよ。
読書も好きで、本や小説、マンガもたくさん読みました。中でもアメリカの物理学者リチャード・フィリップス・ファインマンの著書が非常に好きでしたね。素粒子理論での彼の功績は素晴らしく、すごく複雑な物理現象をとてもシンプルに図示する方法を発明しています。
実際にどうなるのかを見たかった——素粒子実験の研究へ
―大学へ編入し、大学院で素粒子物理学を専攻したきっかけを教えてください。
高専で物事の、特に宇宙の「原理」に興味を持ち、電磁気学や量子力学を勉強していくうちに、物理学を志すようになりました。専門性を深めるために大学院で研究したいなと考え、それならばまずは大学に行かないと話にならないなと思ったんです。
物理をやろうと決めていたので、大学は理学部の物理学科へ進みました。また、宇宙の原理の解明には、物質の根源である素粒子について研究するのが良さそうだと思い、素粒子物理学実験(高エネルギー実験)の研究室を選びましたね。
実験を選んだのは、自分が本当にやりたいことは何かを考えたとき、「理論より実験かな」と思ったからです。理論と実験は相補的な関係にあり、理論がなければ実験しようがありません。しかし、実験をして検証しなければ理論も進まないので、自分で実験して、実際にどうだったのかを見たかったのです。
その後、大学院で研究を続けるために、当時最も大規模な実験だった「CERN研究所のATLAS実験(※)」に参加していた筑波大学へ進学しました。学位取得後は高エネルギー加速器研究機構(KEK)で研究員(ポストドクター)として、特に実験で用いるハードウェアの開発に携わりました。
※欧州原子核研究機構による加速器実験。LHC(大型ハドロン衝突型加速器)を用いて行なわれている実験プロジェクトであり、陽子を世界最高エネルギーまで加速して衝突させ、素粒子現象を実験的に観測している。
実験に不可欠な、最先端のエレクトロニクス技術
―現在の研究内容や社会実装への取り組みについて教えてください。
「高エネルギー加速器実験による素粒子標準模型の検証と、新物理の探索」のほか、実験で用いる高精度半導体検出器の開発、他分野における放射線検出システムへの応用です。前者の研究では素粒子実験を行うのですが、その実験では「加速器」という装置を使用します。
まず、エネルギーを高くすることで「宇宙ができたとき」を人工的につくり出します。陽子や電子を光速近くまで加速させ、ぶつけ合うと、ものすごく高いエネルギーが生み出されるんです。
それが「宇宙が人工的にできた瞬間」だとは言いがたいのですが、その0.00何秒後みたいな状況をつくり出すことで宇宙を理解していこうという目的があります。この実験はメチャクチャ大変なので、基本的には世界中の研究機関が協⼒し合って実験をしています。
また、陽子や電子をぶつけると様々な粒子が出てくるので、それをとらえるハードウェア(検出器)が必要になります。その中でも1番高性能を要求されるのが半導体飛跡検出器ですが、スマートフォンのカメラなどでも利用されている「可視光用のCMOSセンサーの技術」を応用することで、高エネルギーの荷電粒子を検出可能とした高精度・高機能センサーの開発を行っています。
実験を行うにあたっては、物理学そのものはもちろんですが、最先端のエレクトロニクス技術も不可欠になってきますね。より高度な実験の実現のために、こういった技術を習得し、新たな検出器やシステムを提案したり、他分野に応用したりするのも目標です。
―日本での国際リニアコライダー(※)実験の研究にも参加されています。
※超高エネルギーの電子や陽電子の衝突実験を行うため、国際協力によって設計開発が推進されている加速器計画。
日本での誘致を進めている同実験での実用化を目指して、検出器の開発・評価を行なっています。信号処理のための回路規模を大きくするためのCMOSセンサー三次元積層化技術を開発しています。今後は検出器の開発だけでなく、サブシステムの構築や、実際の実験における運転にも携わっていきたいと思います。
日本で実験するのであれば、必要なハードウェアをたくさん開発して準備しないといけないんです。ハードウェアの開発はどこの国も盛んですので、「ちゃんと自分で新しいものをつくるんだ!」ということを意識して、国際リニアコライダー実験に参加していきたいと思います。
暗記に頼らない、基本的な原理の理解を
―そもそも、高専教員になられたきっかけを教えてください。
高専教員になる前は、先ほどお話ししました通り、高エネルギー加速器研究機構の研究員をしていたのですが、研究員には任期があるので、引き続きアカデミックな機関で仕事が出来ないか探してました。
その頃に、母校の都立高専で教員を探しているという連絡をいただいたんです。高専であれば、研究も続けられますし、エレクトロニクスの知見をより若い世代へ引き継ぎたいという思いもありました。
現在、座学においては電気回路や電磁気学、初頭量子力学を担当しています。物理屋なので、計算できれば良いというより、きちんと本質的な部分や原理というものを理解し、いろんな科目を勉強して欲しいなと思っています。「低学年でも高学年でも、本質的な部分の理解がとても重要」ということを伝えるような授業を心がけていますね。
というのも、問題の解き方を覚えただけでは、実験の授業や就職後の現場で必要な計算を正確かつ効率的に行うことはできません。暗記に頼らず、最も基本的な部分である原理をよく理解することが、その他の科目や将来の仕事にも生きてくると思っています。
それが最も顕著に表れるのは、卒業研究だと思います。研究に答えはありません。原理を理解し自分で実験方法を考え、必要なハードウェアを設計・準備し、出た結果を考察しなければいけませんので。
すべてにおいて明確な答えや方法は示さず、学生自身が考える余地を常に与えるよう意識しています。自分で調べ、考え、必要な技術を習得することが、卒業後にさらに必要となることを認識してもらいたいからです。
―これから高専を目指す方や、現役の高専生へメッセージをお願いします。
中学で数学とか理科の成績があまり良くないから高専は難しいかなって思うかもしれませんが、中学と高専の勉強は全然違います。はっきりした意思があるなら、高専に来て頑張れば、いろんなことが身につきますので、明確な目標や興味のある分野がある人は歓迎したいです。
現役の高専生には、興味、関心、目標を持って卒業してほしいと思います。就職するにしても進学するにしても、自分で希望を出すことが重要です。就職は大学生より高専生の方が圧倒的に有利ですし、大学に進学する場合も、より明確に目標を持つことで非常に有意義な学生生活になるのではないでしょうか。
そして、エンジニアであろうと、研究者であろうと、社会に出て働かないといけません。「働くことってどういうことか」も考え始めてほしいなと思います。
山田 美帆氏
Miho Yamada
- 東京都立産業技術高等専門学校 ものづくり工学科 情報通信工学コース 助教
2005年 東京都立航空工業高等専門学校 電子工学科 卒業
2007年 東京都立大学 理学物理学科 卒業
2010年 筑波大学 数理物質科学研究科 物理学専攻 博士前期課程 修了
2012年 総合研究大学院大学 高エネルギー加速器科学研究科 素粒子原子核専攻 博士課程 修了
2013年 高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 研究員
2019年より現職
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