2025年4月、日本財団とドワンゴの協働により開学したZEN大学。オンラインを主軸に、時間・場所・経済的な制約を越えて誰もが学べる環境を目指しており、入学者の中には高専卒業生もいるそうです。今回は、ZEN大学の設立背景や教育理念、取り組み、そして今後の展望について、山中伸一理事長にお話を伺いました。
“どこでも誰でも学べる”を現実に。次世代の大学像
―ZEN大学は2025年4月、日本財団とドワンゴの協働による「オンラインの新しい大学」として開学しました。背景にある教育課題や、授業料設計の思想を教えてください。
いま、情報化・デジタル化によって、情報の扱い方や伝え方自体が歴史的に大きく変わる局面にあります。情報が変わればコミュニケーションが変わり、人と人/人とモノ/モノとモノの関係が変わり、結果として働き方が変わっていきます。そして、「学び=情報を次世代へ伝える営み」も変わらざるを得なくなります。私たちはその渦中にいる、という認識が出発点でした。
ZEN大学はオンラインを軸に、新しい技術やコミュニケーション手段を最大限に活用して知を伝える大学です。従来の大学は「ひとつの場所に学生と教員が集まり、時間割に沿って学びが始まる」という空間前提の設計でしたが、今は同じ場所に集まらなくても、教える人と学ぶ人が制約なくつながれる。大量の動画コンテンツも低コストで作成・共有できるようになりました。そこで、場所・時間・経済的負担の制約をできるだけ小さくし、大学教育を展開することを目指しています。

また、大学はどうしても大都市に集中しがちで、下宿や生活費といった負担が進学のハードルになるケースもあります。ZEN大学は入学定員3,500人に設計していますが、仕組みとしては1万人規模での受講も可能です。受講者が増えるほど授業制作の固定費が相対的に下がるため、スケールメリットを授業料に反映できるのもオンラインならではの強みです。
―運営方針についても教えてください。
授業の多くはオンデマンドで、学修者が好きな時間に自分のペースで学べるのが特徴です。オンラインだけで卒業できるようにしつつ、リアルの学びの場も用意しています。分野・科目ごとに強みのある先生を配置し、受講後の質問や学修アドバイスに応えるサポート体制も整備。学修者一人ひとりに焦点を当てた「個別最適化」を重視しています。
いま、日本では学修者本位の教育への転換を進めており、これは2018年に文部科学省がこれからの時代の高等教育の構想について取りまとめた「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」でも明記されていることです。「何を教えるのか」ではなく、「学生が何を学んで、何を身につけ、何ができるようになったのか」にフォーカスする転換期にきています。
本学でも「何を教えたか」ではなく、「学生が何を身につけ、何ができるようになったか」を起点に授業設計をしています。教員と授業制作スタッフが協働し、理解しやすく、成果が可視化される構成と評価方法をつくり上げています。こうした学修者本位の転換は、学びのプロセスを柔軟に設計できるオンラインだからこそ、より深く追求できるものです。
また、一部の授業はYouTubeで公開されており、誰でも自由に視聴可能です。気軽に学びの一端に触れられるよう、オープンな学習環境づくりにも力を入れています。
―オンラインならではの課題や、リアルとの補完はどうお考えですか。
人間形成や「触れ合いの中でつくる学び」は対面の強みです。対面であれば教える側が学生の理解度を繊細に感じ取り、その場で改善できます。一方、オンラインでは学生の表情が見えにくいのが難点です。そこは、質問・相談に応えるサポートスタッフや、学修コミュニティの仕組みでカバーしています。

また、社会体験型のプログラムも展開しています。経済・AI・情報といった知識が、実際に社会でどう活用され、どんな場面で役立っているのかを、現場で学べる仕組みです。日本全国を舞台に地域課題へ挑む設計を掲げ、卒業時には「知識を持っているだけ」でなく、「社会で使える知識を身につける」ことを目標としています。
プログラムは市町村や企業と連携し、商品開発などのテーマに取り組む実践型で提供しています。系属校(N高・S高・R高)では5〜7日間で実施する約320のプログラムがあり、年間1万3,000人が参加しています。この実績を生かして大学では長いものだと1ヶ月間かそれ以上というより長い期間で、より実践的なプログラムを実施できるようにしました。
こうした取り組みの背景には、地方が抱える深刻な課題があります。多くの市町村では、若者が進学を機に地元を離れ、卒業後も戻ってこないという構造的な人口流出が続いています。そのこと自体が悪いことではないのですが、自治体としては「若い人をどうつなぎ止めるか」「どう地域に呼び込み、働いてもらえるか」に強い危機感を持っているのが現状です。企業もまた、働く場としての認知が十分に広がらず、人材確保の難しさという悩みを抱えています。
ZEN大学は、そうした地域や企業と連携し、プログラムを提供しています。学生にとっては社会のリアルな課題に触れながら学ぶ機会となり、地域や企業にとっては魅力発信や次世代の人材と出会う場となっています。
AI時代に対応した分野横断型の学びを提供
―高専生の進学状況について教えてください。
現在、ZEN大学には高専卒業後に進学した学生が3名在籍しています。最終学歴として高専卒を持つ学生は16名ほどおり、社会に出てからの学び直しとして入学された方もいるようです。
現時点では、入学目的を詳しく調査したわけではありませんが、ZEN大学が提供している授業科目を見て「学びたい」「挑戦したい」と感じた方が多いのではないかと思います。特に、AI関連の科目は関心を集めており、高専出身者にも親和性の高い分野です。
―学部設計のねらいについてお聞かせください。
唯一の学部である「知能情報社会学部」は、AIを中心に、数理・情報・デジタル・経済・社会・サブカルチャーなど、幅広い分野を横断的に学べるように設計しています。
ChatGPTの登場により、AIは急速に身近な存在になりました。そうした中、社会ではAIを使いこなす力だけでなく、その仕組みを理解し、他分野と結びつけて価値を生み出す力が求められています。ZEN大学では、AIを単に学ぶのではなく、さまざまな領域と組み合わせながら社会でどう活用できるかを考える環境を整えています。
AIの発展によって、情報は見えないところで瞬時に収集・分析・要約されるようになりました。今後は、複数の視点を持ちながら判断し、決定し、その結果を使いこなす力が欠かせません。
ZEN大学は、その力を体験を通して培える学びの場でありたいと考えています。AI時代に必要とされる実践力を育み、社会のさまざまな領域で活躍できる人材を育てることが、私たちの目標です。社会をリードする一握りのエリートを育てるのではなく、質を備えて多方面で活躍できる「クリティカルなマス」を育てることを目指しています。
―AIに関するカリキュラムはどのように設計されているのでしょうか。
基礎から専門まで段階的に構成されています。AIでの要約や文章生成など基礎的な内容から学び、より高度な段階ではディープラーニングなどAIの仕組みを理解します。一貫して持っているのは、「社会の中でAIをどう使うのか」という実践的な視点です。
AI×人文で境界のない学びを──ZEN大学が目指す未来
―高専生も応募可能な「日本財団HUMAIプログラム」について教えてください。
「日本財団HUMAIプログラム」は、ZEN大学の学生に限らず、全国の大学・大学院生、そして高専生などを対象としたAI研究助成プログラムです。
日本の教育や研究の世界では、文系・理系がはっきりと分かれ、社会に出てからもその境界を越えにくい構造があります。しかし、AIが社会のあらゆる領域に浸透していく今、分野を問わずAIのリテラシーが必要です。日本財団HUMAIプログラムでは、AIを活用する学生・研究者を応援し、分野を横断した実践的な研究を後押しすることで、研究のあり方に新しい風を吹き込むことを目的として創設しました。
プログラムは2025年4月に募集を開始し、485名の応募が寄せられました。7月に採択が決定し、すでに活動がスタートしています。助成内容は3種類あり、年間最大250万円の研究費を支給する奨励金C、年間最大100万円の奨励金B、毎月3.5万円の奨励金Aがあります。いずれもAIに関する研究や挑戦を後押しする支援制度です。
採択者は月2回の交流会に参加し、AIの活用事例や研究内容を共有しています。単に資金を支援するだけでなく、分野や立場を越えてAIを学び合うコミュニティを育てることが狙いです。似た関心を持つ人と出会えることで新しい刺激を得られ、研究の幅も広がります。

いま、AIへの理解や活用は、若い世代の方が早い。だからこそ、このプログラムを通じて、若者が主役となって社会を動かすAI活用の文化を広げていきたいと考えています。教育や研究の現場では依然として分野の壁がありますが、実験的にAIを日常的に使いこなす人が増えれば、そうした壁も少しずつ溶けていくはずです。
―今後の展望を教えてください。
オンラインという新しい形で教育を行ってきた結果、N高・S高では大学進学率や就職実績が大きく伸び、社会からの評価も高まりました。ZEN大学でも同じように、「オンラインでもこれだけできる」という成果を示したいと考えています。初の卒業生が出るのは2028年。そのときに学生たちが社会でどう活躍しているかが、私たちにとってひとつの節目になります。
研究面では、数学やデジタル産業をテーマにした研究所を設立しています。また、日本財団HUMAIプログラムを軸にAIと人文社会科学を融合させたコミュニティをさらに広げたいとも考えています。こうした取り組みを通じて、研究の世界に新しい潮流を生み出し、将来的には大学院の設立も視野に入れているところです。
―最後に、高専生へのメッセージをお願いします。
高専は日本の教育制度の中でも非常にユニークな存在です。中学卒業後から5年間、「ものづくり」や「実践的な知識の活用」を一体化して学べる環境は、高専ならではの強みだと思います。
実際にいま、高専生は実力を評価され、社会で重宝されています。知識だけでない力というのは、どんな時代でも価値を失いません。こうした高専で培った力は、AI社会においても必ず求められるものです。
だからこそ、高専生の皆さんには貪欲にチャレンジしてほしいと思います。社会の変化に合わせて、学びの選択肢はどんどん広がっています。
ZEN大学も、「使える力を身につける」という理念のもとで教育を行っており、その点で高専とは多くの共通点があります。2027年度からは3年次編入制度の導入も検討していますので、進学、あるいは社会人になってからの学び直しの選択肢として、視野に入れていただけたら嬉しいです。
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