
苫小牧高専の情報工学科を卒業後、長岡技術科学大学、筑波大学大学院への進学を経て、現在はソニー・ホンダモビリティで商品企画・経営企画に携わる長井浩真さん。原点と語る高専時代からモビリティの最前線で活躍されるまで、その軌跡について伺いました。
技術力と実践力の土台を固めた高専時代
—苫小牧高専に進学された経緯を教えてください。
高校受験のタイミングで、一緒に住んでいた祖父から高専のことを教えてもらいました。その後、札幌市の区内で一番の高校に行くか、高専に行くかという2択で迷っていた私に、取引先などから聞いた話をもとに、祖父が高専を推薦してくれたんです。
もともと数学が好きで、中学時代にITブームが起きていたこともあり、将来はIT分野で活躍したいと考えていた私は、早くから専門分野に触れ、実践的な力を身につけられる高専に魅力を感じました。5年間かけて専門知識を体系的に学べ、就職・進学の両面で進路の幅が広がるということもあり、苫小牧高専の情報工学科へ進学することを決めました。

—高専に入学してみて、いかがでしたか。
入学した当初は、カリキュラムの想像以上の厳しさに結構ギャップを感じましたね。1年次から2年次にかけて、情報工学の講義や実習はもちろん、一般教養もあるので、ハードにカリキュラムが組まれていたんです。
しかし、5年間を通して情報工学を体系的かつ実践的に学べてよかったです。プログラミングやアルゴリズムの基礎に始まり、データベース、ネットワーク、OSといった応用分野まで、講義や実習を通じて段階的に学びを深められました。情報工学のコアとなる基礎知識を高専時代にしっかり身につけたことが、後の様々な経験に生きています。
特に、プログラミングの実習は強く印象に残っていますね。グループに分かれてプログラミングをみんなで組んだのですが、単調な作業をプログラミングで瞬時に解決できることに面白みを感じました。こういった「自分の頭で考え、手を動かす」経験を多く積めたことで、技術を実務で使えるレベルまで引き上げられたと感じています。
—高専での研究内容について教えてください。
「AHP(Analytic Hierarchy Process:階層分析法)による意思決定に関する研究」を行いました。
AHPというのは、通常主観的な感覚で行われる意思決定の際の選択肢それぞれに重みづけを行い、構造化・数値化して最適な解決策を導くための手法です。例えば、PCを買う場合、価格・重さ・画面サイズなどの評価基準のなかで重要度を決め、評価基準ごとにPCを比べて最適なパソコンを導き出すといった感じです。
この最適な解決策を導き出すためのシステムを開発し、精度を上げる研究を行いました。性格診断のように、システム画面に従って評価基準を入力し、選択肢を選んでいくことで、頭の中を整理する助けになるんです。感覚的で複雑な問題に対して、数値的に整理することで論理的に答えを導けることに大きな達成感を覚えました。
—高専で思い出に残っていることはありますか。
寮生活は楽しい思い出が強く残っています。
同年代の仲間と夜遅くまで一緒に課題に取り組んだり、休日には自炊をしながら雑談を交わしたりと、日常を共にするなかで、家族のような一体感が生まれていました。例えば、寮生活を共にした友人の大橋には、就職時の身元保証人をお願いするくらい、深い友情と信頼関係を築けたんです。彼は今でも大切な友人ですね。
大変なこともありましたが、理不尽さを学ぶ機会の一つにもなり、社会に出てもその経験を糧に困難を乗り越えられています。
視野を広げ自信をくれた、技術を社会に生かす体験
—高専卒業後は、長岡技術科学大学に進学されていますね。
もともと経営にも興味があり、高専で情報工学を学ぶなかで、「技術をどう使うか」に加え、「技術を生かして、どう社会に貢献するか」という経営的な視点に興味を持ち始めました。特に情報技術と経営の接点に関心を持ち、自分の学びをさらに深めようと、実社会での技術の応用を重視している、長岡技科大の経営情報システム工学課程へ進学しました。
長期インターンシップ制度を売りにしている点が長岡技科大への進学の決め手になったのですが、入学後、そのインターンシップへの参加が大きな成長のきっかけになりました。
—インターンシップではどんなことに取り組まれましたか。
NECシステムプラットフォーム研究所で約半年間、週5日勤務しながら、B2Bの検索エンジンの研究・開発に従事し、研究と実務の違いを実感しました。
戦略会議にも出させていただき、会社の技術でいかにお客様を喜ばせるかを軸に、世界戦略について議論する一つ一つの言葉や思いが、学生の自分にはとても胸に響きましたね。
このインターンシップで、高専で身につけた基礎的な知識や技術が実務に生きるという手ごたえを感じました。社員の方にご指導いただくなかで、技術をどう生かすかが実務でポイントになると学び、自分の技術が社会にどう貢献するかを体感できてよかったです。経営と情報技術の両面から課題を捉え、理論と実務を繋ぐ力を身につけられたので、貴重な経験になりました。
—卒業後、さらに筑波大学大学院に進学されていますね。
苫小牧高専、長岡技科大とずっと工学を専門に学んできたので、思考が少し偏っているのではと心配になったんです。工学以外のいろいろな領域の方々と関わり、視野を広げてから社会に出ようと考え、総合大学の大学院への進学を決めました。
最終的に筑波大学大学院のシステム情報工学研究科に進学したのは、情報・社会・システムを横断的に扱う研究環境が整った、自分の興味関心に柔軟に応えられる最適な環境だと感じたからです。小学生の頃に祖父が筑波大学をすごくほめていたのが印象的だったこともあります。
—筑波大学院に進学してよかったことを教えてください。
富士通メディアデバイスとの産学連携プロジェクトに参画できたことです。
具体的な内容としては、半導体工場で止まってしまっている多くの検査機械の改善方法が分からないという課題の解決に、工場の方と取り組みました。まずコンピュータを導入して現状を把握し、原因を突き止め、機械の配置設計や工場オペレーターの巡回ルールの最適化に取り組み、生産性の向上を目指しました。研究的な視点と実務的な視点の違いを体感し、研究成果を社会に応用するために必要な視野や責任感を学べたのがよかったです。
このプロジェクトでの原因解析に欠かせないデータベースを、プロジェクトメンバーのなかで先陣を切って組み、活用できたのも、高専の学びが生きると実感した体験でした。大学ではデータベースを組めない方が結構いたんです。データベースの基礎知識とすぐに実践に移せるというノウハウを高専で身につけていたことで、編入生の立場でも存在感や価値を発揮して貢献できました。
また、異なる背景を持つ仲間との共同研究や議論を重ねるなかで、問題解決に対する多様なアプローチに触れることができ、自身の思考の幅を広げることにも繋がりました。

制約と夢の狭間で最適解を形にする挑戦
—ソニー・ホンダモビリティへ入社するまでの経緯を教えてください。
情報工学を専門に学んできたので、IT企業を中心に就職活動をしていましたが、バイクが好きだったこともあって本田技研工業を受けたら内定をいただき、ご縁を感じて入社しました。その後、本田技研工業がソニーグループと新会社「ソニー・ホンダモビリティ」を設立することになり、立ち上げから携わることに。そして、現在に至ります。
ソニー・ホンダモビリティでは、モビリティ業界を再定義するというミッションのもと、先端技術を盛り込んだ企画実現に取り組んでいます。大学、大学院で「理論と実務を繋ぐ」体験にやりがいを感じていたので、先端技術と実社会の接点で価値の創出を目指す今の職場は、自分の経験や志向性が生かせる場だと考えています。
—現在のお仕事について教えてください。
主に商品企画に携わりながら、同じくらいの比重で経営企画業務も担っています。
商品企画では、アメリカの市場をメインに、先端のAI技術を活用した運転支援機能やエンターテインメントといったソニー・ホンダモビリティが届けたい価値をふまえ、商品戦略や製品仕様・コンセプトの立案を行っています。
経営企画の方では、立ち上げメンバーとして広い視点を持ち、ソニー・ホンダモビリティをどう経営していくかについて、経営陣と連携しながら計画しています。

—やりがいを感じるのはどんなときですか。
お客様の声が直接届くので、エンジニアを始めとする会社全体にお客様の声をしっかりと早く伝えられたときにやりがいを感じますね。年4回ほどアメリカを訪れ、センチュリーシティ※などに試作車を置いて、体験されたお客様の声を商品に反映しています。
※米・ロサンゼルスにある、オフィスやショップ、レクリエーション施設、ホテルなどが揃った商業地区。映画製作スタジオ「20世紀フォックス(20th Century Fox)」(現:20世紀スタジオ)の跡地から発展した。
—新しいモビリティをつくる上での難しさはありますか。
人の命を預かる乗り物をつくるので、自動車業界の商品企画って結構ルールが厳しいんです。ただ、ソニー・ホンダモビリティで求められているのはモビリティの革新です。ルールに則って安全性を担保しながら、最先端の技術と感性をどう盛り込むか。そのバランスを考えながらモビリティを企画する難しさを感じています。
そんななかで、高専時代に培った問題解決力、行動力、技術理解が土台として生きていると感じます。商品企画や経営企画は文系の方も多い職種ですが、基礎的な情報工学の勉強をしていることで、エンジニアと話ができるんです。理論と実務の橋渡しをしながら、複数の制約をふまえて最適解を実現したり、社内外の関係者を巻き込み実行したりするうえで、強みになっています。高専には本当に、いろんな面で感謝しています。
—将来の目標について教えてください。
アメリカのみなさんは、通勤のために約1時間車で移動されていますが、結構無駄な時間だと捉えているんです。その移動時間をより「価値ある時間」に変えていけるような社会を実現できたらなと思っています。
その実現に向けて、商品企画と経営企画の経験を生かし、モビリティを起点とした新しい体験価値やサービスを生み出す事業設計力を高めていきたいです。将来的には、グローバルかつ全社視点での戦略構築をリードできる人材になりたいですね。
—最後に、高専生へのメッセージをお願いします。
ソニー・ホンダモビリティや本田技研工業にも高専卒で入社した方が結構多いですが、最先端の技術領域を牽引している方など、第一線を張っている高専卒の方が何人もいます。
私自身も、苫小牧高専から長岡技科大、筑波大学大学院へ進学し、今はモビリティの最前線で企画や戦略を担う仕事に携わっていますが、原点にあるのは間違いなく高専での経験です。高専で鍛えられる確かな技術力と、考えるだけに留まらず実際に行動に移せるという強みは、社会に出て武器になり、支えてくれます。
不確実な時代だからこそ、「考えて、試して、また考える」という高専的な姿勢がますます求められていくと信じています。高専での学びはどの進路を選んでも間違いなく生きると思うので、今の学びや経験を大切に、自信を持って自分らしい未来を築いていってください。応援しています。
長井 浩真氏
Hiromasa Nagai
- ソニー・ホンダモビリティ株式会社 商品企画課・経営企画課

2006年3月 苫小牧工業高等専門学校 情報工学科 卒業
2008年3月 長岡技術科学大学 経営情報システム工学課程 卒業
2010年3月 筑波大学大学院 システム情報工学研究科 博士前期課程 修了
2010年4月 本田技研工業株式会社
2022年9月より現職
苫小牧工業高等専門学校の記事

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