「GEAR5.0」プロジェクトの特命助教として2021年4月から小山高専に勤務されている植田泰之先生。これまで歩んで来られた道を振り返りながら、研究分野や研究を通して伝えたい思いについてお話を伺いました。
本質を理解する講義で開眼、化学の道へ
―先生は幼少期、どんな子どもでしたか。
幼い頃は勉強よりもスポーツが好きで、机に向かうのが苦手な落ち着きのないタイプでした。中学では部活動の野球に熱中。高校への進学の際も「野球部に入りたい」とばかり考えていて、高専の存在を知らないまま普通高校に進みました。この頃に抱いていた将来の夢は、体育教員やスポーツインストラクター。この頃から教職への思いはあったのだと思います。
数学や理科は当時から得意科目でした。どちらかと言えば数学の方が好きだったのですが、将来、手に職を付けることを考えて、体系的に理解できると聞いた化学を選択しました。
―東海大学の化学科では、どのような勉強をされたのでしょう。
大学3年生までは毎日お気楽に過ごしました(笑)。居酒屋や資源回収のアルバイトに精を出していて、友人と遊ぶための資金調達に必死でしたね。学業は、一番前の席で授業を受けていることが多かったんです。これは真剣に授業を聞くためではなく、友人や授業中の教員とおしゃべりするためで、今思えば不良学生でした(笑)。
しかし、そんな私を面白がって構ってくれる先生がいました。恩師の渡邊幹夫先生です。渡邊先生の「有機化学」の講義は、反応の本質を理解することに主眼が置かれ、化合物と反応の矢印を美しく描くその解説に妙に納得がいきました。先生の授業を聞くのが次第に楽しくなり、研究室に入り浸るようになります。
私たちの卒業後に不運にもご病気で亡くなられてしまいましたが、あの時の渡邊先生がきっかけで有機化学を好きになり、世界最小のモノづくりに興味が湧いた私は大学院への進学を決意しました。
4年の研究室配属では、外研生として東京工業大学の鈴木・大森研究室の門を叩きました。世界最先端の研究環境だったのですが、実験中に私語が少なく、非常に真剣な表情で研究に打ち込む姿や常に後ろの実験台でため息をついて後輩に慰められている先輩の姿を見て、これまでのお気楽気分が一瞬で吹き飛んだのを今も鮮明に覚えています。月に一度の報告会は毎回ドキドキで、メンタル的にも技術的にも鍛えられました。
やることなすこと全てでトップを取りたいという方針だったので、研究だけでなく、化学科のソフトボール大会でも飲み会の席でも全力投球でした。とにかくメリハリがあり、研究と息抜きのバランスがとても良かったです。
―当時の研究について教えてください。
テーマは、シクロファンという構造モチーフの誘導化に関する研究でした。何かに応用する前提の研究ではなく、いかにおもしろい構造を生成するかというテーマで、学術的なおもしろさを知りました。
研究室内で数々の実験テクニック、ノウハウ等を伝授してくださったのが、鄭善牙さん(当時博士1年)と北島瑶子さん(当時修士2年)でした。まさに「清く正しく美しく」を体現したような師匠方で、時に厳しく時にやさしくご指導いただき、私はその時の教えを今も心に深く刻んでいます。
ここでの経験は、自分がデザインした化合物が思い通りに組み立てられることは極めて少ないということです。「転んでもただでは起きない」という心意気で、うまくいかなかった原因を明らかにしていくと、次の興味深いテーマにつながるということを学びました。
社会実装を目指す「GEAR5.0」プロジェクト
―東京工業大学の大学院に進学されて以降、高専の教員になるまでにはどのような経緯があったのでしょう。
修士課程や博士課程で自分の分子デザインの拙さを実感した私は、有機構造化学に精通した関西学院大学の羽村季之教授のもとへ博士研究員として向かいました。1年間、共同研究をさせていただいた羽村先生は何事にも情熱的な人で、私が研究者としても教育者としても目標にしている人です。
小山高専の「GEAR5.0」プロジェクトのサポートエンジニアの募集を勧めてくださったのも羽村先生でした。羽村先生がいなければ今、高専で研究をしている私はいません。
―小山高専の「GEAR5.0」プロジェクトについて教えてください。
「GEAR5.0」は高専の高度な研究を通して、優れた技術を持つ人材を育てる大型事業です。
IoTで人とモノがつながり、知識や情報が共有され、課題や困難を克服できる社会を目指す内閣府の構想「Society5.0」のもと、文部科学省の予算措置を受けて2020年4月にスタートしました。
小山高専でのプロジェクトは、「塗布型有機無機薄膜太陽電池の開発」です。私が着任した2021年4月からスタートして、電池本体の開発は本学、機械工学科・複合工学専攻 教授の加藤岳仁先生が担当。私はその部品の生成に必要な化合物のデザインから合成まで特任助教としてサポートをしています。
高専に来るまでは、機能性材料をつくるばかりで、太陽電池を想定したものはつくったことがなかったので、新たな試みとなりました。また、これまでは学術的に興味がある分野で研究を進めてきましたが、高専に来てから先輩教員の研究を調べてみると、地域密着型や早期社会実装を視野に入れた直接的に社会へ貢献する研究がメインターゲットになっていました。
「GEAR5.0」では社会実装を目指した研究ができる土壌が整えられており、このチャンスを生かしたいという思いがあります。現在、私をサポートしていただいている加藤先生と西井先生は社会実装に向けてまさに研究を推進している先生方です。その研究理念に感銘を受けたことから、私自身も「人の役に立ちたい」という思いがより一層強くなりました。
学生を「おもしろい」の発見へと導く
―先生が研究を通して伝えたい思いとは?
私が初めて筆頭著者として論文を投稿したとき、後輩がわざわざ電話してきてくれて「なんですかあの分子構造!?おもしろいですね(笑)」と言って笑ってくれました。今後も私の研究を見た人に、「ナニコレ!?」と驚き、笑ってもらいたいですね。
論文に登場する化合物たちがこの先どのように使われるかは分かりませんが、論文を見ておもしろいと言ってくれる人の存在が嬉しくて、また同じ快感を味わいたいという思いが次の研究の原動力となっています。
また、「GEAR5.0」での研究を通して、私が楽しそうに実験をしている雰囲気が学生たちに波及していけばいいなと考えています。「おもしろい」とは目の前で起きている現象はもちろん、思い通りにいかないことも含みます。
ただ失敗して、悔しい思いをしただけになってしまうとおもしろくはありません。諦めずにうまくいかなかった原因を明らかにすることが次のステップへつながり、「おもしろい」の発見へと導く手掛かりになることを伝えていければと思います。
植田 泰之氏
Yasuyuki Ueda
- 小山工業高等専門学校 物質工学科 特命助教 GEAR5.0サポートエンジニア
2011年3月 八王子高等学校 卒業
2015年3月 東海大学 理学部 化学科 卒業
2017年3月 東京工業大学大学院 理工学研究科 化学科 修了
2020年3月 東京工業大学大学院 理学院化学コース 修了
2020年4月~2021年3月 関西学院大学大学院 理工学研究科 博士研究員
2021年4月 小山工業高等専門学校 物質工学科 特命助教 GEAR5.0サポートエンジニア
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