大分工業高等専門学校をご卒業後、熊本大学への進学・民間企業への就職を経験され、母校の教員になられた上野崇寿先生。高電圧パルスパワーの分野で殺菌・殺虫装置の実用化を目指し、研究を行われています。この研究を始めたきっかけや科学部での活動についてお話を伺いました。
母校だから、教員になることを選んだ
―高専に進学されたきっかけはなんだったのでしょうか。
父親が電気系のエンジニアをしていたこともあり、幼い頃からよく工作をしていました。小学生の時には、半田ごてを使って回路を設計し、鉱石ラジオをつくったこともあります。
はじめは半田付けも下手ですし、回路もうまくつくれず、思ったように動かすことができなかったんですが、その分動かせた時の感動はすごく大きくて。電気の世界にどんどんのめり込んでいきました。
中学校入学後、父親から高専という学校があることを聞き、迷わず大分高専の電気工学科に進学しました。
―高専生活で、印象に残っていることはなんですか?
卒業研究ですね。恩師である佐藤秀則先生には多くのことを教えていただき、プレゼンのノウハウや根拠に基づいて考えることなど、研究に関する基礎的なスキルはそこで身に付けることができました.本当に感謝しています。普段はすごく温和で優しい先生なのですが、研究に関しては一切抜け目がなく、今でも尊敬しています。
厳しい中にも研究のおもしろさを感じることができましたし、自由な発想で取り組める環境があったことは、すごく恵まれていたと思います。
―そこから、母校の教員となった経緯を教えてください。
高専卒業後は、「研究をもっと続けたい!」という思いから、進学を決意。そこでいくつかの大学を訪問するうちに、秋山秀典教授の研究室にある充実した設備や研究の規模感、自由な雰囲気に惹かれ、熊本大学へ進学することにしました。
修士課程を修了する頃には、そのまま博士課程に進もうと考えていましたが、一方で、新卒採用に向けて私の担当をしていたJR九州のリクルーターの方とすごく波長が合い、「こういった方と一緒に働けたらいいな」という思いから、就職を考えるようになったんです。
ただ、研究をしたいという思いも捨てきれず、入社前に「社会人ドクターに行かせて欲しい」と伝えました。今考えると少し生意気ですが(笑)、ありがたいことに承諾していただき、入社することができました。
仕事としては、電車の上を通る電線の保守・点検が主な内容で、大学の授業を受けながら夜勤もこなしていました。当時は佐賀県の鳥栖市で仕事をしていたのですが、終業が午後5時30分~6時なので、そこから電車に乗って熊本大学に行き、実験や研究をして、翌日は午前5時30分の始発で出勤して…という忙しい生活を送っていましたね。
そんな時、高専時代の恩師である佐藤先生から声をかけていただいたんです。私は、自分を成長させてくれた大分高専がとても好きだったので、「大分高専の教員として研究し、学生を育てるという仕事は、自分に向いている」と思い、教員になることを決めました。母校でなければ、考えていませんでしたね。
パルス高電圧で、空気中に潜む菌を撃退!
―現在、行っている研究について教えてください。
「パルス高電圧によるエアロゾル殺菌に関する研究」を行っています。パルス高電圧とは、ひとことで言うと、「小さな雷」です。雷は大体、連続して鳴る時でも10秒に1回くらいですよね。それを、1秒間に100回から1000回の小さな雷を発生させる装置をつくって応用する、というのが高電圧パルスパワーと呼ばれる分野の研究です。
私の研究では、これを液体中や空間中に含まれる細菌の殺菌に応用しています。現在のところ、塩素消毒が一般的な方法ですが、近年、塩素に薬剤耐性を持っている細菌が現れ始めており、WHOも強く警告しています。
これに対し、パルス高電圧による殺菌は、菌の細胞の膜に電気的なショックを与えて、細胞膜を壊して細胞の中身を流出させるというしくみであり、機械的に死滅させることから、耐性がつかないのです。
―この研究を始めたきっかけは、なんだったのでしょうか。
昔から行われてきた研究の1つで、高電圧をかけることで空間中の塵を引っ張り寄せる、「電気集塵機」という機械があります。このしくみから、電気の力で塵を引き寄せられるなら、空間中を浮遊するエアロゾルを集めることもできるのではないかと発想したんです。
そうしてエアロゾルを凝集することができれば、そこに含まれる細菌に対して、効率的にパルス殺菌ができるようになります。これにより、感染症の飛沫感染を防ぐことにもつながるのではないかと考え、この研究を行っています。
現在は補助金をいただきながら、企業に依頼して試作機をつくってもらっている段階で、それがうまくいけば、実地試験に進む予定です。
養鶏業を救う!ワクモ殺虫装置の開発
―最近では、殺虫の研究も始められたそうですね。
人間に関わる菌だけではなく、特殊な環境にも派生させたいと考え、高電圧インパルスによるワクモ殺虫装置の開発も始めました。
ワクモとは、養鶏に寄生するダニのことです。ワクモが寄生してしまうと、養鶏の血を吸うため、貧血や産卵率の悪化をもたらします。人手不足が問題となっている養鶏業界において、このワクモの発生は離職率の大きな原因となっており、非常に深刻です。特に、数万羽を飼育する大規模な養鶏場においては、1匹が感染するとその被害も莫大なものになります。
対策としては、ピレスロイド系殺虫剤を撒くのが一般的です。しかしながら、この殺虫剤に対してもワクモが耐性をつけ始めており、以前は8~9割あった殺虫率が半分程度に減少してきているのです。ワクモは1週間程度で卵を産むため、増殖スピードがとても早く、殺虫率の低下は深刻な被害をもたらします。
そこで私は、高電圧パルスをかけて殺虫することを思い付きました。基本的に、ワクモは鶏舎のゲージを上って来るんですよね。そのため、ゲージの足に装置を取り付けることで、ワクモの侵入を阻止し、養鶏への寄生を防ぐことができるのではないかと考えています。
この技術はすでに特許申請を終えており、現在はさらに高い殺虫率の実現を目指し、研究を行っています。
自由な発想ができる環境で、研究のおもしろさを知ってほしい
―先生は、科学部での活動にも力を入れているんだとか。
科学部では、部活動として低学年のうちから研究に取り組んでもらっています。卒業研究のようにシビアにやるわけではなく、現象と結果を重視している点が特徴です。つまり、理論の説明に偏りすぎず、それを実証するための実験を大切にしています。
高専を選んでいる時点で、早いうちから実験などをやりたいと思っている学生はかなり多いと思うんです。そのため、授業時間外で学生の興味を追求できる環境は、非常に大切だと考えています。その際、授業とは違って、これをやりなさいという指示はなく、自由な発想で取り組んでもらう。
これは、私自身が自由な環境でこそ研究を楽しめたという経験につながります。そこに至るまでには大変なこともあるし、学ばなければならないこともたくさんあります。ですが、そこを乗り越えれば研究の楽しさを感じることもできますし、人としても大きく成長できるはずです。
今後も、学生の可能性を広げるためのきっかけづくりをしながら、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)レベルの教育を目指し、頑張っていきたいと思います。
上野 崇寿氏
Takahisa Ueno
- 大分工業高等専門学校 電気電子工学科 准教授
2003年 大分工業高等専門学校 電気工学科 卒業
2005年 熊本大学 電気システム工学科 卒業
2007年 熊本大学大学院 自然科学研究科 電気システム専攻 修了、九州旅客鉄道株式会社 入社
2008年 大分工業高等専門学校 電気電子工学科 助教
2009年 熊本大学大学院 自然科学研究科 複合新領域科学専攻 年次短縮修了
2012年 大分工業高等専門学校 電気電子工学科 講師、2018年より現職
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