金沢大学をご卒業後、福井高専に着任された吉田 雅穂(よしだ まさほ)先生。もともと建設会社に就職しようと思われていたのに、なぜ福井高専に着任されたのか、また授業中の板書にこだわる理由とは。研究やラグビー部への思いも含めてお話を伺いました。
「液状化」に効果的な「グラベルドレーン工法」とは
-吉田先生は、なぜ金沢大学に進学されたのですか。
家族や親戚に建設分野の仕事をしている人が多かったので、土木と建築には馴染み深かったんです。ただ、小さい頃からその道に進もうと決めていたわけではなくて、大学の学部を決めるときにその道を志しました。土木と建築の両方が学べる「建設工学科」で、地元に近い金沢大学に進学しました。
大学4年の時に「防災」の研究室を志望しました。私の母が1948年に発生した福井地震の体験者であったことが影響しています。卒業研究のテーマは「液状化の対策」を選びました。地中には上水や下水、ガスを流すパイプが埋められているのですが、軟弱な砂地盤に埋設されているパイプは地震の時に変形して壊れる場合があります。この原因がいわゆる「液状化現象」というもので、その対策工法について研究していました。
液状化が発生すると地下水の圧力が高くなって、地表に水と砂が吹き出る「噴砂」という現象が生じますが、パイプ周りの砂を粒の大きな礫に変えてやると、礫には隙間がたくさんあるので水圧がすぐに低下して液状化が早く収まるんです。これは「グラベルドレーン工法」と呼ばれていますが、当時は実際の地震で効果があるかはまだ実証されていませんでした。
企業との共同研究として卒業研究でグラベルドレーン工法の研究に取り組み始めて、福井高専着任後もこの研究を続けていたところ、1993年に北海道で発生した釧路沖地震で「グラベルドレーン工法による液状化対策が施されていた港湾施設が無被害であった」と実証されたんです!そこから徐々に普及するようになりました。
「ラグビー」への思いが、福井高専への決め手
-そうだったのですね!学部を卒業されて福井高専に着任されたんですね。
今では、博士号が高専の教員には必要ですが、私の時はまだそのような決まりはなくて。「学部卒」で福井高専の教員になったのは多分私が最後です。その後、論文博士で博士号を取得しました。
子供の頃から海外への憧れが強く、「大きい建設会社に就職して、海外プロジェクトに参加したい!」と思っていました(笑)。就活をしていたのですが、指導教員に「教員として福井高専はどうだ?」と言われて。高専の存在自体は知っていましたが、周りに関係者もいなかったので、迷いに迷いましたが、福井高専に決めました。
-福井高専への決め手はなんだったんですか。
強いて言えばラグビー部の存在でしょうか。私は大学時代にラグビー部に所属していて。当時北陸の大学には9つのラグビーチームがあって、金沢大学はその中では常にトップだったんです。
私は足が遅かったのですが、高校まで柔道をしていたので体が柔らかく、低いスクラムを組めたので「フロントロー」というポジションを任されていました。数年前、ラグビーのワールドカップで「笑わない男」と人気になった稲垣啓太選手と同じポジションで、一番前で「スクラム」を組む役割です。
「北陸でトップ」といえど、全国への道は厳しくて。私の代では全国大会出場はかないませんでした。しかし、大学3年生の時の石川県選手権で社会人チーム「NTT北陸」に勝って優勝することができたんです!強豪チームでしたから、その勝利はちょっとした自慢でした。
地元に戻るつもりは全くなかったのですが、「ラグビー部の指導ができる」ということは、私の背中を押してくれました。また、小学生の時のなりたい職業が「考古学者」だったことも影響したかもしれません。
「きちんとノートを書きなさい」の理由とは
-授業ではどのような工夫をされていますか?
特に低学年の力学の授業では「板書スタイル」にこだわっています。学生には「ノートをしっかり取りなさい」と指導しています。「設計」とは、自分が計算した結果を自分で使うのではなく、その計算書を「橋や家をつくる人」に渡す仕事です。
なので、自分が書いている数字・数式・単位が次の人に正しく伝わらないと意味がないんです。「ただノートを取る」のではなく、次に使う人のために単位や小数点・桁数など「ルールを守ってきちんと書きなさい」と伝えています。
実は教科書って不親切なので(笑)、途中の計算式などは省略されて書かれているんです。でも、私の授業では省略された計算式まできちんと板書します。だからテストで板書と違う記号や計算方法を使っていると「ノートを取っていないな」とすぐに分かるんです(笑)。
テストで計算間違いをしてしまったら、その解答は0点になってしまいますよね。もちろんマルバツは付けるのですが、私のテストでは答えが間違っていても計算の手順や方法が合っていれば、部分点をあげるようにしています。
アメリカに留学した時、私が教えている科目と同じ授業を聴講しましたが、板書に書かれた計算式は日本と全く同じでした。「力学の基本計算は万国共通」です。その経験もあるので「外国の人にでも渡せるよう、手順どおりに丁寧に計算して、わかりやすく結果を表現する」ということに重きを置いています。
土木建築における木材の利用先を増やしたい
-現在は、どのような研究をされているのですか。
高専に着任した際、全国区の研究と地元に根差した研究をしようと決めました。全国区の研究は「液状化の対策」で、先ほど紹介したグラベルドレーン工法については2004年まで継続しましたが、その年に発生した福井豪雨の後に転機が訪れました。
福井豪雨では、堤防が決壊して福井市の中心部で甚大な浸水被害が発生しました。その後の河川復旧工事で、昔の橋の基礎に使われていた木杭がたくさん出てきました。掘り出してみると全く腐っていなかったんです。
木材は「水と空気と温度と栄養」の条件が揃うことで腐朽菌が活性化して腐るのですが、水の中では空気がないので腐らないんですよね。そこで、液状化しやすい土の条件である、地下水が豊富で隙間が多い地盤中に丸太を杭のように打ち込むことで、地盤を締め固めて液状化しにくくする技術開発を2006年より産官学共同研究として始めて、2013年に実用化されました。
また、木材は加工しやすいという特徴があるので、丸太杭に縦横の孔を開けて、「グラベルドレーン工法」のように高くなった水圧を、この孔で低下させる効果を持ち合わせた「排水機能付き丸太杭」という技術も考案しました。
現在の日本には、戦後に植林されたスギやヒノキが伐採期を迎えており、様々な用途で利用されることが求められています。これらの木はCO2を吸収することで地球温暖化緩和に貢献していますが、木は年を取るとCO2を吸収する能力が弱くなるんです。
この話は菅前首相が2021年に宣言した「2050年カーボンニュートラル」の政策に関連しています。伐った木は丸太杭や木造建築物などに積極的に使い、腐らせず、燃やさずに地中や地上で残し続ける。そしてまた植林することで、成長する若い木がどんどんCO2を吸ってくれる。そのサイクルに貢献できないかと研究を続けています。
-地域の研究としては、何をなさっているのですか。
地元に根差した研究としては、震度7や建築基準法ができるきっかけとなった「福井地震のデジタルアーカイブ化」です。これは、1998年に福井地震50周年のシンポジウムに参加し、故 加藤恒勝さんの講演を聞いたことがきっかけで研究をスタートしました。
加藤さんは小学校の先生だったのですが、福井地震で倒壊した映画館の下敷きになり、自ら腕を切断して一命を取り留められました。その壮絶な体験が書かれた手記をシンポジウムで見せていただいたんです。
その手記に心打たれて、「この体験を多くの人に知ってもらいたい」と研究室の学生と一緒に、資料のデジタル化とウェブページでの公開を行いました。Windows 95の登場でようやくインターネットが普及し始めた頃に「建設分野でウェブページの作成」という、なんとも不思議な研究テーマでしたが、数多くの被害写真や空中写真、貴重なカラー写真も盛り込み、現在も継続的に更新しています。
研究室の学生さんは、社会に役立つ研究をしよう!という期待に応えて、毎年、素晴らしい成果を残してくれています。
高専は、自分の意志で「自分の得意」を伸ばせる学校
-高専を目指す学生に、メッセージをお願いします。
「工学」という縛りはありますが、卒業後に工学以外でも活躍している学生はたくさんいます。高校は「大学受験のための勉強」がメインですし、大学進学後に専門を学ぶことができるのは3年程度と短いのに対し、高専では「早くからキャリアを積む」ことが可能です。
学校も多様化している時代で、高専は自由度が高く、自分の意志で「自分の得意」を伸ばせる学校だと思うので、ぜひ選択肢のひとつとして考えていただきたいですね。
実はここ数年、ラグビー部の入部者がいないので、一緒にラグビーを盛り上げてくれる学生さんに来ていただけると、個人的にはすごく嬉しいですね(笑)。
吉田 雅穂氏
Masaho Yoshida
- 福井工業高等専門学校 環境都市工学科 教授
1988年 金沢大学 工学部 建設工学科 卒業
1988年 福井工業高等専門学校 土木工学科 助手
1998年 福井工業高等専門学校 環境都市工学科 講師
2000年 金沢大学 博士(工学)
2001年 福井工業高等専門学校 環境都市工学科 准教授、2011年より現職
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