松江高専のバレーボール部顧問として、春高バレー(第73回全日本バレーボール高等学校選手権大会)出場へ導いた村上享先生。これまでの経歴や研究内容、バレーボール部での取り組みなどをお伺いしました。
統計学をバレーボールの分析にも活用
―教員を目指したきっかけを教えてください。
子どもが好きだったので教員を目指しました。僕の父が8人兄弟でいとこの人数が多く、年下の子たちとよく遊んでいました。「人に物事を教える楽しさ」を感じていたことが影響していると思います。
大学時代に数学の教員免許を取得したのですが、実は体育の教員免許にもチャレンジしたんです。試験最後のなわとびの授業でアクシデントがあり、結局取れませんでしたが(笑)。体育の授業で子どもたちの目って、キラキラ輝いてるじゃないですか。数学の授業はなんとも言えなくて(笑)。正直、体育の先生は今でもうらやましいです。
大学卒業後は広島県の高校で教えていましたが、地元の島根県にある松江高専で数学教員を募集することを知り、応募しました。自分が研究したことを、論文や本などに記録として残せることが決め手の一つでした。高専教員には転勤がないので、大学まで選手としてプレイしてきたバレーボールの指導を、腰を据えて行えることにも魅力を感じましたね。
―現在はどのような研究を?
統計学を専門に、観光に関する研究を行っています。観光地の「人の流れ」「消費の様子」「移動手段」などに関する分析を通して、見えそうで見えない部分を、客観的に数字に表すことができます。
例えば、鳥取県の『水木しげるロード』には集客力がありますが、実は観光客の消費額が少ないんです。要因の一つとして、関西の人たちは米子道経由で『水木しげるロード』に行った後、島根県の松江市に流れ、そこで多額を消費しやすいことが判明しました。このようなデータを市長さんや観光業界の方に共有し、市の政策が変更になったり、新しい道路が作られたりすると、大きなやりがいを感じますね。
他には、電動カートに関する研究も行っています。とある団地は高台にあり、高齢者の方が多く住んでいるんですが、道路が狭いのでバスが入れません。そこで電動カートを使い、人を運ぶ実験を進めていました。今は残念ながらCOVID-19の影響で制限を受けています。
―統計学は、バレーボールの試合分析にも生かせそうですね。
そうなんですよ。大学の先生とサーブに関して共同研究もしましたし、本学の専攻科2年生とレシーブの動作についてセンサーを使った研究も行っています。その学生に試合データの分析を手伝ってもらい、相手の攻撃パターンなどが明確にわかるようになりました。
例えば、「サーブは何番を狙う」「何番がスパイクを打ってくるときは、レシーブラインは右側に寄せる」などです。学生に指示を出すのは4つほどですが、2人が対応したら8ラリー分チャンスがあり、失点を得点に変えられると最大で16点も違うんですよ。
「データ通りにプレイすると勝てる」と学生が理解すると、必然的に考えてプレイするようになり、選手としてのレベルが一つ上がります。
バレーボールの技術だけではなく、人間力も指導
―バレーボール部の指導では、学生に何を伝えていますか?
学生には、中間の0.5はなく「0か1」だと伝えています。もともとスポーツは楽しむものですが、勝ちたいなら話は別だと。全力で楽しむか、全力で勝ちにいくか、どちらか一つだと話しました。
すると学生は「全力で勝ちにいきたい」と言うので、3つの約束事を決めました。「1.挨拶をする」「2.身ぎれいにする」「3.時間を守る」。これだけできていれば、チームとして締まりますし、選手は考えて行動できるのでしっかり練習してくれますね。
バレーボールには人間性が出ると思っています。「勝ち負け」という「目標」よりも、その努力の過程にある「目的」が一番大切です。「何ができたか」ではなく、「何をしようとしたか」で自分を評価してほしいと思います。その先に「勝ち」という結果があることも一貫して伝えています。
―「高専部活」ならではの、強みがあれば教えてください。
経験豊富な4・5年生の存在が一番の強みですね。1・2・3年生だけで結果を出そうと思ったら、選手のポテンシャルがとても重要なんですが、そのあとの2年で素晴らしい成長を遂げます。加えて、高専では大学1・2年生に相当する先輩たちと練習できますから。1・2・3年生はハイレベルな環境で成長できていると思います。
中学生のチームを招待し、本学のバレーボール部員がマンツーマンで指導する活動も15年ほど行っています。月に2回くらい来てくださるチームもありますね。教えることも選手としての成長につながりますからね。本学にはスポーツ特待制度などがないので、実はこの場で「松江高専で一緒にバレーしないか」とアプローチしていたりもします(笑)。
―高専生は学業も忙しいので、練習の時間がなかなか取れないのでは?
授業日に全学年揃って練習できるのは、1日2時間程度です。練習時間が長くないので、基礎の部分を徹底的に練習していますね。逆に長期休暇は普通高校より長く、春休みと夏休みは約2か月ずつありますので、ここで一気に仕上げます。
今は、社会情勢的に遠征に行くのは難しいんですけど、例年であれば、夏休みに5回は遠征に行っていました。とにかく強いチームのところに連れていくのですが、学校で教えると5日かかることが、遠征だと1時間でできるんですよね。周りがちゃんとしているし、独特の空気感も追い風になり、一気に成長できるんです。
―そのような取り組みの結果、「春高バレー」へ出場されたんですね。
前年度の中国新人大会で島根県勢22年ぶりの優勝を果たし、中国地方のチャンピオンとして全国トップクラスの高校との練習試合も対等にやりあっていたので、良い結果を期待していましたが、何より、負けられないという重圧の方が重かったです。県予選では勝ててほっとしました。
しかし練習場所を確保できなかったことや、選手のけが、大雪などのアクシデントも重なり、初戦で敗退してしまいました。完全に練習不足だったので、万全の状態で試合をさせてあげたかったですね。全て私の責任だと思っています。
―今後の展望を教えてください。
観光の研究に関しては、COVID-19が落ち着き次第、再開しようと思っています。約15年データを取り続けているのですが、東京オリンピックの開催によりいろんな変化が起こっていて、今後すべきことを明確にする必要があります。
バレーボール部の活動では、全国高等専門学校体育大会4連覇を目指しています。また島根県バレーボール協会の理事長を任せてもらっているので、2030年の島根国体に向けた準備を進めていきます。僕自身、バレーボールによって人間的な部分を育ててもらったので、少しずつ恩返しをしていければと思っています。
村上 享氏
Akira Murakami
- 松江工業高等専門学校 数理科学科 教授
1991年 広島大学 学校教育学部 小学校教員養成課程 卒業
1994年 広島大学大学院 学校教育研究科 数学教育専攻 修士課程 修了
1994年 広島山陽学園 山陽高等学校 常勤講師
1995年 広島山陽学園 山陽高等学校 教諭
1999年 松江工業高等専門学校 一般科 講師
2004年 松江工業高等専門学校 数理科学科 助教授
2007年 松江工業高等専門学校 数理科学科 准教授
2008年 広島大学大学院 教育学研究科 文化教育開発専攻 博士課程後期 修了
2017年 松江工業高等専門学校 数理科学科 教授
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