
石川高専を卒業後、大学・大学院を経て、現在は信州大学で教育と研究に取り組む田代晋久先生。高専時代に触れた「明日できることを、今日やらない」という当時の校長先生の言葉は、今も研究の原動力となっています。環境磁界発電からオイルパームの成熟度判別まで、多様なテーマに取り組む原点は「好きなこと」に真剣に向き合えた高専時代にありました。そんな田代先生に、高専での経験と学生たちへの思いを伺いました。
資格マニアだった高専時代
―石川高専に進学されたきっかけについて教えてください。
父が詫間電波高専(現・香川高専 詫間キャンパス)の出身で、私自身も電子工作やプログラミングに興味があったことが進学のきっかけでした。
小さい頃から父の影響で、はんだごてでラジオをつくったり、家の中の修理を手伝ったりしていました。中学校の先生からも「高専という学校がある」と聞き、そんな自分の興味を生かせる場所として自然に選択肢に入ってきたんです。
当時、石川高専には新設されたばかりの電子情報工学科があり、その挑戦的な雰囲気にも惹かれました。中学の同級生10人ほどが受験したのですが、結果として合格したのは私一人だったため、すこし寂しかったです。
―実際に高専に入ってみてどうでしたか。
想像以上に自由な時間があって、自分の好きなことにどっぷり浸かることができました。ラジオ・音響技能検定や危険物取扱者、情報処理技術者など、資格をたくさん取得しました。特にアルバイト先のガソリンスタンドで「危険物の資格があると時給が上がる」と聞き、軽い気持ちで受けたらめちゃくちゃ難しかったのを覚えています(笑)
でも、そうやって何か目的を持って勉強することで、知識がどんどん身につく感覚がありました。当時は資格マニアみたいになっていましたが、振り返ってみても無駄だったとはまったく思っていません。授業と資格勉強がリンクすることも多く、学びが実践に生かされる実感がありました。
―授業や試験はやはり厳しかったですか。
そうですね。特に英語では一度30点くらいを取ってしまい、「これは落ちたな」と思ったこともあります。でも次の試験で90点以上を取って挽回できたので、成績は良い方を採用してくれるという制度に救われました。
周りの友人たちもそれぞれに苦労していて、なかには同級生のお兄さんが同じクラスにいるなんていうケースもありました。試験や授業が大変でも、専門分野の授業は楽しかったですね。好きなことを学べているという実感がありました。
―印象に残っているエピソードはありますか。
一番インパクトがあったのは、学園祭に当時まだ無名だったMr.Childrenを呼んだことです。知らないバンドが来ると思っていたら、そのあと一気に売れ始めて驚きました。ミスチルも忙しいのに学園祭のためにスケジュールを空けてくれたそうですし、呼んだ学生には先見の明があったのでしょうね。あのときサインをもらっておけば良かったなと今でも思います(笑) ともかく、そうした才能ある変わった人が多い、よい学校でした。
それから、当時の校長先生の言葉「明日できることを、今日やらない」も強く記憶に残っています。普通なら「今日やれることは今日やれ」って言われそうですけど、これは逆の発想ですよね。技術者として世界で一番になるためには、単に効率を求めてルール通りやっているだけではどうしようもない。どこで何が役に立つのかは見通せないのだから、まったく関係ないことでもやってみるべきだという意味だったんじゃないかと、今でも自分なりに解釈しています。
―高専卒業後の進路について教えてください。
5年生のときに携帯電話などの通信機器を開発していた松下通信金沢研究所にインターンシップで行ったことで、もっと専門的な勉強がしたいと感じ、大学への編入学を考えました。大学卒の研究者たちの知識の深さに圧倒されて、「自分ももっと学ばなきゃ」と強く思ったのがきっかけです。
そのとき、ちょうど金沢大学が高専編入を受け入れ始めた年で、私はその一期生として編入しました。東大の編入試験も受けましたが、残念ながら不合格。とはいえ、東大に受かっていたら2年次編入だったので、3年次編入で同期と一緒に卒業できた金沢大での選択は良かったと思っています。
嫌われもののノイズを活用する
―大学・大学院での研究についても教えてください。
学部生のときは、磁気スイッチを使ったパルス圧縮回路の研究を行いました。弟が当時高専生で、「パルスパワーっていう面白い技術があるよ」と教えてくれて、それをきっかけに興味を持ちました。
修士では、CT(コンピュータ断層撮影)の原理を用いて磁界を可視化する技術の立ち上げを担当しました。電気系の先生が医学部に出向していた関係で、CT装置の構造に触れる機会があり、「これって応用できるんじゃないか?」と気づいたんです。

博士では、ヒトの脳や心臓から出る非常に弱い磁界、いわゆる「生体磁界」を測定するための磁気シールド技術を研究しました。外部のノイズを極限まで遮蔽したシールド空間をつくり、α波という脳がリラックス状態のときに出る信号を捉える装置の開発にも取り組みました。ただ、実際に一部の被験者では成果が出ましたが、私自身が被験者となって計測したときは、なぜか全く信号が出ず……(笑) 仕組みを知りすぎていて緊張してしまったのかもしれませんね。
―現在の研究内容について教えてください。
今は「電磁界を使った応用技術による連携研究」に取り組んでいて、私はそれを「異能vation研究」と呼んでいます。たとえば送電線の周囲にある磁界をエネルギーとして回収しようという「環境磁界発電」という技術では、本も出しました。ノイズとして嫌われがちな磁界を、逆にポジティブに活用するという発想です。

他にも、宇宙の低磁場環境を模擬するためのコイル設計、心臓の磁界を空芯コイルで測定するセンサーの開発、金属判別精度を機械学習で評価する研究、磁歪材料の応用、マレーシアのオイルパーム成熟度判別、カプセル内視鏡の磁気誘導技術など、多様なプロジェクトを進めています。医学、農業、機械など分野を超えた連携が中心です。

―多岐にわたる研究テーマはどのようにして生まれているのでしょうか。
高専時代の校長先生の言葉にも繋がりますが、寄り道をしたことで生まれた成果が多いと思います。博士課程で磁気シールド技術を研究していたときも、どうしても除去しきれない50Hzや60Hzのノイズが残ってしまうことに悩んでいました。そこから、「だったら逆にそれをエネルギーに変えてしまえばいいのでは?」という発想が生まれ、環境磁界発電というまったく新しいテーマにつながりました。
マレーシアのオイルパーム研究も、卒業生の「母国の産業に貢献したい」という熱意から始まりました。マレーシアにとってオイルパームは非常に重要な産業で、その成熟度をうまく見分ける技術があれば、大きな力になると考えたんですね。私自身は農業の専門家ではなかったですが、コイルを使った非接触のセンシング技術が使えるんじゃないかと思って、一緒に試行錯誤を始めました。
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―これからの目標を教えてください。
大学という場では、毎年新しい学生たちが研究室にやってきます。そんな彼らと向き合っていると、「自分より若い人には才能がある」ということを改めて実感させられます。一方で、自分より年上の方には経験がある。その間に立って、両者をつなぐような立場でありたいと思っています。

だからこそ、企業との共同研究の打ち合わせにも学生は同席してもらい、最初は議事録担当からでもいいから関わってもらうようにしています。最初は内容が分からなくても構わない。まずは「知らないことに興味を持つ」ことが大切だと思います。そして、私自身も学生に負けないような「ワクワクする体験」を増やして、面白い人たちとのネットワークを広げていく。そういう姿勢で、これからも研究や教育に取り組んでいきたいと思っています。

―高専生にメッセージをお願いします。
ぜひ、自分の「好きなこと」を見つけて、それを武器にしてください。私の長男も高専を卒業したのですが、工学ではなく数学に興味を持って、理学部の数学科に編入しました。正直、親としては「将来就職できるのかな?」と不安になることもありましたが、それ以上に、自分の進みたい道を自分で見つけて歩んでいる姿を嬉しく思っています。
高専では、いわゆる「試験のための勉強」が少なく、先生方が本当に得意としていること、つまり実践的な技術や知恵を教えてくれる機会が多いです。少しマニアックに感じるかもしれませんが、そういう知識こそが、社会に出たときに思わぬ形で力になります。そして何より、高専出身の人たちとのつながりは本当に面白くて頼もしい。皆さんも、そんな仲間との出会いを大事にしながら、ぜひ自分の道を楽しんでください。
田代 晋久氏
Kunihisa Tashiro
- 信州大学学術研究院工学系 教授(工学部担当)

1996年3月 石川工業高等専門学校 電子情報工学科 卒業
1998年3月 金沢大学 工学部 電気情報工学科 卒業
2000年3月 金沢大学大学院 自然科学研究科 電子情報システム専攻 博士前期課程 修了
2000年4月 九州大学大学院 総合理工学研究院 融合総合創造理工学部門 助手
2006年7月 博士(工学)(九州大学)
2006年11月 信州大学 工学部 電気電子工学科 助教
2012年4月 同 准教授
2016年4月 信州大学学術研究院工学系 准教授(工学部担当)
2025年4月より現職
石川工業高等専門学校の記事
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