
2024年12月8日(日)~14日(土)の1週間、宇部高専にて「日越国際人材育成―ベトナム高専生の日本における最先端技術体験と日本高専生との学術・異文化交流」をテーマとしたプログラムが実施されました。
本プログラムではベトナム高専生による周辺企業の見学や交流会などが行われましたが、この記事では12月11日(水)に実施されたプログラムの模様をレポートしつつ、「高専教育の海外展開」と「国際交流」について、宇部高専の先生方に取材しています。
宇部市における、ベトナム高専生の重要性
そもそもベトナム高専生とは、どういう学生なのでしょうか。
国立高専では国際交流の一環として、国内学生と留学生の交流などを実施している一方、日本式教育としての高専(KOSEN)を海外展開しています。
これは、2015年11月に開催された第18回日・ASEAN首脳会議で、基盤産業の確立および高度化のため、アジア地域において今後3年間で4万人の産業人材を育成する「産業人材育成協力イニシアティブ」が表明されたことを受け、高専機構本部が2016年に「高専教育システムの海外展開事業」を立ち上げたことが大きなきっかけとなっています。
この海外展開事業はモンゴル、タイ、そしてベトナムに対して実施され、モンゴルの幹事校を都城高専(2016年から)、タイの幹事校を長野高専(2017年から)、ベトナムの幹事校を宇部高専(2018年から)が担う形でスタートしました。
そして、ベトナム版高専モデルプログラム(VKMP)に基づくコースを、フエ工業短期大学(Hue-IC)に電気電子KOSENモデルコース(2019年)、商工短期大学(COIT)産業電子学科にKOSENモデルコース、カオタン技術短期大学(CTTC)にメカトロ学科KOSENモデルコース(ともに2020年)として開講。日系企業への就職に興味がある多くの学生が入学しました。

今回宇部高専を訪れたベトナム高専生はCOITとCTTCのKOSENモデルコースの学生6名です。また、COITのPHAM THI THUY先生、CTTCのNGUYEN NGOC THONG先生も同行されていました。
今回のプログラムについて、海外展開事業にも携わってこられた宇部高専の中野陽一先生(海外事業推進室長)と岡本昌幸先生(専攻科長)にお話を伺いました。
岡本先生:VKMPは基本的にベトナムの先生方とつくっていまして、その際のアドバイスなどをしてきました。日本とは教育課程に関する法律が異なりますし(※)、ベトナムにおける「高卒資格」はかなり重要度が高いですから、ベトナムの中で可能な限り高専教育として高められたカリキュラムやコースを作成・設計することに苦労しましたね。
※ベトナムでは5年間一貫コースが認められていないため、COITでは中等技術職業学校3年+工業短期大学2年を合わせた5年コース、CTTCとHue-ICは上級中等高校(日本における普通高校)卒業後の工業短期大学3年コースを採用している。ベトナムでは中等技術職業学校を卒業している場合、通常は3年制の工業短期大学課程を2年制に短縮できる。

中野先生:これまで海外展開事業の幹事校としてCOITやCTTCなどと連携してきましたが、今ではVKMPによる教育を受けた卒業生も出てきましたので、現在は交流推進校として、ベトナム高専生と宇部高専生の交流を一気に進めています。今回ベトナム高専生が宇部高専に訪れたのも初めてのことなんです。
これまで、日本の高専生がCOITやCTTCなどに訪れる機会はいくつかありました。例えば、CTTCに対する海外展開事業の支援校である有明高専の学生がCTTCからの招待を受け、CTTCが運営するミニカーレーシング大会に現地参加。今回の宇部高専でのプログラムにも有明高専で国際交流を担当している伊野拓一郎先生が参加し、特別講義のほか、このミニカーレーシング大会についての活動紹介も行われました。

また、今回のプログラムでは、同日に開催されていた「宇部工業高等専門学校 合同企業研究会」の見学も実施されました。今回訪問したベトナム高専生6名のうち5名が日本での就職を希望しており、企業から直接話を聞ける機会は大変貴重です。

しかし、これは企業にとっても重要な機会であると、副校長として国際・地域・広報を担当されている畑村学先生はおっしゃっています。
畑村先生:実は宇部市にいる外国人を国籍別に見ると、「韓国」「中国」に次いで「ベトナム」が3番目に多く、現在も増加傾向です(※)。その多くが技能実習生でして、ある程度日本語のトレーニングを受けていますが、企業では基本的に単純労働をしています。
そこにある程度日本語ができて、技術レベルが技能実習生よりも高いベトナム高専生が就職すれば、日本人エンジニアとベトナム人技能実習生の橋渡しを担うことができるので、企業からしても欲しい人材なんです。今回のプログラムではどこかで「もっと日本語を勉強しようね」と言わないといけないなと思っています(笑)
※令和6年(2024年)3月「宇部市 多文化共生推進ビジョン」による。

国際交流が活発な宇部高専。海外に対する壁をなくす
そもそも、宇部高専は国際交流が活発な高専です。2024年は宇部高専生の約100人が海外研修に参加したほか、本プログラムを含めた48人の短期留学生を受け入れており、地域企業・学校を巻き込んだ交流が行われています。
また、学内イベントとして、日本にいながら世界に触れることができる機会も設けられています。例えば、短期・長期留学生と宇部高専生とで学術交流やPBLなどを行う「U-Camp」が本プログラムと同一期間で実施されていました。U-Campは学生を主体とした、学生による学生のためのイベントであることも特徴です。

この宇部高専の国際化の大きなきっかけになったのは、2017年に「KOSEN4.0イニシアティブ」で2年間採択された「UBE方式:『グルーバル高専生』育成を目的とした次世代型国際交流の確立」です。その後、2019年に国立高専全体で「グローバルエンジニア育成事業」がスタートしましたが、宇部高専はその先陣を切って国際化を進めた背景があります。
畑村先生:ベトナムに関しては中野先生や岡本先生による海外展開事業が先にあって、その後に学生による国際交流がスタートしました。たまたまではありますが、宇部は強みを2つ持っていることになります。これらをいかにうまく重ね合わせるかが、今のミッションです。
中野先生:高専生が就職すると現場のリーダーになる場合が多いですので、高専生の頃からベトナム高専生と交流していると、将来、就職先でのベトナム人技能実習生もサポートしながら一緒に働くことができます。本プログラムもホスピタリティの高い人材育成に資する活動だと思っていますね。
畑村先生:台湾やマレーシア、シンガポールの学生は英語が上手な人が多く、台湾の場合は日本語も上手な場合がありますが、ベトナムの学生はそうではありません。ですので、コミュニケーションに少しハードルはありますが、だからこそ宇部高専生にとっても、いろいろ考える余地があると思っています。
宇部高専ではこれまで宇部高専生と台湾やマレーシアの学生とがオンラインで交流する「ニーハロジャパン」を実施していましたが、それをベトナムの学生にも週1回ペースで展開。「宇部高専生がベトナム学生の日本語学習をサポートする」ため、ベトナムのKOSENモデルコースを訪れた経験のある学生4人が、ベトナム人技能実習生に日本語を教えているNPO法人の活動に参加し、現在はニーハロの主力メンバーとして活躍しています。

また、過去に岡本先生の発案でベトナムの先生によるPBLを宇部高専生とベトナム学生に実施した際、言語での完璧なコミュニケーションが取れない中、Google翻訳を使いながらお互いに会話をしてグループワークが進められたことに高専生の順応力のすごさを感じたと中野先生は話します。
中野先生:2016年頃、JICA(国際協力機構)版ベトナムKOSENモデルの展開のため、現地に行ったことがあります。そのときに見た黒板は当然ベトナム語だったので読めないのですが、書いてある数式を見れば、ベトナム語が分からなくても、どのような教育が行われているのかすぐに理解できたんです。
これと同じような現象はおそらくほかにもあって、数学や専門の数式といった「世界共通語」とちょっとした翻訳ツールを活用することで、少なくともエンジニアはコミュニケーションができると思います。これからの若い世代は非英語圏の人たちと一緒に仕事をする機会が増えるでしょうから、語学力も当然ながら、ますます「世界共通語」の重要性は増すはずです。
国際交流では「言語能力・コミュニケーション能力の会得」がどうしても注目されますが、それだけでなく、自身の専門分野を深めることによって、それを「言語」としたコミュニケーションを取ることができます。専門性と国際性を兼ね備えることが、グローバルエンジニアとして活躍する条件と言えるでしょう。
しかし、国際交流による教育効果を測ることはかなり難しいことだと言えます。 宇部高専での取り組みが“本当に”グローバルエンジニアになるために効果的だったのか——それを検証するには、宇部高専卒業後の活動も検証する必要があり、至難の業です。このあたりについて、岡本先生は「あくまで実感ベース」として、以下のようにお話しいただきました。
岡本先生:私の娘も高専生で、1カ月間台湾に留学しました。留学から帰ってくると「やっぱり英語が大事」や、「また台湾に行きたい」と言っていましたね。ただ、それでグローバルに働こうという意識が芽生えたのかは疑問ではあります。
でも、遊ぶにしても出張にしても、国境をまたぐことへの抵抗感はぐんと下がったと思います。その意識の変化は確実にありました。現在、娘は会社員ですが、取引企業のドイツ人3人と自身の会社の日本人3人で、英語で飲み会をしたそうです。若い人の方が将来的にそのような機会に直面することが多くなると思いますが、そこで抵抗感なくやれるのが効果として挙げられるのではないでしょうか。
畑村先生:岡本先生がおっしゃる通り、海外研修・留学に行ったことで就職に直接つながったかどうかは、まだよくわからないところではあります。しかし、ここで考えたいのは、海外研修・留学に行った学生数が約100人と多い宇部高専でも、行っていない学生の方が圧倒的に多いことです。
就職前の4,5年生に面接練習をすることがあるのですが、何度も練習して、もう練習も十分かなという段階になると、「1年生の自分に何かアドバイスをするなら、何と言いますか?」と、ちょっと変わった質問をすることがあります。すると、「留学に行きなさい」と答える学生が一定数いるんですね。
国際交流が活発な宇部高専において、さまざまな事情で留学に行かなかった・行けなかった学生が「悔しい」という思いを抱いていることを知り、私は「良かった」と思っています。そういう思いで卒業したら、その後の海外出張・赴任、社内国際化などの機会に出くわしたときに「頑張ろう!」となるのではないでしょうか。海外研修・留学に行っていないことが、卒業後の動力になればいいなと思います。
宇部以外でも注目を集めるベトナム高専生
ベトナム高専生は、ベトナムでの勉強や取り組み、将来などについてどのようなことを思っているのでしょうか。本プログラムの活動の1つにあった、ベトナム高専生と高専機構本部の青木宏之先生(国際総括参事)の面談で、彼らの思いが垣間見えました。

ベトナム高専生A:KOSENでの勉強は面白いです。従来のコースと教え方が違いますし、各科目を学ぶ順番もすごくアレンジされています。実践的ですし、圧倒的な勉強につながっていると思います。
ベトナム高専生B:クラスメイトと一緒にロボコンに参加したことが印象的です。私はプログラミングを担当していましたが、初めてということもあり、ロボットを壊してしまったこともありました。ですが、先生から動きの仕組みや回路などについて教えてもらいましたので、その後はしっかりできました。チームとして友達と作業することや、KOSENコースの他の学生と交流できたのが楽しかったです。
また、ベトナムでのロボコンについては、以下のようなリクエストもありました。
ベトナム高専生C:今あるロボットの重さ制限や会場の大きさだと、まだまだ自分たちがやりたいこと全部をできないかなと思っていますので、そのような制限を緩和してもらえると嬉しいです。あと、参加しているのは同一コースの学生だけですので、より広く参加してもらえるようになると、もっと楽しくなるんじゃないかと思います。
そして、面談の最後では、「KOSENでの活動を通じて、将来どのような人になりたいですか」という質問が青木先生から投げかけられました。「設計だけでなく、設計を助言するコンサルタント的なことをしたい」「電気制御の新製品を開発して、それを市場に導入する仕事をしたい」など、技術者としての仕事のみならず、それを超えた仕事も視野に入れている学生がいることが印象的でした。
取材した日は1週間あるプログラムの中盤でしたが、ここまでの手ごたえについて、中野先生は以下のようにお話しされています。
中野先生:思っていたよりもベトナム高専生は日本に順応している印象を受けます。理由としては、ベトナム高専生のカリキュラムに日本についての学習が組み込まれているから、そして、日本の高専生がCOITやCTTCなどに訪れているからだと思います。合同企業研究会では、久しぶりの再会でハグをしていた学生もいましたね。
あと、ベトナム人は意外とシャイな人が多いのですが、今回のベトナム高専生は積極的に質問し、自分の意見をはっきり述べている印象です。それは、カリキュラムに入れたPBLのグループワークによって鍛えられたからだけでなく、日本の企業やベトナムにある日系企業に就職したいという強い目標を持っているからだとも思います。

今回のプログラム以降、ベトナム高専生は宇部以外にも、日本のさまざまなところに訪問する計画があります。山口県庁はCOIT、CTTC、Hue-ICの学生を招待して、県内企業を約1週間回るツアーを予定しているほか、鳥羽商船高専もアメリカ、シンガポールの学生に加えCOITの学生を招待する予定。さらに、九州大学は半導体人材育成に特化したプログラムで、日越大学(ベトナム)とCOIT、CTTC、Hue-ICの学生を招待することになっています。(取材時点)
VKMPに基づくKOSENモデルコースが誕生し、その卒業生が生まれてきている現在。ベトナム高専生と日本人学生・日本企業との交流がさらに活発になりつつあります。先日公開した比較教育学者である九州大学の竹熊尚夫先生の取材記事でも、海外展開事業のメリットの1つとして「日本との関係構築」が挙げられていましたが、まさしくそれが進んでいると言えます。
中野先生:山口県だけでなく、そのほかの県もベトナム高専生に興味があると言ってくださっています。日本全国の規模になると宇部高専だけでは絶対に対応できないので、支援校である函館高専、鶴岡高専、岐阜高専、有明高専を拠点にして、どんどん進めることができればいいですね。
ベトナム高専生にとっても、実際に日本を見てもらうことで、より一層学びが深くなるはずです。海外展開事業でベトナムの先生方や政府の方に「高専教育とは何か」を言葉で説明するのには大変苦労しましたが、実際に日本に来て見ていただくと「なるほどこれが高専教育か。すごく良いですね」と言っていただけました。ベトナム高専生でしたら、なおさら変わるんじゃないかと思っています。

学生による国際交流によって、すぐに何かが変わるわけではありません。長期的な視野を持って国際交流を継続することで、海外の高専生・日本の高専生・両国の地域企業/地域住民に影響を及ぼし、格差の是正や人材不足の解消につながると考えられます。高専がグローバルエンジニア育成だけでなく、「地域の国際化におけるハブの役割」を果たすための取り組みは、まだまだ続くといえるでしょう。
○宇部高専の国際交流の概要についてはコチラをご覧ください。
宇部工業高等専門学校の記事



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