宇部高専で30年以上に渡り、学生や地域との交流を図られている日高良和先生。現在は副校長として学校全体の運営にも関わる日高先生に、宇部高専が取り組むさまざまな事業や、女性研究者の活躍促進などについて伺いました。
東京での就職から一転。宇部でスタートした高専教員生活
―宇部高専に着任された経緯を教えてください。
北九州市の出身です。九州工業大学を修士で卒業した後、東京のNECに就職しました。ただ、就職して2年経ったくらいから両親が「お前はいつ九州に戻ってくるんだ?」と言い始めたんです。3人兄弟の長男ということもあってか、地元に戻ってくるものだと思っていたみたいで。
そんなこともあって、結局4年勤めてから九州に戻ることになりました。実際には、関門海峡を渡ることなく、隣の山口県宇部市に降り立ったのですが(笑)。現在は、高専や大学でもキャリア支援を行っていますけど、私の学生時代には、そのような支援や相談窓口もなく、将来の事とかあまり考えていなかったですね。
宇部高専はもともと、山口大学や九工大の出身者が教員になるケースが大半でした。私も九工大出身ですし、恩師に地元での就職先について相談したら、宇部高専の助手のポジションが空いているということで紹介していただいたんです。
―長く高専ロボコンの活動も担当されていたそうですね。
2015年に学生主事に就いてからは外れていますが、2000年からロボコンの指導に取り組んでいましたね。
ロボコンって各高専から2チーム選出しなくてはいけないんですが、そういうルールを知らずに宇部高専からは1チームしか選出しなかったら、主催側から怒られたことがありまして(笑)。そのくらい当初はロボコンに対してあまり熱意のある学校ではなかったんです。
ですが、当時の学生主事がロボット関係に携わっている教員を集めて、どうにか対処してもらいたいということで、私が創造事業委員会というものを立ち上げて、予算も取って、2チームは出せる体制を作り、徐々に成績を残せるようになっていきました。
ロボコンの活動で私が目指したのは、学生の自主的な活動にすることです。学生がアイデアを出して、実際にものを作って、不具合を修正してマシンを完成させていく。企画立案・スケジュール管理や予算管理ができ、下級生などの他者に教えることができる。そんな学生に成長する組織作りを行いました。クラブ活動ではなく、学生有志の集まりです。
そのような学生たちですから、地域の自治体からのイベント出展や工作教室開催への依頼に即応できました。当時は、まだ地域貢献という言葉がなかったですから、出展の手続きで事務とのやりとりには骨が折れました。でも、その経験が今の副校長の仕事には活かされています。
宇部高専が力を注ぐ、ダイバーシティの推進と海外展開事業
―宇部高専が参画されている「やまぐちダイバーシティ推進加速コンソーシアム」とは、どういった取り組みでしょうか。
宇部高専では男女共同参画という言葉は浸透していますが、実際に何をやればよいのかが可視化できていないというのが現状です。山口大学からの声掛けで、2020年度から取り組んでいる事業で、女性研究者の活躍促進という可視化された取り組みになります。
山口大学が代表機関として採択された、文部科学省科学技術人材育成費補助事業「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ」事業で、2020年度から6年間、山口東京理科大学・宇部高専・宇部興産株式会社・株式会社トクヤマが共同実施機関として、女性研究者の研究力向上・女性研究者の増加・女性の上位職登用を目的とした取り組みを行います。
また、この5機関に加えて、山口県・山口県産業技術センター・山口フィナンシャルグループの協力機関を含め「やまぐちダイバーシティ推進加速コンソーシアム」を組み、産学公連携の連携により、山口県における女性研究者の活躍促進に取り組むというものです。
宇部高専では、①ダイバーシティ推進のための意識改革、②女性研究者の研究力向上・研究リーダーの育成、③女性研究者の裾野拡大に取り組みます。特に、女性研究者の裾野拡大の取り組みでは、「女性研究者への道」という冊子を作成し、実際に研究者として働く女性高専教員のインタビューや、入学者向けに在学中の女子学生のインタビューを載せるほか、卒業後はこうした活躍ができるよといった紹介をしています。
宇部高専には学生数の8割が女子学生の経営情報学科と、4割が女子学生の物質工学科があり、女子学生数は他の高専より多いのですが、ここ何年かは女性が少ないといわれている電気工学科や機械工学科でも女子学生1人は必ず入学している状況です。もちろん教員に関しても、女性を積極的に採用するよう取り組んでいますが、もともと工学分野を選択する女性が少ないため、女性教員の採用は難しいですね。それを克服するためにも、工学分野へ進学する女子中学生の理解を得る活動が必要です。
女性の活躍に関しては、重労働がつきものの土木や建築関係でも、技術の進歩に伴いパワースーツなどによる補助で、性差に関係なく作業がこなせる世の中になってきています。また、出産や育児などのライフイベントにおいても、出産休暇など男女で利用できる制度整備とそれを活用できる雰囲気が社会に広がればと思って、学生向けの外部講師を招いてのライフイベント関係の講義を開催しています。
国立高専機構は育児休暇や女性教員の研究支援制度等の整備をしています。宇部高専では、今年度に育児休暇をとる男性教員が2名います。本校として、初めての制度活用の例になりますが、授業計画などの準備が大変という点が課題です。
日本では、労働力人口が働く年齢層が徐々に減少するなかで、現在の経済活動を維持しようとするならば、性別に関係なく活躍できる社会になっていくのは必然です。高専や大学は、性別に囚われない人生設計を学ぶ機会を提供し、ダイバーシティの考え方をもった人材を社会に輩出していく役割を担う時代なんだと思います。
―ベトナムに高専教育システムを導入されたという、海外展開事業についても教えてください。
もともとは、2016年から文部科学省が行っている日本型教育の海外展開「EDU-Portニッポン」という事業が発端だと思います。この事業では、近年、諸外国首脳から、知・徳・体のバランスをとれた力を育むことを目指す初等中等教育や、中学校卒業の早い年齢から、5年一貫で専門的・実践的な技術者教育を行うことを特徴とする高等専門学校制度などの、日本型教育に強い関心が寄せられていることを背景として事業を推進しています。
国立高専機構は、日本型高専教育制度を「KOSEN」と表して、2016年11月にモンゴル国ウランバートル、12月にタイ国バンコクにそれぞれリエゾンオフィスを開設して、海外展開事業を開始しました。モンゴルは教育法改正を行って5年制のモンゴル高専を2014年9月に設立しています。タイは2校のテクニカルカレッジに対して教育支援を行うことでスタートしました。また、これとは別にタイ政府が140億円をかけてタイ高専を2020年に設立し、国立高専機構はこのプロジェクト推進に注力しています。
宇部高専が幹事校として支援しているベトナム国は3つ目の支援国として2017年に加えられました。ベトナムでは、JICAが2013年から2018年4月まで、重化学工業人材育成支援プロジェクトを行っており、2016年までは秋田高専が、その後宇部高専が専門家派遣で協力していました。
国立高専の海外展開事業はJICA事業を引き継ぐ形で開始され、商工短期大学(ハノイ・函館高専が支援)、フエ工業短期大学(フエ・鶴岡高専と岐阜高専が支援)、そしてカオタン技術短期大学(ホーチミン・有明高専が支援)の3つの短期大学に、ベトナム政府との調整を行いながら、高専教育制度導入支援を行っています。
日本の高専から教員を派遣し、「高専教育とはこういうもので、授業はこういったことをやらないといけませんよ」という指導や高専モデルコースの設置にむけてカリキュラム構成の支援を行ったのですが、それ以前に、国民性とベトナムの学校教育制度の日本との違いがありますから、そのあたりの理解と整備が非常に難しいですね。
例えば日本の高専だったら30単位時間の授業で1単位となっていますが、ベトナムの法律では時間数や単位数が異なります。高専モデルコースの開設では、開設許可を支援短期大学の校長らとともに政府と交渉を重ねる必要があり、相当な苦労がありました。
地域の活性化として、高専から新しい産業の種を蒔く
―宇部高専のこれからと、今後新たに取り組んでいきたい事業があれば、教えてください。
今後もベトナムの事業を含めて国際貢献は宇部高専の取り組みの中心になっていくと思います。2015年度から、本校では年間100人の学生を留学に送り出し、50人の海外の学生を受け入れるという目標を掲げて国際交流活動を行っているのですが、こうした交流活動も学生が行う国際貢献のひとつの柱として続けていきたいと思っています。
新しい取り組みとしては、「高専スポーツ」で新たな産業を生み出していけたらと思っています。
もともとは山口情報芸術センター(YCAM)がスポーツ協会と共同で開催している「未来の運動会」という、さまざまなアイデアが詰め込まれた新しいスポーツを作って、楽しむイベントがあり、それにヒントを得たものです。
「高専スポーツ」は高専が得意とするテクノロジーとスポーツを掛け合わせたもので、テクノロジーを利用した新しいスポーツ道具を開発し、その道具を使った新しいスポーツのルールを作る、またその逆に、こんなスポーツをやりたいから、それに合わせた道具を作るというものです。
例えば、振動数をカウントできるセンサーを搭載したボールを開発し、そのボールを使い、100mを早く走りながらいかに多く振動させるかを競うというスポーツを作るというようなものです。
高専の教育への活用としては、高学年がテクノロジーを使った道具を製作し、低学年がその道具を使ったスポーツのルールを考えるような学年。学科横断型の授業形態が形成できます。
ゆくゆくはご当地スポーツとして地域を活性化させるとか、各高専でそれぞれ道具をつくって高専オリンピックをやるなどできたらいいなと考えています。
また高齢者の方がそういうボールを使って運動した履歴を残し、健康増進やリハビリに使うとか、そういったところにも展開して、テクノロジー×スポーツという宇部市や山口県の高専発の新しい産業になっていけばいいなと構想しているところです。
日高 良和氏
Yoshikazu Hitaka
- 宇部工業高等専門学校 電気工学科 教授・副校長
1983年 九州工業大学 工学部 第2部電気工学科 卒業
1985年 九州工業大学大学院 工学研究科 電気工学専攻
1989年 宇部工業高等専門学校 電気工学科 助手、1994年 同 講師、1996年 同 助教授
1995年 山口大学大学院 工学研究科 博士後期課程 システム工学専攻 単位取得退学
2007年 宇部工業高等専門学校 電気工学科 准教授、2015年 同 教授
2003年度から2012年度 宇部高専テックアンドビジネスコラボレイト事務局長
2008年度から現在 電気学会中国支部協議員
2013年度から2016年度 日本高専学会 会長
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