2024年10月1日付で、滋賀県立高等専門学校の初代校長予定者に内定した北村隆行先生。現在は2028年春の同校開設に向けて、滋賀県顧問(県立高専総合ディレクター)および公立大学法人滋賀県立大学の県立高専総合ディレクターとして準備を進めておられます。今回は北村先生に滋賀県立高専の魅力や目指すビジョンについて、様々なお話を伺いました。
※同校について、設置背景などを滋賀県庁の三日月知事にお伺いした記事はコチラ
技術教育のモットーは「知行合一」
学校運営のモットーは「実質的・現代的・コンパクト」
—まず、北村先生のこれまでのご経歴について簡単にお話しいただけますか。
1979年に京都大学院工学研究科の修士課程を修了し、一般財団法人電力中央研究所に入所しました。当時、日本では電力供給が不安定で新しい電源開発が求められていました。停電も頻発しており、そういった中で研究所では初めて研究開発に携わり、発電設備の先端技術を切り開く一端に接することができました。
その後、5年間勤務したのち京都大学に戻りましたが、学位取得後すぐにアメリカへ留学。NASAで「破壊」という物が壊れる仕組みを探る研究を行いました。結果的に、研究対象は発電設備からロケットエンジン材料、帰国後には半導体など微細なものにまで及び、若い時に工業全般を広い視野で捉える経験をするとともに、技術の基盤である知識の重要さを体感することができました。
1990年頃からは「ナノ力学」に関する研究などに注力する一方、昇進を経て教育にも力を入れるようになりました。また、2007年に京都大学の副学長に就任して、大学運営にも本格的に関わるようになり、それ以降も、京都大学大学院工学研究科長や学術会議会員、学会の会長・理事など、大学内外の運営業務にも幅広く携わってきました。
こうして「研究」「教育」「運営」の三足のわらじを履いて、それぞれの時期に応じて重心を変えながら現在に至るといったところです。
—北村先生が滋賀県立高専の校長を引き受けられた理由についてお聞かせいただけますか。
以前から、今の日本の技術力について、行動力と知識量のバランスがとれていないのではないかと感じていました。そこで、「知行合一」という考えを今後の日本のエンジニア育成に取り入れたいと考えたんです。
「知恵」と「行動」、これはエンジニアの根幹です。どんなに良いことを頭で考えても行動できなければエンジニアではありませんし、また、どんなに良い行動を起こそうとしても知恵がなければ暴走してしまいます。「知恵」と「行動」は技術を活かすために一体であるという考えのもと、「知行合一の教育」というのが、企業や大学にとどまらず、日本の技術全体に効くのではないかと。
また、知行合一は陽明学の有名な言葉です。陽明学自体は人が生きてゆく際の哲学ではありますが、考え方としてアナロジーがあります。さらに、日本での陽明学の歴史は滋賀にゆかりが深く、本校にぴったりの技術教育の表看板になると思いました。
私の研究室にも高専出身の学生はいましたし、学会に行って高専出身の先生とお話する機会も多いです。その方たちを見ていると、まず高専の卒業生には行動力があります。また、勉強したいという意欲と行動力のバランスが取れている方が多いのも特徴です。こういう学生が研究室に一人いると、研究室全体の研究に対する動機がしっかりするとともに、研究生活の雰囲気がとても良くなります。これは、企業等に就職した時の技術開発にも通ずるものと思います。
そういったところを見てきて、高専教育を伸ばしていくことは今後の日本の技術力にとってターニングポイントとなる重要な要素ではないかと考えたのが一つ。
もう一つは、滋賀県、特に滋賀県立高専のまわりは工業的なポテンシャルがものすごく高いということです。エンジニアを育てるのにとても恵まれた環境で、歴史のある企業はもちろん、最先端の技術を扱う先進企業もたくさんあります。
先進的な発想を持った企業で働くと、エンジニアたちはそこから刺激を受けて、自分たちも新しい発想を持ち始めます。そういった新しい発想をもった企業が、情報や機械、電気、土木など、分野を問わずたくさんあるこの滋賀に高専をつくれば、ここに来る学生たちにも豊かな発想を育ててもらえるのではないかと考えました。
—これまで研究者としてだけでなく、教育機関の運営にも関わってこられた知見を、滋賀県立高専の開設や運営にどのように生かしていきたいとお考えですか。
まず、「新設校」というのが一番大きなことだと思います。これには良いところも悪いところもある。悪いところで言えば、土台も何もありませんから(笑) 教育機関としての土台が何なのかという問題も難しい時代ですし、一から準備をするだけで大変なことです。ですから、デメリットは「何もない」ところです。
逆に良いところは、過去のしがらみがないこと。どんな組織でもそうですけど、伝統があると、良くも悪くもそこに縛られますよね。例えば、これまでこんな教育してきてよかったけど、今は合ってない。でも、今までの実績があるからなかなか新しい一歩が踏み出せない、今背負っているものが大きいから動けない——これがないのがメリットです。こういったことを踏まえたうえで、今後どう運営していくかを考えていかなくてはいけないと思います。
—これから新しく高専をつくっていくうえで、北村先生が重視されていることを教えてください。
キーワードで言うなら、「実質的」「現代的」「コンパクト」。これが何かというと、私が思う日本の技術の中で忘れられている大切なことです。
まずは実質的なことについて。昔、日本が先進諸国を追いかけている時には、ものすごく実質的なことをやっていました。合理的で論理的(すなわち、科学的)な思考に基づく行動ですね。その結果、技術大国として頂点に上り詰めたわけですが、現在はまた下降しつつあります。そして、やっぱり頂点だった頃のことを忘れられず、これまでの形にとらわれてしまっている。
頂点を取り戻そうと焦ると、流行り言葉に振り回されてしまうことも少なくありません。皮相的な言葉に惑わされず、残すべき基盤と変革による先進を実質的・論理的に内容から判断することが大切です。科学的思考に基づく技術と言ってもよいでしょう。取り戻すのではなく新しくつくるのだ、と実質的に考えて行動することです。
次に、現代性について。例えば工業系の学校は、かつて男子学生が大多数だったこともあってか、校内環境があまりきれいではなかったんです。それが最近はとてもきれいになり、誰でも使いやすい環境に整えられることが当たり前になってきました。このきれいなキャンパスや勉強に適した環境設備などが現代性の第一歩ですね。また、学校運営ルールの整備やものごとの決定プロセスを分かりやすくすることもその中に含まれます。
こういった現代性があれば、自然と多様な人が来てくれると考えています。「女性のため」「留学生のため」といった特別な発想ではなく、現代的な感覚や考え方を持って運営していけば、誰もが参加しやすい環境が整うのではないでしょうか。
そして、コンパクト性について。今の高専という教育機関は多様な取組を行っていて、先生方は一人でいろんなことしているんです。授業、実験・実習、コンテスト、企業との共同研究、国際化——ですが、そのすべてを行うことで、個々の力を削がれてしまっている部分があります。これは日本の現役エンジニアも同様で、一人一人が多くのことを求められすぎているのではないかと。
ですから、やはり力を入れるところ・抜くところ、あるいはほかの機関と協力するところ、譲るところ、それらを取捨選択しながらバランスをとっていくことを考えていきたいですね。
また、立地の良い場所に設立される反面として、キャンパスや建物の面積に制限があります。それを逆に上手く使えるように工夫をすることも、コンパクト性の意味です。
「幸せなエンジニア」育成のために何ができるか
—開校に向けたコンセプトペーパーでは、「エンジニア50年時代」にむけて、情報技術を各専門分野に掛け合わせた教育が強調されています。これからの時代、どのようなスキルがエンジニアに求められるとお考えですか。
私自身、子どもを持つ親として、子どもが独り立ちするときの一番の願いは「健康で幸せに暮らしてほしい」ということです。同じように、学生を社会へ送り出すときには、やっぱり幸せなエンジニアとして生きていってほしいと願います。
独り立ちした後は50年近く働くことになります。滋賀県立高専が3年後に開校して、それから5年経って初めての卒業生が出るわけです。すると、今からほぼ10年後ですよね。10年後になってもまだその卒業生は新人ですから、そこから少なくとも5年や10年、社会で経験を積んでいかなければならない。
そうすると、15年、20年後にどういう経験やスキルを身に着けておくべきかという問題になるんです。ですから、単に今流行っていることを教えるのは適当ではありません。最近はAI技術が話題ですが、20年前にAIという言葉はここまで世間に知られていませんでした。
では、何ならよいのか。流行に左右されない基盤をつくることです。機械、電気電子、土木、建設といった分野の工学基礎的な部分は、これからの時代も外せません。もちろん、滋賀県立高専のカリキュラムは「情報技術」を共通ベースとしていますから、それに基づいて各専門課程をよりよい形に変えるような取組も重要です。
例えば、土木分野では無人のショベルカーやドローンでの遠隔操作技術が進んでいます。これまでの基盤となる工学と、新しく遠隔で操縦できる技術——これが情報技術ですが、この二つが融合することで新しい土木技術が生まれています。でも、土を掘ったり、山にトンネルをつくる現場の作業自体は変わりません。その作業を安全かつ効率的に行うためには、これまで教えられてきた土木工学の基礎知識が不可欠です。
これからも情報技術は進化し続け、そのたびに工学のあり方も変わり続けるでしょう。ですが、基盤となる工学の基礎、あるいは最先端の情報技術の知識を教えることで、この先10年後、20年後に何かすごい言葉が出てきても、これらをかけ合わせて、十分に対応できるエンジニアを育てることができると考えています。不易流行の教育による地力の形成が大切ということですね。
—「滋賀県立高専共創フォーラム」の開催など、今後も滋賀県内の企業・研究機関とPBLなどを通して連携を図っていく予定だと伺っておりますが、現時点で具体的な取組などは考えておられますか。
現時点で、これは慎重に考えなくてはいけないと思います。高専の主役は企業ではなく学生ですし、これから入っていただく教員の先生がどういう教育の方向性を持っているかにもよります。
例えば「企業と一緒に教える取組をつくったらどうですか」とはよく言われますけれども、京都大学での経験も踏まえると、実際なかなかうまくはいかないんです。やっぱりそれは形から入っていて、実質的ではないからだと思います。
ご存知のように、高専の履修単位科目では1教科30回でようやく1つの単位になりますから、その中で一人の企業の人に来てもらって30回やるのか、ここぞというところで企業の人に来てもらってインパクトを見せるのか、あるいは企業見学に行って先生が教えてきたことを「実際の機械でこんな風につくってるんだよ」と見せるのがよいのか。それも学生が1年生なのか5年生なのかによって与える効果は変わってきます。
そういったところを綿密に計画立てて行っていくことが大切だと思います。最初に学生のことを考え、次に指導する先生のことを考えて、初めてどういうふうに企業と協力していくかが決まってくるので、具体的なところはこれから先生方が着任されてから、一つ一つ慎重に決めていきたいと考えています。
—滋賀県立高専の設置に向けて、どのような教職員・学生に来てほしいとお考えですか。
先生については、学生が好き、教育するのが好き、技術を教えることができるという3つの要素が基礎。そこからさらに、新しい高専として、新しい工学像をイメージできる人に来ていただきたいです。
先ほど10年以上先を見据えた教育をしなくてはいけないと話しましたが、今までのベースやトレンドの知見を持ちつつ、これからの工学を考えることができる——もちろんその考えは外れるかもしれませんが、それをなんとなくイメージできる人。工学の基礎を教えながら、もう一つそこに何を加えたらいいだろうという時に、その新しい工学像を考えられる人。最近は本当に世の中の移り変わりが激しいので、そのたびに新しいイメージへアップデートできるといいですね。
学生については、ものづくりや、理数系の科目が好き。あとは、社会的なことに興味がある、役に立ちたい、仲間と一緒に仕事がしたいという気持ちがあること。ものづくりだけではなく、情報分野もありますから、理科や数学が好きなだけでもとても大切なことだと思います。
それと、この言い方で誤解をされたら困るのですが、言葉として「誠実な先生」と「熱意のある学生」が求められることも多いですよね。ですが、私の考えでは、エンジニアを育てる、あるいはエンジニアに向いているのは反対で、「熱意のある先生」と「誠実な学生」のほうがいいんです。
なぜなら、技術やものづくりというのは、誠実さがそのまま出てきてしまうから。どれだけやる気や熱意があっても、それだけでモノはつくれません。ですから、先生のほうに熱意があって「頑張ろうぜ」って言ってくれるような、あるいは「新しい工学はこんな方向だ」と導いてくれるような先生がいいんです。
学生のほうは、元気があるのは当然ながら、そこにもっと熱くなろうと言う必要はなくて、その年代相応に元気でいながらも、やっぱり技術を真面目に勉強していくという方向性がいいと思います。モノづくりは華々しいことばかりではありませんし、誠実さがあればきちんとモノがつくれる、というところに興味を持ってほしいですね。
未来の「超一流」工業圏に向けた教育の循環
—ほかの高専と比較して、滋賀県立高専ならではの魅力や価値をどう創出していこうとお考えですか。
滋賀県立高専の強みとして、1つ目は、近隣に大学がたくさんあること、それも理工系の大学です。2つ目は、先ほど言った先進企業とその工場がたくさんあること。3つ目は、企業や公営の研究所がたくさんあること。
そこで働いている人もいますし、設備も充実していますから、勉強に行くこともできますし、高専として協力をお願いすることもできます。特に、一つに限らず、いろんな業種があるところが魅力ですね。
経済界とも「一緒に高専をつくっていきましょう」と話していますし、共創フォーラムで応援団になっていただいている企業や団体には、一過性ではなく、長い目でこの県立高専の応援団になってほしいという思いがあります。いろんな先進企業があって、それがこの高専の近隣に集まっている、この環境が一番大きなメリットです。
それと、県立高専として滋賀県のリソースを活用できることも強みの一つです。工学と直接関係はないかもしれませんが、琵琶湖博物館や、琵琶湖環境科学研究センター、そのほかにも様々な教育機関や団体がありますので、学生にはこの滋賀県そのものをフィールドとして使っていただけたらと思います。「この滋賀県で勉強してよかった」と思っていただけるような、そういう高専にしたいという思いです。
—最後に、北村先生が考える今後の滋賀県立高専のビジョンについて教えてください。
これまでお話ししてきたように、滋賀県には本当によい環境がそろっています。この環境を最大限に活用し、学生に技術的な驚きを与えながら、専門知識や技術を着実に育てていける高専にしたいと考えています。
そして重要なのは、いずれ滋賀県が学生にとって「技術的なふるさと」になることです。生まれ育った故郷に加え、学生自身が技術の基礎を学び、成長した場所は、エンジニアのふるさととして心に残ります。
これからの長い人生、一つの場所でずっと働き続ける時代ではありません。滋賀県がこれからもう一段、「超一流」の工業圏になるためには、外で経験を積み、多様な学びを得ることも大切です。
ですが、いずれ移る場所を考えるとき、滋賀県で学んだことや過ごした日々が強く心に残っていれば、きっと帰ってきてくれます。どんなに故郷が素晴らしくても、働く場所がなければ戻ることはできませんが、滋賀県には素晴らしい企業がたくさんある。ですから、どこかで必ず選択肢に入ります。
そうしてレベルの高いエンジニアが帰ってくると、滋賀県全体の技術力が大きく上がる。この循環が大切です。閉鎖的になればなるほど、技術は進歩しません。
このように、優れたエンジニアを育てることが「第一段階」、そのエンジニアたちが帰ってきて、地域に貢献してくれる仕組みをつくることが「第二段階」です。この循環をしっかりと構築し、この滋賀県に貢献できる高専をつくりあげたいと考えています。
県立でつくる高専ですから、やはり運営には多くの資金が必要です。それはやはり県民の皆様にご協力をお願いする形になりますが、だからこそ「滋賀県立高専をつくってよかった」と思っていただけるように、開設に向けて全力で取り組んでいきたいと思います。
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