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高専(KOSEN)の海外展開と国際化について研究! 異文化・異分野の間で生じる「違い」が、物事を前進させる

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2024年4月に編著『日本式教育の海外展開とインパクト 往還する高専/KOSENと日本式国際学校の新潮流』(九州大学出版会)を上梓された、九州大学大学院 人間環境学研究院長の竹熊尚夫先生。比較教育学者として、主にアジア・オセアニアの途上国を研究フィールドとされています。今回、日本式国際学校に加え、「日本式教育」としてアジアで展開されている高専(KOSEN)に注目された竹熊先生に、比較教育学や、今回の本の内容・背景などについてお伺いしています。

教育を比較するには、教育の知識だけでは足りない

―竹熊先生のご専門である「比較教育学」は、どのような学問なのでしょうか。

簡単に言いますと、他の国や地域の教育を調査し、それを自国や別国の教育と比較して分析する学問分野です。

取材をお引き受けいただいた竹熊先生
▲取材をお引き受けいただいた竹熊先生

比較教育学がいつ頃生まれたかは諸説ありますが、遣隋使や遣唐使の存在などから分かるように、他国で制度や技術などを学び、それらを自国に持ち帰って受け入れていく事象自体はかつてからありました。

それがはっきりと学問領域になるのは「国民国家」という括りが18~19世紀の西ヨーロッパで確立してからだと個人的には思います。例えば明治以降、伊藤博文や木戸孝允、新島襄らが諸国の教育などを学ぶためにヨーロッパ各国やアメリカに行っていますよね。他国の先進的な教育を学ぶ——ここから比較教育学はスタートしていると言えます。

一方、途上国研究や地域研究は、一部では植民地研究としてその国を調べる際にも、文化や制度などに加え、教育について調べられていました。植民地研究としてはルース・ベネディクト『菊と刀』(1964)が代表例に挙げられますが、これは第二次世界大戦中にアメリカの文化人類学者が日本について研究したものです。

その後、近年よく取り上げられている国際協力の領域ができてきました。他国を単に研究するのではなく、他国との連携を考えたうえで研究する領域です。これに、旧来からある留学研究、国際共同の教育研究連携を含めたものが国際教育の領域といえるでしょう。

このように、比較教育学は3種類の側面がある学問分野だと言えると思います。

―比較教育学には、教育だけでなく、文化や社会制度なども絡んでくる場合があるのですね。

比較教育学は、その研究スタイルとして「課題研究」と「地域研究」に分かれています。課題研究は「いじめ問題」や「行政問題」などといった課題そのものに着目し、他国ではどのように解決しているのかを調査するものです。しかし、それはある意味「いいとこ取り」の研究でして、それをそのまま自国で導入すると良くない結果を生み出す場合があります。

竹熊先生
 

対照的に、地域研究はとある国(地域)にどっぷり浸かって、その国の文化・法律・行政制度・宗教などを知り、そのうえで教育システムを研究するものです。

例えばベトナムでしたら、学校の先生は厳しく指導することが好まれ、日本とは異なります。それは、中国(漢・唐)からの支配、そこからの独立、フランスの植民地時代などを経た歴史的背景や、現在も社会主義の国であること、産業化に伴う学歴社会の影響などが関係しているかもしれません。

ですので、ベトナムはそのような価値観のある国であることを知ったうえで、教育について研究する必要があります。ただ、都市部の学校で体罰などであまりにも厳しく教育すると、親が学校にクレームをつけることがあり、そこは日本と同じような感じですね。

―高専教育については、以前から研究してみたいと考えていたのでしょうか。

僕はもともと教育の国際化や高大接続の研究にずっと取り組んでいまして、その中で、マレーシアで高専への留学生の送り出し側として準備教育をするINTEC・KTJ(Kumpulan Teknikal Jepun)等の日本語教育、専門教育の様子を知ることとなり、いつか高専教育について踏み込んで研究してみたいと思っていたんです。

マレーシアにあるKTJの入口
▲マレーシアにあるKTJの入口

すると、その後に訪れたモンゴルには、高専がすでに存在しているではありませんか。モンゴルの法律を変えてまでつくったとのことで、お話を伺い、モンゴルの高専関係者の知り合いが増えていきました。

また、教育社会学者で、高専の研究をされていた矢野眞和さんも編者に加わっている『高専教育の発見』(岩波書店、2018.4.24)という本が非常に面白かったんです。そこで僕は留学生の側面から調査研究しようと考え、高専機構から許可をいただき、日本高専学会でも発表しました。その中で、学会を通じて宇部高専や都城高専の先生など多くの高専関係の先生方と知り合い、さらに研究を進めることができました。

少しずつ、長い期間をかけての国際化

―竹熊先生が「日本式教育」として、日本式国際学校とともに高専に注目された理由は何ですか。

海外では高専を「日本式」だと捉えているからです。つまり、「他国にはない教育システム」ということです。ヨーロッパを中心にポリテクニックはたくさんありますが、大学レベルを持つ高専みたいな「高度な教育を実施している学校」とは認識されていません。

日本式教育を海外で展開することはあまりなく、かつ海外の人たちが日本式教育を受け入れている事象自体が非常に珍しいことです。海外には日本式教育を評価している人たちがいることを知り、高専の教育エッセンスがどういうシステムで受け入れられていくのかを調べようと思いました。

新モンゴル高専で調査を行う竹熊先生
▲新モンゴル高専で調査を行う竹熊先生

そして、その調査によって、日本の学校も必ず変わると考えました。国際化を目指す多くの学校で間違いなく課題に挙がる「文化や制度の違い」などを理解することが必要で、それは翻って自分たちの教育のあり方を見直すことになるからです。

―教育システムを展開する側(日本)のメリットは、そのほかに何がありますか。

国際連携によって他国を豊かにしていくことは国際社会における一つの使命であることに加え、展開する側にとってみれば「本当に自国の教育が通用するのか」を把握することができます。一方で、かつての植民地支配のような従属関係や支配につながるのではないかという危惧にも敏感である必要があります。

また、日本式教育を受けた人が日本に留学するとなったら、それも大きなメリットになります。教育というと学校教育部分だけが捉えられがちですが、これは「長いキャリアに関わる人材育成」の話です。彼らが日本に留学し、その後は自国に戻って仕事をするにしても、日本との関係を持って仕事をされる人が多いと思います。そういう「日本との関係構築」の面においてもメリットがあるのです。モンゴルの教育科学大臣が日本の高専卒業生だったこともありますよね。

―「長いキャリアに関わる人材育成」といえば、本の中でも注釈ですが、『教育効果の「遅効性」』という言葉が登場しています。

九州大学にいらっしゃった吉本圭一先生(現:滋慶医療科学大学 教授)から伺った言葉ですね。学校教育の効果が、卒業後、社会人になってからも発揮されるという意味です。

教育の本当の効果が出てくるのは10年、20年、30年後だと思います。でも、そのときに効果を測ろうとしても、教育を受けた後に何を学んだかの方が重要視されるので、本当に教育のおかげなのか、教育のどの部分が影響したかのかが分かりにくいのです。長い視野で教育を評価することはとても難しいことだと僕も思います。

そんな中でも僕たち比較教育学者がするべきことは、「優れた教育」がどのようになされているのかを研究し、今、世界で、日本で必要とされる教育はこれではないかと自国で紹介していくことだと思います。紹介しないと井の中の蛙になりかねません。しかし、無理やり受容、強要するのではなく、展望を広げ、視野が広がることで、少しずつ国際化の組織改革や教育改革に繋がればと考えています。

―海外展開の一方、高専内部の国際化が日本に与える影響は何だと考えていますか。

チャイニーズスクールに代表されるように、同じ地域にいる同じ国・民族の人たちが集まる学校があります。在外日本人の場合ですと、日本人学校の他に補習校というものがあり、現地校に通っている日本人が土日に集まって日本語や日本文化を勉強する学校がありますね。オーストラリアに訪問した際に見てきましたが、出身国や民族の言語・文化を学ぶ、こうした様々な学校は、異文化のエスニックグループとその地域社会をつなぐハブの役割を果たしていると思うんです。

大都市はどこでも国際化がかなり進んでいますが、多くが第二都市など地方にある高専も、留学生を受け入れることで、地域の国際化におけるハブの役割を果たせる学校だと思っています。高専に留学生が入り、地域の企業や住民の方々と交流し、最終的に地域の企業に就職したら、それは地域における国際化の中心地と言えるでしょう。

宇部高専にて、文理融合の学際合同調査の様子
▲宇部高専にて、文理融合の学際合同調査の様子

この国際化こそが海外交流の継続による格差の是正ですし、人材不足の解消に繋がる場合もあります。その地域を好きになってくれたら、たとえ母国に帰ったとしても、何かしらのつながりを持ってくれるでしょう。先ほどお話しした「日本との関係構築」ですね。

―本の中では、海外留学生から見た高専教育について、アンケート調査の結果に基づいて紹介している章があります。

第6章のことですね。高専への留学生の視点から、高専教育の特徴や、国際化への課題を考察しようと試みた章です。そこでは日本語学習の難易度、留学する際の不安点などについて紹介しています。

例えば、「留学生が考える高専教育の特徴と母国での受入難さ」のアンケートでは、「先輩後輩関係」が最も受け入れがたいとされました。というのも、先輩が後輩に教えるといった関係は、ない国の方が多いのです。

これはあくまで仮説ですが、クラスや学年などという、お互いに学び合ったり、集団内で教え合ったりといった「集団としてのまとまり」を重視していないのだと思います。日本のような運動会や文化祭も、こうした国々ではあまり見られません。

ただ、そういった国の人が高専に留学して何年間かすると、先輩後輩関係の良さに気づくかもしれませんね。留学生の場合は年齢のズレなどの理由でずっと慣れない可能性がありますが、慣れてきた人にとってはすごく良いといえる関係性になると思います。モンゴルの高専では、後輩に教えてあげる先輩が現れたんですよ。

モンゴルの高専の調査に訪れた竹熊先生
▲モンゴルの高専の調査に訪れた竹熊先生

文化の違い、言語の違い、そして専門の違い

―今回の研究を、本として出版された理由は何ですか。

学際的な取り組みをしようと思ったからです。一般的に僕を含めた教育学の先生たちは、文系・理系の違いからか、高専が得意とする理工系の技術教育に疎いと思います。そして、理工系の教育について研究されている高専教員の方もいらっしゃいますが、その内容は教育学とはちょっと異なる場合が多いのも事実です。そこで、お互いが違う領域を知るためにも、今回のような本を出しておきたいと思いました。

今回の研究は、理工系と教育学の接点を見出したいと思って、トライアルとして始めた意味もあるんです。本当は高専の先生と教育学の先生とで一緒に調査に行き、現場を多面的に研究しようとしていたのですが、新型コロナウイルス感染症によって、当初の想定の3割ほどしかできませんでした。それでも、宇部高専の先生とベトナムに行ったり、都城高専の先生とモンゴルに行ったりしたので、少しはお互いを知ることができたのではないかと思います。

ベトナムのカオタン技術短期大学の調査の様子
▲ベトナムのカオタン技術短期大学(※)の調査にて

※2020年にKOSENモデルコースのメカトロニクス学科が開講。高校を卒業した学生を受け入れる3年間コースとなっている。幹事校として宇部高専が、協力支援校として有明高専が支援しており、2015年からカリキュラムやシラバス等を改善してきた。

―高専関係者のみなさんにとって、今回の本はどのような存在になってほしいですか。

今回の本で、日本の教育や高専の教育を振り返ることができる鏡のようなものが出せたと思っています。自分を見つめることはなかなかできないので、「こんなものがあるんだ」とか、「この教育システムは変えられる部分だ」など、視野を広くする手助けになることができれば嬉しいです。

本を持つ竹熊先生
 

(表紙を見ながら)

この装置から出る光がなんか良いですよね。表紙の写真はベトナムのカオタン技術短期大学の実習風景でして、「表紙の写真にこれはどうですか」と出版社にお渡ししたら、そのまま使うことになったんです(笑)

裏表紙は新モンゴル(小中高一貫)学校の体育館ですね。モンゴルと日本の国旗が両方とも飾られていて、ちょうど良いかなと思ってお渡ししました。顔などが写っていて使えないものもあったのですが、もっと良い写真もあったんですよ(笑)

竹熊 尚夫
Hisao Takekuma

  • 九州大学大学院 人間環境学研究院(教育学部) 教授/研究院長

竹熊 尚夫氏の写真

1981年3月 熊本県立済々黌高等学校 卒業
1987年3月 九州大学 教育学部 卒業
1989年3月 九州大学大学院 教育学研究科 比較教育学専攻 修士課程 修了
1992年3月 同 博士後期課程 単位取得退学
1994年4月 九州大学 教育学部附属比較教育文化研究施設 助手
 1995年7月 博士(教育学)
1996年4月 九州大学 教育学部 講師
1998年4月 九州大学大学院 人間環境学研究科 講師
2001年4月 九州大学大学院 人間環境学研究院 助教授
2012年4月 同 教授
 2020年4月~2022年3月 九州大学 教育学部長
 2024年4月~ 九州大学大学院 人間環境学研究院長

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