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まだまだ解明されていない「水」の学問に惹かれて研究者に。「RRIモデル」で洪水リスク評価や、その対策に役立てる!

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明石高専での「水理学」の授業におもしろさを感じ、京都大学で「水文学」について研究を始めたという京都大学防災研究所の佐山敬洋先生。現在の研究内容や、開発した降雨流出氾濫(RRI)モデルについて、また京大での教授着任以降の考えの変化など、さまざまなお話を伺いました。

理論式では導き出せない、地域性に紐づく「水文学」

―明石高専へ進学したきっかけを教えてください。

当時住んでいた家の近くにあったことから高専を知り、さらに周囲から話を聞いたり調べたりする中で、じっくりと5年間勉強に集中できる点に魅力を感じました。また、当時から文系よりも理系に面白さを感じていたので、工学や土木の分野に進める点にもワクワクした記憶があります。

卒業後の進路を調べると、現在の国土交通省にあたる建設省や自治体で働かれている方、優秀な大学に進学されている方などさまざまで、就職と進学の両方の道が広がっている点にも魅力を感じ、進学を決めました。

先生・ご友人と飲み会をする佐山先生
▲高専5年生の頃の佐山先生。先生・友人と共に

私が入学した都市システム工学科は、以前は「土木工学科」と呼ばれていた学科です。私の時代にちょうど名前が変わりました。その新しさに惹かれたのは事実です。また、当時は、電気・機械系は時代の流れによって必要な知識が変化し続けるのに対し、土木は普遍的なものだという勝手なイメージを持っていました。もちろん今思うと必ずしもそうでないこともあるのですが、普遍的な知識を学べる点にも魅力を感じていたのです。

―高専卒業後は京都大学に編入し、水文学を専攻にされていますね。

大学への編入を決めたのは、高専での水理学の授業がきっかけでした。水理学は、水の流れを物理的に解明して、工学的に応用する学問です。

私は当時、すでに解き明かされていることを学び、暗記することを「勉強」だと捉えていました。しかし水理学では、導き出された式や法則だけでなく、実験によって予測された経験則を使う場面が多くあり、「まだ理論的に明かされていないことが、こんなにもあるんだ」と驚きました。この時の感覚は今でも鮮明に覚えています。それから、研究の道も面白いのではと考えるようになりました。

パソコンの画面を見つめる佐山先生と、留学生の方
▲大学生時代、留学生の先輩と議論する佐山先生

大学編入後の研究室配属でも、水に関わる研究に専念することを考え、よりフィールドに広がりがあると感じた「水文学」という分野を選びました。水文学は水の循環を取り扱う学問で、細かく言えば、水資源や私が今メインで取り組んでいる洪水災害などをテーマにします。

水理学はどこで実験をしても同じ結果が出ることを期待し、まさに普遍性を追求する学問です。一方、水文学は土地の特性や、その地域の人の住まい方、水の利用の仕方など、地域の状況によって異なる結果が生じる現象もあります。

大学4年生の時には、インドネシアの河川流域を対象にした洪水や土砂の流出現象をモデリングする研究を行い、実際に現地にも出向きました。高専で水理学に関する研究をしていた時は、実験室やパソコンの中だけで完結するものでしたが、水文学は理論式だけではない、実際のフィールドで調査して研究する点に面白さを感じていました。

自然の中で、インドネシアの皆さまと集合写真に写る佐山先生
▲大学院生時代のインドネシア流域調査

環境の変化はチャンス。洪水予測のためのモデル開発へ

―現在の研究内容を教えてください。

私が進めている研究は、端的に言うと「洪水を予測すること」です。洪水予測と言っても大きく分けて2つの意味があります。1つは、今降っている雨がどのような影響をもたらすのかという「リアルタイムでの予測」。もう1つが、将来の土地や気候の変動によって洪水も含めた水の循環がどのように変化していくのかという「計画予知」です。後者には、水害の被害を受けないための対策(適応策)を考えることも研究内容に含まれています。

そして、両方の予測において基礎となっているのが、土木研究所の水災害・リスクマネジメント国際センター(ICHARM)に在籍していた時代に開発した「降雨流出氾濫(RRI)モデル」です。これは、雨が降ったとき、あるいは気候変動で降雨が推定されるときに、川へどのように水が流れるのかを計算するモデルです。

現在は、このRRIモデルをアップデートしながら、気候変動によって生じる国内外の洪水リスクの調査や洪水への対策の検討などを行っています。

―RRIモデルを開発したきっかけは何だったのでしょうか。

京大からICHARMに移り、環境を変えたことがRRIモデルの開発のきっかけになりました。ICHARMは、海外の河川流域を対象にした研究や、世界の水災害リスク軽減に向けた取り組みを行っています。当時はパキスタンで洪水が発生したこともあり、途上国の問題に取り組んでいこうとしていたところでした。

元々、RRIモデルの開発を始める前は、私の研究室の先生から受け継いだモデルを改良したものを利用していました。しかし、そのモデルは日本と比べて地形が平らな途上国に適用しにくく、河川の浸水や氾濫が考慮されていないという点で課題があったのです。そこで、地形や浸水・氾濫まで反映させてシミュレーションができるRRIモデルの開発に乗り出しました。

スーツを着て、封筒を手に持つ佐山先生
▲ICHARMに在職していた頃の佐山先生

ICHARMへの在籍は、私の考えが変わるきっかけにもなっています。大学は、自分のやりたい研究を自由度高く行えるので、専門を深められるという点で魅力です。一方、ICHARMは国の研究機関で、一研究員が自分の好きなことだけを自由に行うことは許されません。そんな環境で、「世界が今必要としているものはなんだろう」と、社会のニーズを自然と捉えることができるようになりました。

もし大学に居続けていたら、自分の専門に対して深く突き進み、RRIモデルの開発には着手していなかったでしょう。ICHARMが私のターニングポイントとなったことは間違いありません。

ICHARMには2015年まで在籍し、海外の研究を中心に進めてきました。当時、日本でもRRIモデルは評価をいただいていましたが、日本の研究をされている先生方や研究者の方からすると、まだ海外で使うモデルだという認識だったと思います。私は日本でもRRIモデルを適用できると確信していましたので、今後は海外だけでなく日本の河川における調査も意識的に取り組んでいこうと決めました。

そんなことを考え2015年に准教授として京大に戻った年の夏、鬼怒川で大きな洪水がありました。それから2017年には九州北部豪雨、2018年には西日本豪雨、2019年には東日本台風と、大きな豪雨災害が連続しています。

大変な時期でしたが、こうした災害を受けて、国土交通省や都道府県などによる洪水予測技術のニーズも高まっていきました。少しずつ国土交通省や日本の専門家の方々にもRRIモデルが認知されるようになっています。

スライドを見せながら、壇上で説明する佐山先生
▲中国の大学でRRIモデルを紹介したときの様子

―RRIモデルは、現在どのようなシーンで使われているのでしょうか。

国土交通省をはじめ、京都府、兵庫県などの自治体で、リアルタイムでの洪水予測にRRIモデルが使用されています。RRIモデルによって川の水位の上昇を予測し、河川管理者が危険情報を自治体に伝え、受け取った自治体が住民に避難情報を発令する、という流れになります。

自分の研究の成果が実際に現場で用いられ、重要な役割の一部に関わることができているのは幸運なことです。ちなみにRRIモデルが活用されている兵庫県は私が育った場所で、京都府は私が大学時代から研究の拠点として過ごしてきた場所です。そんな身近な場所でRRIモデルの実用が進んでいるのはとても喜ばしいことだと思います。

教授だからできることを。専門は深めて視野は広げて

―大学での研究において苦労を感じる点、一方で楽しさを感じる点を教えてください。

災害の被害を受けた場所へ調査に行く際には、現地の方への向き合い方にいつも悩みます。現地での調査は、将来の災害リスクに備えて行うものなので、今の問題を解決できるわけではありません。そのため、今被害を受けていらっしゃる方にとって、メリットはないんです。ただ、現地調査で得られる教訓というのは毎回違うので、やっぱり直接見ることが重要だと思い、足を運んでいます。

大きな黒いリュックを背負い、ヘルメットをかぶって調査をする佐山先生
▲九州北部にて災害現場調査中の佐山先生

一方、大学の研究者として醍醐味だなと思うのは、留学生と一緒に研究ができる点です。留学生の母国で調査をする際は、私は教員として学術的な知識を伝え、彼らからは地域の特性を教えてもらう、という良い関係性で進めています。互いに知識を深めて、自分だけでは得られなかったフィールドの広がりを感じながら研究できるという点に楽しさを感じています。

―今後の目標を教えてください。

1つは水文学を基礎にした洪水予測という専門を徹底的に掘り下げていくこと。もう1つは、可能な限り水災害や防災に関わる分野を広い視野で捉えていくこと、という矛盾するような2つの目標を掲げています。

私が教授に着任した際に、師匠にあたる先生からは「ゆっくりと頑張りなさい」と、この分野で世界トップレベルの教授の先生からは「君には安定した時間が与えられた」と言葉をかけていただきました。

「身分が保障されている」ということではもちろんなく、「教授という立場だからこそ、できることがある」という意味だと捉えました。短期的な研究成果を追い求めずに、じっくりと研究に取り組むべきだと教えていただいたのだと思います。この言葉をいただいてからは、今の立場だからこそできることを考え、目を向けるようになりました。

歩道で大学の研究室の皆さまと写真に写る佐山先生
▲大学の研究室の仲間と共に

特に2つ目の目標である「分野を広い視野で捉える」という点に関しては、洪水だけでなく土砂や高潮などとの複合災害に対する取り組みや、法学・経済学・社会学・哲学など文理を超えた災害研究への展開などを考えています。これは「時間を与えられた」という認識がなければできないことです。

研究室のさまざまな専門分野のスタッフや留学生、異なるバックグラウンドを持つ博士課程学生など、多くの人たちとの関わりの中で、楽しみながら視野を広げていけたらと思っています。

―高専での経験が生きていると感じる瞬間を教えてください。

高専時代のさまざまな経験は、今必要とされている論理的思考力や課題解決力の発達につながっていると感じることがあります。勉強はもちろん実習や実験、卒業研究など、すべてがトレーニングでした。こうした高専時代に培われた力というのは、研究を進めるうえでも根幹的な部分で役立っています。

また、「直感を大事にする」というのも、高専の先生方からよく教わりました。直感というのは例えば、見ただけでどれくらいの大きさのコンクリートが必要だとか、降雨量に応じて川の幅はこれくらいあったほうがいいだとか、おおよその範囲を概算できる力です。

もちろん時間をかけて細かく計算しなければならないこともありますが、技術者たるもの、この辺りの感覚が研ぎ澄まされていなければなりません。それはむしろ、現場で働く技術者の方々にさらに求められる能力かもしれませんが、そうした意識は防災研究を進めるうえでも生きていると感じています。

インドネシアの川でカヌーに腰かける笑顔の佐山先生
▲インドネシアでの調査にて

―最後に、高専生へのメッセージをお願いします。

まず、大学に来て思ったのは、やっぱり社会は広いということでした。高専は良くも悪くも非常に狭い世界です。じっくり学べる点や、環境に影響されず真っ直ぐ成長できるという意味では良い面だと思う一方、そのまま社会に出た際に視野が狭くなっている可能性もあると思います。

高専時代にいろんな人と知り合う機会をつくったり、外国を見に行ったり、アルバイトも良いでしょう。何でも良いので、意識的に高専の外で起きていることにも関心と関わりを持つと良いのではと思います。

また、もし大学に進むことを考えている、あるいは迷っている人がいれば、ぜひ挑戦してほしいと思いますね。私は大学に来てから視野の広がりを感じられました。ぜひ、広く新しい環境に、勇気を持って飛び込んでもらえるとうれしいです。

佐山 敬洋
Takahiro Sayama

  • 京都大学防災研究所 社会防災研究部門 防災技術政策研究分野 教授

佐山 敬洋氏の写真

1999年3月 明石工業高等専門学校 都市システム工学科 卒業
2001年3月 京都大学 工学部 地球工学科 土木工学コース 卒業
2003年3月 京都大学大学院 工学研究科 都市環境工学専攻 修士課程 修了
2005年3月 京都大学大学院 工学研究科 社会基盤工学専攻 博士後期課程 途中退学
2007年1月 京都大学 博士(工学)
2007年4月 京都大学防災研究所 社会防災研究部門 防災技術政策研究分野 助教
2007年8月 米・オレゴン州立大学 客員研究員(JSPS海外特別研究員)
2009年10月 国立研究開発法人土木研究所 水災害・リスクマネジメント国際センター(ICHARM) 研究員
2013年7月 同 主任研究員
2015年4月 京都大学防災研究所 社会防災研究部門 防災技術政策研究分野 准教授
2023年3月より現職

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