弓削商船高専で教壇に立たれている長尾先生は、小型船舶の航行支援システム開発など、さまざまな研究をされつつ、高専プロコンの運営委員としてご活躍されています。情報工学に出会ったきっかけ、教育方針、プロコンへの思いについてお話を伺いました。
小型船舶事故をICT技術で未然に防ぐ
―長尾先生の研究について教えてください。
船舶事故を未然に防ぐシステムとしてAIS(自動船舶識別装置)があります。AISは船舶の航行状態、速度、位置などをVHF帯電波で送受信し、船舶と陸上局での情報交換を可能にするものです。AISの設置が義務付けられている船舶においては、義務化前と比較すると事故が減少しています。
しかし、小型船舶にはAIS設置の義務が無く、費用や免許取得が必要という観点から普及が進んでいない現状です。船舶事故の8割は小型船舶に関連しており、事故が絶えない状況を「ICT技術で解決できないか?」という視点で生まれたのがこの研究です。
―「スマートフォンを用いた小型船舶航行支援システム」とは、具体的にどのようなシステムでしょうか?
スマートフォンやLPWAを用いたAIS代替システムの研究と開発です。スマートフォンのGPSで位置情報を取得し、衝突や座礁の危険を探知することで未然に船舶事故を防ぎます。
具体的には、スマートフォンやAISで得た情報を収集し、データを共有するネットワークの構築を行っています。LPWAという長距離かつ省電力の無線通信方式と小型船舶には親和性があり、普及の妨げとなっている費用や免許取得の問題の解消も見込まれます。
2017年には、国土交通省によるスマートフォンを用いた航行支援に関するガイドライン策定の実証実験に参加し、システムの有効性が確認されました。この研究は2015年に開催された第26回高専プロコンの自由部門において、最優秀賞(文部科学大臣賞)を受賞したものがきっかけとなっています。
ですが、この技術を社会実装するためにはいくつかハードルがあります。GPSで位置情報を得るため、自分の漁場が他者に漏れてしまうというプライバシーの問題です。今後の展望としては、安全性の確保とプライバシーの保護を両立させられるような提言をしたいと考えています。
コンピューターに出会い、情報工学の道へ
―情報工学の分野に出会われたきっかけについて教えてください。
小さい頃から農機具や電気製品に興味があり、壊れた電話機を分解したりしていました。世界的なスペースインベーダブームが去った高校2年の頃に学校近くで見かけたテーブルゲームを見て、ゲームを動かしている仕組み(ハードとソフト)に興味を持ちました。
そして、情報系を学べる大学に行きたいと思い、「情報工学科」と名前のつく学科を持つ名古屋工業大学への進学を決めたんです。受験勉強を始める前にコンピュータゲームの仕組みに関する本を学校で読んでいた時は、周りから心配されました。自分の判断が間違ってないと確認していたのだと思います。
進学先の名古屋工業大学では、生体情報処理に携わっている石井研究室に入りました。担当教員であった石井先生がすごく魅力的で、熱心に学生と関わってくださる姿に感銘を受けました。
研究室が取り組んでいたのは生体情報処理や画像処理など、広く信号処理に関するテーマでした。ですが「生体情報処理の分野だけでは先が見えない、これからは人工知能だ」と先生がおっしゃられ、研究内容を切り替えたんです。ニューラルネットワークなどが現在の人工知能に繋がっていると思うと、先見の明があったと感心します。
プロダクションシステムやエキスパートシステムを自作したり、画像認識を応用してジグソーパズルを解くシステムなど、研究する日々はとても面白く、家に帰らず研究室にこもる生活でした(笑)
―高専の教員になられたきっかけについて教えてください。
バブル経済の時期で工業系から金融機関等への就職が盛んだった頃ですが、金融系やメーカーで仕事をしているイメージが持てなかったので、教育者の道を選びました。大学に残り研究を続ける道もありましたが、学生と直に触れ合いつつ成長を見届けたいという思いが強く、高専を選択しました。実家が農家だったこともあり、幼少期から「育てる」ことに触れてきた影響も大きかったと思います。
着任当初、弓削商船高専では航海学科の学科改組によって「情報工学科」が新設された時期で、情報工学を教えられる教員の募集がかかっていたんです。これは天命だと思い、面接を受けました。瀬戸内海の離島というと生活が大変なのではという不安もありましたが、自然豊かで楽しく過ごすことができました。
―35年間高専と関わるなかで、変化を感じる場面はありましたか?
高等教育機関として高専の評価が高まったことです。特に2009年のOECD(経済協力開発機構)調査団による報告で、高専の教育の質が高いということが取り上げられたことが大きな転機だと捉えています。15歳から20歳までの間に研究者から教育を受ける点や、産業の変化を捉えニーズに対応する人材育成を行っている点が要因だと考えます。
研究室は学生と同居?! 学生と密に関わり成長を見守る
―長尾先生は、高専プロコンの運営にも携わっています。
高専プロコンは、全国の高専生がプログラミングの知識や経験を生かし、優れたアイデアと技術力を競う大会です。課題・自由・競技の3部門があり、プレゼンテーション審査やデモンストレーション審査、マニュアル審査などさまざまな角度から評価をいただきます。
手厳しい意見が飛び交う場面もありますが、企業や他高専の先生・学生から意見をもらえる体験は大変貴重で、学生にとって大きく成長できる環境です。プロコンに参加すること自体が教育の場として成立し、新しい価値を生み出していると思います。今回も多くのチームに声をかけさせてもらい、大変楽しい大会になりました。
プロコンの実行委員として、優秀作品の資料公開による大会全体の品質向上や30周年記念誌の編集を行いました。残り少ない教員生活ではありますが、プロコンを中心に楽しいものにしていきたいです。
―先生は部活動の指導にも力を入れていらっしゃいます。
マイコン部(マイクロコンピュータ部)の顧問をしております。学生からは「マインドコントロール部(笑)」と冷やかされていますが、あそこに行くと頑張れる環境があると学生からは認識されているみたいです。学生がステップアップできる環境づくりを心がけています。
もともと、マイコン部の顧問になった時には、活動するための部室がなく、研究室で活動を行っていました。その後、実験室を与えられ、卒研生とマイコン部が共同で使うようにしましたね。さらには、研究室の不足も相まって、私も部屋の隅に同居するようになりました。
学生が自由に集まってやりたいことを自由にできるようなワイガヤ(※)の環境をつくることで、学生が困っている気配に応じて声をかけることができます。今年度のスタートアップ支援プログラムでマイコン部の活動場所も大幅にリニューアルされるので、今から楽しみです。
※本田技研工業の「ワイワイガヤガヤ」ミーティングから一般に広がった言葉。「夢」や「仕事のあるべき姿」などについて、年齢や職位にとらわれずワイワイガヤガヤと腹を割って議論する文化を意味する。
良いアイデアを生み出すためには、日々のニュースに対してアンテナを貼ることが求められます。ですので、学生に対して面白そうなネタや新しい技術、社会問題などを一緒に話し、アイデアが生まれるきっかけづくりを意識して学生と接していますね。
―弓削商船高専は高専プロコンの常連校ですが、受賞する秘訣はズバリなんですか?
「アイデアが強い」ことです。アイデアが強いとは、ターゲットが明確であり、ニーズを捉えていることを意味します。そして、社会に対してどのような影響を与えられるのかをひたすら学生と一緒に考えます。
ブレインストーミングを用いて山ほどアイデアを出し、学生が面白いと思うアイデアを探しますが、何をしたいのかが明確でないものは、心を鬼にして学生に突き返します。新しい技術も大切ですが、それを使って何に役立てるか、誰が幸せになるかを考えさせています。自分のやりたいアイデアが誰かの役に立つアイデアだと実感できれば、自然とやる気になります。それが「強いアイデア」です。
高専プロコン、ビジネス系コンテスト、卒業・特別研究、学会発表がリンクするような指導ができればベストだなと考えて取り組んでいます。研究の継続性と高専プロコンの新規性が両立しづらいのが辛いところですが……。
高専プロコンに参加できるのは、学科内でも少数の学生に限られます。情報工学科全体にプロコンの開発体験をしてもらいたいと考え、4年次に創造性実験を行なっています。学生がアイデアを考え、スケジュールを立てて開発・発表するもので、学生にも大変好評です。
―最後に、月刊高専を読む学生たちへメッセージをお願いします。
高専を選んでいただいてありがとう、君たちの選択は正しいです。現代は多様な生き方が示される反面、自己責任が求められ、将来への不安がのしかかってくる年代です。高専は大学受験がない分、自分の趣味や研究に時間をかけられます。大学に行かないとできないような研究を15歳からできるという点も高専にしかない魅力です。日々の生活に閉じこもらず、外の世界に触れてみてください。高専プロコンはオススメです!!
高専には好きなものをやれるチャンスがたくさん転がっています。そのチャンスを自分で掴んでください。
『可能性に目を閉ざす者は、水中で泳ぐのをやめたものに等しい』
長尾 和彦氏
Kazuhiko Nagao
- 弓削商船高等専門学校 情報工学科 教授
1983年3月 土佐高等学校 卒業
1987年3月 名古屋工業大学 工学部 情報工学科 卒業
1989年3月 名古屋工業大学 工学研究科 電気情報工学専攻 博士前期課程 修了
1989年4月 弓削商船高等専門学校 情報工学科 助手
1991年4月 同 講師
2001年4月 同 助教授
2005年3月 名古屋工業大学 工学研究科 電気情報工学専攻 博士後期課程 修了
2008年4月より現職、情報工学科長、専攻科長、情報処理教育センター長、学生主事、寮務主事を歴任
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