「組み込みシステム開発マイスター」や「学生教育士」制度など、ユニークな教育をスタートさせ、全国高専プログラミングコンテストでは学生チームを何度も全国優勝に導いている東京高専の松林勝志先生。学生と開発したシンクロアスリートや、ドローンを使った研究を行っている松林先生に、「ものづくり教育」について、お話を伺いました。
「どこでもドア」や「タケコプター」を体験できる!?
―大学、大学院時代の研究についてお聞かせください。
大学では、光学を学ぼうと精密工学科に入学したのですが、音の研究をしている素晴らしい恩師と出会い、騒音制御に関する研究をすることになりました。
当時はニューラルネットワーク(ディープラーニング)が登場し始めたころです。メモリが数百キロバイトしかないパソコンで、ニューラルネットワークをプログラミングして学習させたり、周波数分析のアプリケーションを開発したりと、研究に使うソフトウェア開発に明け暮れていました。周波数分析専用の言語を開発し、インタープリタで分析できるようにするなど、結構凝ったものをつくっていましたね。
修士論文では、車のバックミラー用モータの回転音を収集・学習させ、良品・不良品を判別し、不良の原因を予測するシステムを開発。実際にメーカーで実用化されています。
東京高専に赴任してからは、長いトンネルに新幹線が高速で突入すると出口で大きな発破音が鳴り響く、新幹線トンネル微気圧波(トンネルドン)のアクティブ消音技術の開発に取り組みました。東北新幹線の一関トンネルで、微気圧波や微気圧波の元になる圧縮進行波を測定し、特徴を把握して、消音方法を提案。数値計算で効果を確かめ、直径15cm・長さ80mのトンネル模型をつくって、理論通りに消音できることを確認しました。
九州大学や三菱重工でも同じ研究をしていましたが、私の手法は、正のインパルス状の空気圧力である微気圧波を正の空気圧力で消音——つまり火で火を消すようなもので、他にはない画期的な方法だったと思います。このときの数値計算は、文部省在外研究員としてイギリス留学中に実施。幸い、科研費をずっといただくことができ、このテーマで博士の学位を取ることができました。
東京高専での教員生活は、今年で34年目になります。赴任当初は機械工学科でしたが、情報工学科に移籍し、現在に至ります。
―現在ご研究されている「シンクロアスリート」について教えてください。
シンクロアスリートは、選手目線での360度映像をヘッドマウントディスプレイ(HMD)で、選手または選手が操る乗り物の動きをモーションシミュレータで再現します。つまりシンクロアスリートに搭乗しHMDを装着した瞬間から、その選手になったかのような体験ができたり、選手が操縦する乗り物(カヌーやボブスレー、車など)に同乗する体験ができたりします。
シンクロアスリートは、あらかじめ撮影・測定した映像や動きを再生するリプレイモードだけでなく、ライブモードが実装されています。例えば、今まさに走っているマラソンのペースメーカーさんに360度カメラとセンサー(スマートフォン)を取り付けてもらえば、搭乗者はそのペースメーカーになって先頭集団の選手たちと一緒に走っているような体験ができるわけです。ペースメーカーさんが見ている景色と同じものを楽しめ、同じように走り、周囲の選手の息づかいや足音まで感じることができます。
この技術はまさに「どこでもドア」を実現するもので、仮想世界と現実世界の融合であるといえます。サーキットを走るレースカーの助手席に突然飛び乗ったり、病院から出られない患者さんがディズニーランドを歩き回ったりといったことも可能になります。さらに、災害現場での重機の無人遠隔操縦や、スポーツのトレーニング装置としての応用、大地震をリアルに体験する装置としての実用化も期待されています。
また、ドローンにカメラとセンサーを搭載すれば、ドラえもんの「タケコプター」が実現できますね。ル・マン24時間レースや、月面ローバーの遠隔操縦などもいつか実現したいですね。
ちなみに、このシンクロアスリートは、私が指導していた高専プロコン出場チームが最初に開発したもので、第27回高専プロコン(2016年)の課題部門で、最優秀・文部科学大臣賞、情報処理学会若手奨励賞を受賞し、第7回ものづくり日本大賞(内閣総理大臣賞、2018年)も受賞しました。ものづくり日本大賞は、2年間の間に文部科学大臣賞を受賞したチームから1チームだけが選ばれる賞で、工学系の学生にとって最高の栄誉になります。
ものづくり日本大賞の受賞からはじまった、重機の遠隔操縦
―高専生が「シンクロアスリート」を開発したとは、すごいですね!
もともとは、学生チームが「木製のジェットコースターをつくって学園祭でお客さんに乗ってもらいたいので、学校の駐車場スペースを貸してほしい」と申し出てきたのが始まりです。彼らはきっちりと強度計算し、設計・加工・組み立てを行って、完成させる自信があって提案しているわけですが、さすがに事故のリスクを考えると、「いいよ」と答えるわけにはいきません。
結局、そのチームはジェットコースター搭乗時に見ることのできる景色をCGで作成し、3台のプロジェクターで大きな白いカーテンに投影しました。そして学習椅子を自動車用の電動ジャッキ2台で動かし、2自由度でピッチとロールの動きを実現。扇風機も制御して顔に当たる風の強さも変化させていました。このシステムは学園祭でとても評判になり、私も乗ってみましたが、没入感がすごく、素晴らしい出来栄えでしたね。CGの計算だけで1週間以上かかったと聞いています。
そこまでできるなら、「もう少しお金をかけて、ちゃんとしたものをつくって、高専プロコンに出してはどうか」と提案したんです。学生チームは、重力補償機構を組み込んだ、電動モーションシミュレータをわずか半年で新規設計・開発しました。
HMDは当時まだありませんでしたので、段ボールとスマホでVRゴーグルをつくって代用。アプリケーションはUnityで開発。ピッチ・ロールのほか、ヒープ(上下動)が実現できるよう、モーションシミュレータは3自由度としました。つまり、「船の揺れが正確に再現できる」ことになります。そこでカヌー協会に協力いただき、御岳渓谷の公式競技場で最初のコンテンツを制作しました。
―これまでの成果や、今後の可能性についてお聞かせください。
去年の夏には、JOC(日本オリンピック委員会)の依頼で、大倉山のサマージャンプのコンテンツを作成。シンクロアスリートを1台貸し出し、JOCミュージアムで夏休み中、展示されました。普通の人は体験すらすることが困難なスポーツだということもあるのでしょう。このサマージャンプは現在一番人気のコンテンツになっています。
現在は、熊谷組と協力して、災害現場での2次災害を防ぐため、シンクロアスリートを使った無人重機の遠隔操縦システムの開発を行っています。
熊谷組と協力するきっかけになったのは、実は、ものづくり日本大賞の授賞式となった首相官邸でのレセプションです。そこではシンクロアスリートを展示して、当時の安倍首相ほか、閣僚の皆様に乗っていただいたのですが、東京高専の隣が熊谷組の展示スペースでした。熊谷組は重機の遠隔操縦システムで受賞していたのですが、その際、「動きを体感できるシンクロアスリートを応用すれば、面白いものがつくれそうですね」と話が進み、共同研究が始まったんです。
今も共同研究は続いています。最初はシンクロアスリートに操縦桿を取り付け、重機の傾きや振動をオペレータが体感できるようにしただけでしたが、今は瞬時に遠隔操縦する重機を乗り換え、1人で何種類もの重機を使い分けることができるようにしたり、世界中の災害現場に一瞬で駆けつけ、重機を操縦して復旧作業をすることができるようにしたりと、開発を進めています。まさに、土木作業のDX化です。
学生がものづくりに集中できる環境を整備
―松林先生の教育方針について教えてください。
座右の銘は「自主性は放任では育たない」です。自主的に成長できる環境を用意することに注力しています。高専に集まる学生は「技術者になって、ものづくりをしたい」という強い目的意識を持って入学してきます。そこで、放課後に自由にものづくりができるよう、組み込みシステム開発電算室(組み込み電算室)を整備しました。
この電算室は、アイデアをすぐに形にできることを目標に環境が整えられています。パソコンは50台用意していますが、すべてデュアルディスプレイです。またすべての机にはI2CやSPIなどのシリアル通信も解析できる多機能なオシロスコープ、FG、デジタルマルチメータ、電源、そのほかの計測器や、工具がそろえられています。隣の準備室には、抵抗などディスクリートなパーツや各種ケーブルをそろえており、学生は自由に使うことができます。半田付けももちろんできますし、基板加工機やレーザー加工機、3Dプリンタなども備えられています。
電算室は、授業でももちろん使いますが、放課後になると、「組み込みシステム開発マイスター(以下、マイスター)」に参加する学生が、自由なものづくりのために利用。マイスターの学生は、前期に組み込みシステム開発を勉強し、後期は組み込みシステムの作品づくりを行い、発表します。
発表会はYahooとコラボして、「Hack U 東京高専」としてYahoo本社で開催しています。そして合格すればマイスター認定されますが、なんと単位ももらえます。時間割にない授業という感じですが、マイスターは、学生のもの造りの意欲を見たし、伸びる学生をさらに伸ばすという試みになります。ここでつくった作品が高専プロコンで入賞することも多くあります。
また、マイスターの取り組みでは、「学生教育士」制度を導入しています。これはマイスターで優秀な作品をつくった学生が、翌年は講師役として後輩に教える制度です。1年間の指導経験を積むと、「学生教育士」として認定され、単位ももらえます。つまり人に教える力を持つレベルの人材育成も行っているわけです。
もちろん、ただ「講師をやれ」と言うだけではうまく回りません。後輩に教える内容や教材の難易度等、講師役の学生と議論しながら進めることで、良質な教育環境をつくっていきます。
つまり、アイデアをすぐに実現できる良質なハード面での環境と、教員が放置することなく適度に干渉するソフト面での環境の両方を整えることで、自主的に成長できる学習・教育環境が完成します。
マイスターや学生教育士は、高専プロコンやディープラーニングコンテストで活躍しています。高専プロコンでは、過去14年間連続入賞しており、その間の優勝回数は10回。高専プロコン全部門制覇も2回達成する強豪校になりました。ディープラーニングコンテストで優勝した学生は、賞金でベンチャー企業を創業しています。
―次なる研究テーマは何をお考えですか?
東京高専でドローンを使った研究を活性化させたいと考え、その環境構築のためドローン国家資格の検定審査員の資格を取得しました。今年から希望学生に教習・検定を始めています。
現在、研究室ではボブスレーコースのデジタル化に取り組んでいます。日本では長野五輪でボブスレーコースができましたが、維持費が高いため氷を張るのをやめてしまいました。つまり、日本のそり競技の選手は海外で練習せざるを得ないのです。そこで、ドローンで上空からデータを取得することで世界中のコースのデジタルデータをつくれれば、選手がイメージトレーニングに使えると考えています。
今後は高専間で連携し、ドローンを使った教育研究を進める予定です。上空から広い面積のデータを取得できることを生かすことで、ボブスレーだけでなく、農業や物品の運搬に関する研究などさまざまな応用が期待されています。
―高専生の印象やこれから高専を目指す学生へのメッセージをお願いします。
高専では、技術者になりたいという目的意識の強い学生が学び、ものづくりの技術を学んでいます。ものづくりを楽しみながら学んでもらえれば、就職・進学は自由になる学校です。就職においては、有名企業からベンチャーまで幅広く求人があります。しかも大卒・院卒と同じレールにのる総合職としての採用がほとんどです。進学は主に関東の国立大に編入学。ファンドを得て起業することも可能ですね。
高専教員も学生サポートに熱心なので、ものづくりが好きな学生にとって天国のような学校です。高専での経験は就職や進学に大いに役立ちますよ。
松林 勝志氏
Katsushi Matsubayashi
- 東京工業高等専門学校 情報工学科 教授
1987年3月 山梨大学 工学部 精密工学科 卒業
1989年3月 山梨大学大学院 工学研究科 修士課程 精密工学専攻 修了
1989年4月 浜松職業訓練短期大学校 自動機械科 講師
1991年4月 東京工業高等専門学校 機械工学科 助手
1997年4月 同 講師
1999年5月~2000年4月 文部科学省 在外研究員(英国University of Dundee)
2001年10月 同 助教授
2005年3月 学位取得 博士(工学)
2006年4月 同 情報工学科 助教授
2007年4月より現職
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