北九州高専は、過去に3度の全国優勝経験もあるロボコンの常連です。社会実装も積極的に取り組む、久池井先生に話を伺いました。
赴任して初めて触れたロボット
―久池井先生ご自身も北九州高専出身ですよね。教員を目指した経緯を教えてください。
高専に学生として通っていたころは、勉強がとても嫌いでした。授業に身が入らなくて、自分が働いているビジョンがいまいち持てなかったんです。

当時はほとんどの学生が就職していました。進学するのはクラスに1人か2人。「高専の世界しか知らないままメーカーで働くのは嫌だ」と、本科2年生のときにはすでに進学を決めていましたね。
卒業後、九州工業大学に3年次編入しました。九工大の同窓生とは今もよく連絡を取っています。
大学生になったら研究に打ち込んだかというと、そんなこともなく(笑)。予備校でアルバイトを始めたところ、授業が好評でコマ数がどんどん増えていったんです。200人以上入る教室なのに立ち見が出るほどの人気で、コマあたりの単価も上がり、年齢でなく実力で評価してくれることが刺激的でした。
ついには最低限の授業だけ出て、昼夜構わず働いていましたね……。僕が博士課程に進むとき、願書受付の事務職員から「指導教員に相談した?」と言われたくらいですよ(笑)。
―今の先生からは想像もできません! 北九州高専はロボコン全国制覇を3度達成していますが、先生は学生時代からロボットが研究対象だったんですか?
いえ、ロボットに触れたのは赴任してからです。元は粉体工学専攻。博士課程在学中に、北九州高専の恩師に「教員として戻ってこないか」と誘われて入職しました。ドクター取得後に海外で武者修行するつもりが、母校だからと思ってお引き受けしたのです。

戻ってきてすぐ、所属研究室の先生に「ロボコンしませんか」と言われて。ロボコンは私が高専にいた4年時に始まったばかりで、何をしているのか詳しくは知らなかったんです。入職したころには最盛期を迎えていて、非常に盛り上がっていました。
機械工学科出身とはいえ、ロボットを扱うのは初めてです。環境も整っておらず、わずかな予算からドライバーと床に敷くブルーシートを買うところからスタートして、日夜格闘していましたね。
ただ、最初に所属したのは、学生の問題が山積みの研究室。時間になっても学生がこないことがありました。今どこにいるんだ、と電話したら「海です」と言われたり、図面を描かずに部品をドリルでいきなりあけて現物合わせしたり。呆れるばかりでしたね。
諦めずに自ら作業を続けていたら、次第に学生たちが活動に来るようになりました。背中で語る教育です(笑)。そうして半年後には九州地区の大会で優勝できたんです。全国大会にも参加し、アイデア賞を受賞しました。茶髪、ピアス……そんな学生たちだった。
彼らが「半端教師」とご丁寧な刺繍を背中に入れたおそろいのツナギをくれたんです。一緒に着ていたら、当時の校長に怒られました(笑)。
彼らが卒業式のときに寄せ書きのはっぴをプレゼントされて、「先生が生き方の道しるべになった」「高専5年間で変わったことは、先生と出会ったこと」と書いてくれていて、すごく嬉しかったですね。少し歳の離れた兄のような存在だったのでしょう……(笑)。
―アツいお話ですね(笑)。現在のロボコンチームはどのように運営しているのでしょうか。
最初に受け持った学生たちを育ててから「モノづくりは人づくり」を意識するようになりました。
今ではできるだけ学生に任せて、自主性を重んじるようにしています。「Abouters, Inc.(あばうたぁ~ず)」というバーチャルカンパニーの形にして、トップは社長と呼び、副社長その下に各部を構成しました。このやり方で20年ほど続いていますね。
―人と人とのつながりを大事にする先生だからこそ、企業との研究も多いのかなと思いました。最初のきっかけは何だったのでしょうか。
これまで、医療・農業・介護……様々な分野に取り組みました。変わっていると思われますが、自分としては目の前に出てくる社会的課題をひたすらに解決しようとしただけなんです。

最初は文科省の大型プロジェクトに参加させてもらったことでした。うちは画像処理プログラムを担当しましたが、実は初めて挑戦する領域でした。新しい物事に取り組めるのは、人の縁があってこそですね。
そして、プロジェクトのヒアリングで言われたことは、研究活動の原点になっています。「高専にそんなポテンシャルはないでしょ。」審査員のイヤミと文科省官僚の哀れみの目…、今でもしっかり覚えています。大人になってそんなことを言われるとは思っていなかったので、さすがにムカつきました……(笑)。「高専だからできる!」ということを証明したくて邁進してきたかもしれません。
高専には高専の戦い方がある
―高専が企業と協働することについて、メリットとデメリットをどうお考えですか。
大学と同じ土俵で戦っても勝てない、と思います。割ける人数やお金、時間は劣りますが、中小企業と協力した社会実装や、細かい部分への応用は高専のほうが小回りが利きます。なにより、研究と教育が両輪で回せることが高専のメリットです。
高専の問題は時間がかかること。資金を提供する以上、企業は効果を求めます。そこで、久池井研は「実装の速さ」を大切にしました。学生でも2つ3つのタスクを並行して進めているんです。より研究の効率を上げるために、研究室には研究員2名、技術補佐員2名、外国からの研究員2名、事務補佐員1名を雇っています。

研究環境を整えることは、学生の教育環境を整えることです。優秀な学生を育てるためには必要だと考えます。全国の意欲ある高専教員の元に行って、外部資金獲得の相談に乗ることもありますよ。
―今後のビジョンについて教えてください。
北九州市を日本一のDX(デジタルトランスフォーメーション)都市にしたいですね。企業経営者向けのセミナー「第4次産業革命・エグゼクティブ・ビジネススクール」に関わった経験から、様々な企業でこれからのデジタルものづくりのあり方を伝える機会が増えました。
そこで、経営者層のマインドセットのためのビジネススクール、高専をメインとした次世代へのシステムインテグレータ教育、さらに小中学生向けの体験型ワークショップができる施設をつくれないか、北九州市とともに構想中です。
都市と工場と住宅地のバランスが良い北九州。世界で負けない、スマートシティになれるのではないでしょうか。
久池井 茂氏
Shigeru Kuchii
- 北九州工業高等専門学校 生産デザイン工学科 知能ロボットシステムコース 教授

1990年 北九州工業高等専門学校 機械工学科 卒
1997年 九州工業大学大学院 工学研究科 博士後期課程 設計生産工学専攻 単位取得退学
1997年 北九州工業高等専門学校 制御情報工学科 助手
1999年 同 講師
2004年 同 助教授
2007年 同 准教授
2014年 同 教授
2015年 北九州工業高等専門学校 生産デザイン工学科 知能ロボットシステムコース 教授
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