宇宙飛行士の若田光一さんに憧れて進学した九州大学で、研究と教育の両立のために高専教員になることを決意したという佐々木大輔先生。現在の研究内容や、2024年3月に初の開催となった佐々木先生主催の高専マテリアルコンテストへの想いなど、さまざまなお話を伺いました。
宇宙飛行士という夢を追いかけて、教員の道に
―九州大学への進学を決めた理由は何だったのでしょう。
実は、宇宙飛行士になるのが夢だったんです。当時、調べてみると、宇宙飛行士として宇宙に行くには、医師として行くか、エンジニアとして行くかの二択でした。母が検査技師だったこともあり、医学部へ進んでいずれは宇宙飛行士になろうと考えていました。
ただ、高3のセンター試験で失敗して、医学部への進学が厳しかったんです。それで、エンジニアとして宇宙飛行士になる方針に変えました。九州大学の工学部 機械航空工学科はセンター試験よりも二次試験の配点が高く、さらに宇宙飛行士の若田光一さんがご卒業された学科だったこともあり、そこへ進学しました。
宇宙飛行士は今でも目指しており、2021年から募集が行われた宇宙飛行士選抜試験にも挑戦しました。結果はダメでしたが、また試験が実施された際には挑戦したいですね。宇宙旅行でも良いと考えているので、どういう形でも、いずれは宇宙に行けたらうれしいです。
―進学後、どのような大学生活を送っていましたか?
大学ではまとまった時間ができるので何か新しいことを始めてみようと思い、マンドリンクラブに入りました。学部時代はマンドリンクラブでの活動にかなり専念していました。
ところが、大学3年生になり、卒業も近づく頃、若田光一さんに憧れて九大に来たはずなのに、マンドリンに明け暮れて何も身についていないことに気づいたんです(笑) 最後くらいは真面目に勉強しようと思い、当時の工学部の中でハードだと噂だった材料強度の研究を行う研究室に入りました。
この研究室は「自分で考えること」を重視しており、私自身も大きな影響を受けました。今も教員として、学生には「まずは自分で考えて決断する」というスタンスを教えています。当時お世話になった先生方のアカデミアを切り開く姿勢や、後進を育てようとする姿は、今でも私の教育の根幹を成しています。
―教員になろうと思ったきっかけを教えてください。
博士課程に進んで3ヶ月くらい経った頃、寝食を惜しんで研究に熱中するような方々を目の当たりにして、自分はそこまではできないと気づいたんです。自分は研究だけでは生きていけないと悟りました。ただ、研究室の後輩や学生を教える機会が多く、人に教えること自体は好きだったため、そのためなら積極的に勉強ができるとも感じました。
そこで、研究と教育が共存している環境を考え、たどり着いたのが高専教員でした。授業で学生に教えることで、自分の学び直しにもなり、それが研究のヒントにもつながる——そのような環境に身を置きたいと思い、高専教員を志しました。
疑って、実際にやってみることが研究のタネになる
―高専の教員に着任し、新たな環境での生活はいかがでしたか。
2015年10月に石川高専で働き始めました。当時はまだ博士課程を修了しておらず、同時期に結婚式を挙げることも決まっていたため、授業の準備、博士論文の執筆、結婚式の準備と、タスクが多くて本当に大変でした(笑)
着任後は、予想通り、高専生のものづくり力の高さを感じました。とはいえ、やはり大学生に比べると年相応の幼い部分もあり、学生を精神的に大人に育てることも、高専教員としての仕事の1つなのだと思いました。
また、石川高専の機械工学科の学生たちは機械工学に関する高い知識や技術を持っていましたし、2年後に久留米高専に着任した際も、材料システム工学科の学生が、材料に関する知識を私よりも持っているケースがあり、驚きました。
高専全体に言えることですが、この高専生の知識量の多さや技術力の高さに、学生自身があまり気づいていないのではないかと思います。これはとてももったいないので、学生たちの能力を伸ばしつつ、その価値についても広く発信していきたいですね。
―現在の研究内容について教えてください。
主に以下の3つの研究に取り組んでいます。構造物の補修研究、水素エネルギー社会に向けた水素脆化研究、そして構造材料の衝撃特性に関する研究です。
まず、1つ目の構造物の補修研究は、橋や新幹線の台車などの機械構造物の簡易補修方法を考える研究です。これは「誰が喜ぶのか」に着目して生まれた研究でした。
以前、研究費の助成金に申請しても、研究が社会にどのように役立つのかを説明できず、不採択になることがよくありました。そこで、自分の研究分野に関係のある「補修技術」をテーマに、国土交通省が出しているネット上の資料やニュース記事などを徹底的に調査しました。そこでわかったのは、例えば田舎の川に架かる橋を1つ直せば、経済効果は非常に小さいけれども、確実に喜ぶおばあちゃんがいる、ということです。
この「誰が喜ぶのか」という考え方を身につけたことは大きな転機だったと思います。実際に「誰が喜ぶのか」を考えるようになってからは、研究の効能について以前より明確に説明できるようになり、助成金も通るようになりました。
今後、少子高齢化に伴う人手不足や技術の複雑化は避けられない問題です。そのような中で、補修の簡易化が解決策の1つになると考えています。誰でも簡単に補修や管理ができるようになれば、人々の安心・安全を守るだけでなく、日本の工業自体も発展していくと考え、この研究を続けています。
―ほか2つの研究のきっかけは何だったのでしょうか。
水素脆化研究と構造材料の衝撃特性の研究に関しては、「それは本当なのか? と疑って、実際にやってみる」ことを重要視したのがきっかけでした。材料工学の分野では、教科書通りに処理をしても、思った通りにいかないことが多くあります。そのため、「先行研究の論文で書かれていることは本当なのか?」という疑問から研究のタネがどんどん生まれています。この2つも例外ではありません。
まず、水素エネルギー社会に向けた水素脆化研究についてです。日本は水素エネルギーを推進していますが、水素インフラの整備に非常に予算がかかるため、なかなか普及させるのが難しいという現状があります。
例えば、水素が燃料の燃料電池自動車(FCV)が注目されていますが、水素ステーションの整備が課題です。通常のガソリンスタンドの場合、およそ1億円強で建設できますが、水素ステーションの場合は4億円から5億円ほどかかります。そのため水素ステーションはいまだ全国に160ヶ所程度しかありません。
そこで今、現在規制されている安価な材料を工夫して、水素ステーションでも使えるようにすることで、安価に水素ステーションを増やせないかという取り組みが進められています。
その構造材料の1つとして検討されている鉄は、水素が中に入ってしまうと脆くなる性質があります。この現象がいまだ解明されていない理由は、鉄の中を動く水素の場所が分かりにくいからです。そこで、私はシミュレーションによって水素が鉄の中のどこにいるのかを可視化するという研究を行っています。
構造材料の衝撃特性の研究については、衝突事故をイメージしていただけるとわかりやすいと思います。日本の自動車は高強度化と軽量化が求められています。しかし、高強度化すると衝撃を吸収しなくなり、高強度化と衝撃吸収をどのように成立させるのかが課題です。これを解決すべく、主導で研究を行う物質・材料研究機構の先生から依頼を受け、共同で実験を行っています。
―研究活動における今後の目標を教えてください。
「幸せに結果を出す」ことです。久留米高専に着任して2年目に、外部から研究資金を獲得できました。3年目も資金を獲得でき、学内では一番額が大きかったと思います。資金獲得を目指して、実際に獲得して、研究で成果を出す、当時はこのプロセスに楽しさを感じていました。
ただ、社会への還元や学生の育成を目標に始めた研究のはずが、数字を追い続けるなかで、「これは本当に自分がやりたかったことなのか?」と疑問が湧いてきたんです。当時はかなりのタフワークで、エナジードリンクを1日6本飲むような生活をしていました。当然、家族との時間もありません。
仕事や研究に打ち込むことには相応の楽しさもありましたが、今後振り返った時に、「あの時、働かずに子どもとご飯を食べていたらよかった」と後悔するのはあまりに残念だと考えを改めました。今は、公私共にバランスをとって、なおかつ社会に還元できる結果を出していく、というのが当分の目標です。
マテコンのキーワードは「ワクワク」と「おもしろさ」
―佐々木先生主催の高専マテリアルコンテストについて教えてください。
今年の3月に、第一回高専マテリアルコンテスト(以降、マテコン)を開催しました。第1回は「鉄の強靭化」をテーマに、高専が持つ豊富な設備を活用して、高専生に「衝撃に強い鉄」をつくることに挑戦してもらいました。
材料工学では、たびたび予想のつかないことが起こります。教科書通りのプロセスを踏んでも、必ずしもうまくいかないことがあり、不思議でおもしろい分野です。材料が変な壊れ方をしたり、良い特性が出たりすると、学生、先生、研究者、エンジニアなど、立場に関係なくみんながおもしろがってくれます。
私は高専で教員をしていて常々、高専の環境や高専生はすごいし、日本の工業には欠かせない存在だと思っています。高専や高専生はおもしろいし、材料工学もおもしろいし、その周りの人たちもおもしろい——マテコンの開催は、元は材料システム工学科の認知向上が目的だったのですが、今はこのおもしろさをしっかり伝えられればと考えています。
また、マテコンでは、高専や材料分野と、中学生とのマッチングも期待しています。普通、中学生は、自分のやりたいことが決まっていない限りは、自分の偏差値に合った高校、大学へと進学していきます。しかし、大学の先生方の中には、「ものづくりや工学に特化して学んできた高専生が欲しい」という声も多く聞かれます。中学生の頃から受験勉強に多大な時間と労力を費やしてきた子どもたちが報われないのは、不自然だと感じました。
そこで、早い段階から高専や材料分野の魅力を伝え、興味を持ってもらえる機会を設けようと考えました。子供が見て、おもしろいと思えばそれが新しい道を開くでしょうし、もし合わないと感じれば、その選択肢を除外することができるでしょう。そうして自分の進路をより明確にしてもらえることが、中学生やその保護者、高専、さらには学術の世界にとっても有益なことだと思っています。
―開催にあたって苦労したことはありますか?
企画立案には非常に苦労しました。実は2回、企画を潰しています。最初は材料の特性を生かしてロゴをつくるという企画で、学生と一緒に試作品をつくり、他の先生や検討会の委員の方に見てもらったのですが、内心「あまり高専らしさがないし、つまらないな」と感じていました。
その後、「自分は何にワクワクするのか?」という原点に立ち返ってみたんです。すると、普段の実験・実習で、ものの壊れ方の違いが見られた時に楽しさを感じていたことを思い出しました。学生も同様に楽しそうにしています。そうして、実験・実習の楽しさを感じられるような企画に決定しました。
―高専マテリアルコンテストは、今後どのようなコンテストになってほしいですか。
正直に話すと、コンテスト自体は大きくスケールしてほしいとは思っていません。毎年15ほどの高専が入れ替わりで参加してもらえたらと思っています。
第1回開催時には、分野の有識者の方にも多く来ていただき、学生とも近い距離でフランクに話している姿が見られ、良い空間だと感じました。この環境を維持していくために、近いコミュケーションを取れる距離感を保っていく必要性を感じています。
また、私が初めて高専に着任した8~9年前には、「高専ロボコンで良い成績を収めた高専生を見て、石川高専の機械工学科を選びました」と言ってくれる学生がいました。同じように、マテコンを見て久留米高専の材料システム工学科に来ました、という学生が増えたら、とても嬉しいことだと思います。
参加する学生には、材料工学は楽しいものだと思ってもらえたら嬉しいですね。マテコンを通して、高専と材料の多様性とおもしろさを感じてもらえたらと思います。
―最後に、現役の高専生や、高専を目指す中学生へメッセージをお願いします。
高専生に関しては、焦らずに、興味のあることをじっくりと見つけて、全力で取り組んでもらえたらと思います。高専生が踏み出す一歩は、それがどんなに小さくとも、非常に価値のあるものです。皆さんの勇気ある一歩に期待しています。
高専を目指す中学生の方には、高専には皆さんが頭の中に思い描いた夢をものにできる環境が揃っていると伝えたいです。皆さんの「これができたら楽しそう!」を、高専という環境で、ぜひ実現してみてください。
佐々木 大輔氏
Daisuke Sasaki
- 久留米工業高等専門学校 材料システム工学科 准教授
2007年3月 私立高槻高等学校 卒業
2011年3月 九州大学 工学部 機械航空工学科 卒業
2013年3月 九州大学大学院 工学府 機械工学専攻 博士前期課程 修了
2016年3月 九州大学大学院 工学府 機械工学専攻 博士後期課程 修了
2015年10月~2017年9月 石川工業高等専門学校 機械工学科 助教
2017年10月~2024年3月 久留米工業高等専門学校 材料システム工学科 助教
2024年4月より現職
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