
外資系企業で培ったファイヤーテクノロジー(防耐火)の研究から博士号取得し、その後小山高専へ転進して、学生時代からの憧れだった教職の夢を実現した大和征良先生。企業経験のキャリアを生かした「キャリア支援」と「国際交流」で、グローバル人材の育成を目指す大和先生にお話を伺いました。
大学入学の前年に見た阪神淡路大震災で「耐震性」に興味
―大学・大学院で耐震構造の研究を選ばれた理由をお聞かせください。
建築デザインの設計を仕事にしている親戚がいて「建築設計の世界もいいなあ」との憧れから、大学は建築学科へ進みましたが、大学1、2年の専門科目で「デザインや設計の分野はセンスがないなあ」と感じました(笑)。

そもそも、大学入学の前年(1995年)に阪神淡路大震災があり、地震でビルや構造物の多くが損壊する映像を目の当たりにしたことで、「建物や橋梁(橋)の耐震性」について興味を持ち、「この分野を学んでみたい」という考えが芽生えていましたね。
そんな時、大学で耐震・構造分野で活躍されていた広沢雅也先生と出会うことになります。
その頃、広沢研究室では、解体が決まっていた埼玉のとある小学校の校舎を活用して実大実験を行うという大実験プロジェクトを遂行しており、「ぜひ関わりたい」と参加しました。

実験は非常に興味深く、その実大実験から今後の研究の基礎を学べたので、参加できたことは幸運でしたね。卒業後はRC(鉄筋コンクリート)構造の実験的な研究をより深めたいという思いもあって、RC構造の柱の実験的研究を行う東京都立大学RC構造研究室の芳村学先生のいらっしゃる大学院へ進学しました。

学生時代は、とにかく研究・実験に没頭しました。特に鉄筋コンクリート柱の崩壊の過程を実験で再現する実験的研究にのめり込み、RC構造、耐震については、自分の思った研究ができたと感じます。指導いただいた両先生への尊敬と憧れもありましたが、いい出会いと、運やタイミングに恵まれた学生時代でした。
そして、大学院卒業後は一般社会で社会人経験を積みたいと考えました。ドクター(博士課程)への道も選択肢でしたが、広沢先生が建築研究所で働きながら工学博士を取得され、大学教授になられたこともあり、先生のような幅広いネットワーク、見識の深さを備えた姿への憧れによるところが大きかったと言えます。
就職先の外資系建材(ファスニング)メーカーで博士号を取得
―企業に在籍しながら博士号を取得できたいきさつをお聞かせください。
これもご縁ですが、就職活動中、たまたま日本ヒルティという外資系建材メーカーの役員から耐震関係の人材が欲しいという話があったんです。ちょうど広沢先生と親しい方でしたので推薦いただき、同社に就職が決まりました。
同社は耐震補強等で使う建材の開発、製造、販売を行う、ファスニング(留め付け)に特化した会社です。研究開発を希望していましたが、営業・技術営業・研究開発・マーケティング・経営企画戦略まで幅広く経験できたことは、その後の大きな財産となりました。

入社後3年半経過したところで、ファイヤーテクノロジー(防耐火)の商品化に取り組むことになります。この分野は素人でしたが、新しい専門分野に足を踏み入れたことで、実はその後の博士(工学)取得の道筋が生まれたのです。
ファイヤーテクノロジーという分野は国内でも珍しく、いつの間にかこの分野の専任となり(笑)、社内で防耐火の話となると、すべて私のところに話が来るようになりました。「広沢先生の道と同じく、働きながら博士(工学)取得への道に進めるのではないか」とチャンスをうかがうようになりましたね。
そして、耐震補強で一般的に使用される、接着系あと施工アンカーの部材接合の技術についてはファイヤーテクノロジー(火災時、火災後)が課題だったのですが、学協会活動や研究交流会でお世話になっていた東京理科大学の池田憲一先生から防耐火の設計についてご教授いただき、ここで「働きながらドクターをとりたい」というニーズとタイミングが同時に巡ってきました。

外資系企業は日本企業と違い「言われたことだけの仕事の成果では評価しない」「自らキャリアを築いて、仕事を探す」「会社に貢献し変革していく」ことが評価の対象です。今までにない提案をきちんとプレゼンすれば認めてくれる会社でもあり「ここはチャレンジだ!」と意気込みましたね。
「必ず会社の今後の新しいビジネス構築に役立ちます」と自らストーリーを描き、チャンスを得て会社を説得したことで、社長(スイス人)の許可がもらえました。偶然ですが、こうして在籍しながらドクターへ進む道を会社に認めてもらえたのです。

現在、高専で大学編入や就職などといった学生のキャリアに携わりながら感じることは、最近日本企業でも求める人物像に「ユニーク性」、「自発的で会社や大学を変革できる」、そういう人材が求められているようです。外資系でのこうした経験を学生たちにも伝えていければと思います。
企業研究者から高専での教育者の道へ
―会社を辞めて小山高専で教職の道へ進まれたきっかけは何ですか。
長年、憧れの存在であった広沢先生は、一般社会での経験を積まれ、52歳の時に大学の研究・教育職に転職されていました。憧れを抱くと追いかけてしまう性分ですので、「私も一般社会で経験を積んで50歳前後で教育・研究の道へ転職する」ことを思い描き始めます。
実は大学で建築学の他に「教職(数学教育・工業教育)・学芸員課程」も学びました。中学、高校の時にあった職業適性検査で、「科学」と「教育」に大きな適正判定が出て、興味・関心の方向性が高かったことが理由です。
そんな時、高専教員の話をいただきました。5年後、10年後を見通したとき、会社での研究を、形を変えて、高専でも継続できそうだと考えました。そして、企業時代のネットワークも教育研究に生かすことが出来るのではないかと、「ご縁やチャンスを生かし、憧れの先生を実現させたい」という思いを強くしたのです。
そのような人生設計を思い描きながら「いつか教職へ」という気持ちを持ち続けてきました。1年半ほど前になりますが、小山高専の建築学科に教職として採用となり、新たな教育・研究の道が始まったというわけです。

―教育方針や高専で力を入れている活動について教えてください。

教育方針としては、「常にチャレンジ・変化することをいとわない、変化に柔軟に対応できる人間力を培うこと」、「自発的に勉強し、常に目標とビジョンを持って取り組むこと」、そして「個々の個性・長所・特性を伸ばしていくこと」です。
自らチャレンジしていくことを示して、アクティブラーニングや探求型の学びを授業に取り入れ、優れた人材や能力と創造性を育成し、主体的、対話的に深い学びを行います。解決困難で解答のない課題への解決能力の育成と忍耐力を培うことを念頭に、教育活動を推進しています。

以上のような教育活動を推進するため、「キャリア支援」と「国際交流」に力を入れています。グローバルで活躍できるコミュニケーション能力と発信力を養い、「どのように日本や世界に貢献して、日本の建設業界の変革に寄与していくか」を発信することをモットーとしています。
ただ高専に所属となってまだ1年半です。いまだにアクティブラーニングや探求型の授業の展開については十分に行うことができていないのが現状ですので、キャリア支援や国際交流に力を入れながら、さらに授業の工夫をしていきます。

今後は、自らも国際的な研究における発信も行いながら、わが国はもちろんのこと、海外の大学や性能評価機関などと共同研究等を推進します。また、外部資金を獲得して研究留学を行い、国際交流の推進にも積極的に貢献していきたいと考えています。

―これから高専を目指す学生へメッセージをお願いします。
高専生は、非常に優秀で礼儀正しい学生が多いと感じます。また、高専は教育研究が推進しやすい環境、そして、より実務や実用的なところを念頭に置いた教育研究ができるという点が大学とは違うところでしょうか。

一方で、高専生は「個性豊かな学生が少ない」、「真面目でいい学生だがユニーク性に欠ける」という面もあります。興味のある分野はどんどん追求して欲しいですね。社会が求めている「こいつは何かやってくれそうだ」というような人材も育てていきたいと思っています。
高校時代は尚文昌武(文武両道)の進学校でした。そこでの伝統で培われたものですが、強制的に勉強等をさせることはあまり好きではありません。学生自らモチベーションを高め、ある分野においては教員を超えるような、そんな人材になって欲しいと思います。

高専は通常の高校と違い、5年間という教育課程の中、ユニークなことにチャレンジする余裕と時間が比較的あるのではないでしょうか。指導の中で、モチベーションを高める流れもつくりたいと思います。とにかく日々チャレンジ(challenge)&チェンジ(change)していきましょう!
大和 征良氏
Seira Ohwa
- 小山工業高等専門学校 建築学科 准教授

1994年3月 埼玉県立浦和高等学校 普通科 卒業
2000年3月 工学院大学 工学部 第1部建築学科 建築学コース 卒業
2002年3月 東京都立大学大学院 工学研究科 建築学専攻 修士課程 修了
2002年4月 日本ヒルティ株式会社
2016年3月 東京理科大学 国際火災科学研究科 火災科学専攻 博士課程 修了
博士(工学)取得
2021年4月より現職
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