八戸高専を卒業し、現在は母校で教壇に立たれている山本歩(あゆみ)先生。一般企業に就職された山本先生は、なぜアカデミックの道に戻られたのか。学生と一緒につくり上げた清酒とは。高専時代の思い出や、現在の研究について伺いました。
兄が通っている八戸高専に進学
-八戸高専に進学を決めたきっかけは?
4つ上の兄が八戸高専の土木工学科に通っていたんですよ。「進学も就職も選べるし、理系が好きなのであれば楽しい」と聞いていましたし、実際兄が楽しそうにしていたことがきっかけになりました。
同じころに、地方紙に八戸高専の佐々木有先生が「マウスを用いてDNA損傷を多臓器で検出する方法を開発した」という記事も掲載されていて。もともと昆虫や魚に触れる機会が多く、生物が好きだったので、その記事に感銘を受けて物質工学科に入学しました。
憧れの佐々木先生の授業で、留年ギリギリから脱却
-八戸高専での生活はいかがでしたか?
物質工学科は低学年のうちは生物科目がほとんどなくて(笑)。苦手な化学分野ばかりで、勉強に対するモチベーションもなくなってしまいました。
スイッチが入ったのは4年生からで、生物科目が増えて成績も上がりました。佐々木先生の「遺伝子が働く仕組み」や「DNAの構造」の授業が面白かったのですが、低学年の時の成績が尾を引いて、あまり理解はできませんでした。
卒研では佐々木先生の研究室に配属されて、マウスやラットを使い実験をし、「化学物質の遺伝毒性評価」に取り組みました。それまでは微生物を用いて評価されていた化学物質の遺伝子に対する毒性を、「よりヒトに近い動物で毒性を調べることができる」ということで、すごく注目されていた分野だったんです。この研究が僕のルーツになっていますね。
-山本先生は山岳部に所属していたんですね。
最初はバスケ部に入っていたんですが、腰痛が悪化して1年弱で辞めました。2年生からは山岳部に所属して、白神岳や鳥海山に登りました。20㎏ほどの荷物を担いで、校内の階段を昇り降りしてトレーニングしたことをよく覚えています。白神岳は頂上に着いたときに、霧が濃くかかっていて何も見えなくて(笑)。それも含めて良い思い出ですね。
「DNAの損傷や突然変異をもっと研究したい」と東北大学へ
-その後、弘前大学に進学されているんですね。
就職と迷いましたが、専門科目の面白さが分かり始めたときだったので、進学を選びました。ちょうど弘前大学に「農学生命科学部」といって、理学部の生物系と農学部が合体した学部が出来たので、「面白そう」と思って。
大学でも遺伝子の研究をしました。中国に生息している形態が似ている3種類の「サンショウウオ」について、同種なのか別種なのか学者間での見解が異なっていました。それを遺伝子レベルで同種なのか、別種なのか調べる研究をしました。
その時に初めて「DNAの塩基配列を解析する」ということをしたんです。初めて「DNAの抽出・精製やDNAシーケンサーを用いた遺伝子情報の解析、つまりATCGの塩基配列の解析」ということをして、塩基配列に着目した研究ができたことは嬉しかったですね。
研究の面白さがより分かり、その時に「高専の時にしたDNAの損傷や突然変異についてもっと研究したい」と思ったんです。もともと修士までは進むつもりだったので、高専時代に参加した学会の要旨集を見て、DNA損傷や突然変異分野の研究をされている先生を調べてアポを取ったことを覚えています。
恩師の教育への姿勢に感銘を受け、母校で教員に
-それで東北大学院に行かれているんですね。
はい、そこで恩師にも出会いました。学会の繋がりもあり、「佐々木先生の研究室にいたんだね」とお話が弾みました。それで東北大学の山本和生教授・布柴達男准教授の研究室を選びました。
そこで「植物が持っている、紫外線に対する防御機構に関する研究」をしました。主に「イネの光回復」に関しての研究ですね。「紫外線に弱い品種のイネだと光回復酵素の働きも弱く、紫外線に強い品種のイネだと光回復酵素の働きも強い」ということが分かりました。
イネの光回復に関する直接の指導教員である山本和生先生には、研究以外のことでも相談することがあり、いつも冷静に穏やかにアドバイスをしていただきました。
また、布柴先生にもお世話になることが多かったのですが、布柴先生は情熱的で、研究だけでなく教育や学生支援にすごく力を入れられていたんです。その姿をすごく尊敬していて、私の今の高専教員としての在り方の土台になっているんです。
-山本先生は、今は母校にいらっしゃるんですね。
そうなんです。一度食品関連企業に就職しましたが、品質管理で使用するシャーレに入っている寒天の培地を見たら、また研究がやりたくなって(笑)。そこで山本先生や布柴先生、佐々木先生や先輩方に相談して、東北大学に戻って博士課程に進みました。
その後、国立薬品食品衛生研究所にいるときに、母校で生物系教員の公募が出ていることを知って。生物の不思議さや研究の面白さを伝えていきたいと思いました。あとは、自分が学生の時に授業に付いていけなかったので、後輩にはそのような経験をしてほしくないと思い、教員を志しましたね。
家族が一丸となって作り上げた、椿山酵母の清酒「ららら」とは
-研究ではどのようなことをされていますか。
実は本校の50周年記念の時に、桜の花から酵母を取ってきて、オリジナルのお酒を造ったんです。その取り組みを知った中学生の女子学生が、「実家が酒蔵なので、研究成果を酒蔵で活かしたい」と八戸高専に入学してくれたんです。
その学生が、本州最北端の酒蔵として約130年の歴史をもつ「有限会社関乃井酒造」を実家にもつ関淑楓(せきよしか)さんでした。
そのお話を聞いて、「すごく面白い研究になるだろう」と思いました。その後、無事に私の研究室に配属になり、本格的に研究をスタートしました。
それで出来上がった清酒が、椿から分離した酵母を使用した「ららら」です。大黒摩季さんの「ら・ら・ら」を着想に、3つの「ら」の音階に「本州最北端の酒蔵、自生北限地帯である平内町の椿の天然酵母、最北端むつ市で栽培された酒米『銀烏帽子(ぎんえぼし)』」の3つの「北」の意味を込め、関乃井酒造の社長(関さんのお父様)が命名しました。
本州最北端の酒蔵で、自分が研究したお酒を造れば、関さんにとっても、高専にとっても良い社会実装になると思いました。お父様が命名し、お母様がラベルの文字を書き、家族が一丸となったお酒になりました。
研究をスタートした当初は椿の花から酵母を分離したかったのですが、残念ながら分離できず、椿の枝から採取した酵母になったのですが、それが一般的な醸造に使われている酵母と同じ種類のSaccharomyces cerevisiaeだったんです。そこからは共同研究先とトントン拍子に完成まで持っていけましたね。
国際交流に興味がある学生も来てほしい
-先生の今後の展望と、高専生にメッセージをお願いします。
現在は、「ららら」の取り組みから、世界遺産に登録された「北海道・北東北の縄文遺跡群」の縄文時代の地層から有用な微生物を取るような研究を行っています。発酵関連でいくと、校内の椿の花から分離した酵母を用いたクラフトビール開発も行っているんです。もちろん「DNAの損傷や突然変異」がメインの研究ではあるのですが、高専では「商品化」など分かりやすいほうが、学生の興味も掻き立てられるのかなと思っています。
国際交流でいえば、シンガポール(テマセクポリテクニック)との交流を担当し、かれこれ11年目になります。ここ数年はオンラインですが、現地でシンガポールでしかできないような国際自主探究授業も進めています。
高専はいろいろな専門科目を学ぶことができますし、理系が好きな学生にはぜひチャレンジしてほしいと思いますね。ネットで情報を得ることはできますが、ちゃんと顔と顔を突き合わせる機会を作っていくことが、高専生活をより充実させる秘訣だと思います。
いろいろな場面や課題に遭遇していく中で、世界とつながっていけますし、広い視野で課題解決ができると思います。今まで気付かなかった「自分らしさ」にも気付けるので、積極的に外に出てほしいですね。
八戸高専は国際交流に力を入れていますし、シンガポール以外にもさまざまな国と交流がありますので、国際交流に興味がある学生にも来てほしいですね。
山本 歩氏
Ayumi Yamamoto
- 八戸工業高等専門学校 産業システム工学科 マテリアル・バイオ工学コース 准教授
2000年 八戸工業高等専門学校 物質工学科 卒業
2002年 弘前大学 農学生命科学部 卒業
2004年 東北大学大学院 生命科学研究科 修士課程 修了
2004~2005年 食品関連企業 勤務
2008年 東北大学大学院 生命科学研究科 博士課程 修了
2008~2009年 国立医薬品食品衛生研究所 変異遺伝部 博士研究員
2009年 八戸工業高等専門学校 物質工学科(現マテリアル・バイオ工学コース) 助教
2015年より現職
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