舞鶴高専を卒業後、金沢大学で機械工学を学び、博士課程を経て、現在は宇都宮大学の工学部で助教として活躍されている田畑研太先生。専門はロボットによる柔軟物のマニピュレーションの研究です。偶然の選択から始まった研究者としての歩み、そして高専で過ごした5年間が今にどうつながっているのか、田畑先生にお話を伺いました。
偶然と出会いが導いた研究者の原点
―高専に進学されたきっかけを教えてください。
正直に言うと、最初は深い理由なんてなかったんです。中学生の頃はあまり真面目ではなくて、授業もろくに聞いていませんでした。ボクシングにのめり込んでいて、プロボクサーになるという夢を本気で信じていましたね。地元のプロジムに通い、年齢関係なく様々な人たちと練習をしていました。
ある日、日本ランカーの選手とスパーリングをさせてもらったことがありました。それまではボコボコにされても「もっと練習すれば勝てる」と思えていた私でしたが、そのときは違ったんです。怖くて動けず、「あ、俺、この世界では勝てない」と悟った瞬間でした。
それをきっかけに、進路を考え直しました。ただ、サボっていたので成績も内申点も低く、普通の高校は難しかった。そんなとき、親戚の集まりで叔父に「高専に行けばいい」と言われたんです。それで初めて高専という存在を知りました。筆記試験重視なら一発逆転できるかもしれないと、少し変な自信を持って受験したのを覚えています。
―入学後はどのような学生生活を送られたのでしょうか。
入ってすぐに周囲のレベルの高さに圧倒されました。入試の得点もギリギリ合格で、補欠からの入学だったので、自信もなく、途中で「もうやめようかな」と思って泣きながら家に帰ったこともあります。最初に入ったロボコン部もほとんど行かなくなっていました。
でも、一年の夏休みが終わる頃、せっかく入ったんだから何かやってみようと思い直し、再びロボコン部へ顔を出しました。きちんと向き合ってみると、そこで出会った先輩や同級生は本当に個性的でした。夕陽が差し込む実験室で、同級生がパイプに穴を半分だけ開けて陽にかざして、「木漏れ日!」と言ったんです。そんなふうに思いつきをすぐ形にしてしまう人たちが多くて、彼らの感性に強く惹かれました。
―ロボコンの活動が大きな転機になったんですね。
そうですね。部活は体育会系みたいにハードで、放課後は夜まで設計や加工をして、いったんご飯を食べたらまた戻って作業するような生活でした。でもそれが不思議と苦にならなかった。仲間と同じ時間を共有するうちに、自然と続けられていけたんです。

そこから、数学が好きな同級生と仲良くなって、考え方がガラッと変わりました。数学を「点を取るための科目」ではなく、「世界をどう理解するか」を考える手段として見るようになったんです。哲学の授業ともつながっていて、ものごとの仕組みを理解するという点で似ているなと感じました。そうやって苦手意識がなくなり、気づけば成績も上位に入るようになっていました。
―高専時代に影響を受けた先生もいらっしゃるそうですね。
ユング心理学を教えていた垂谷先生は、心理学を宗教や歴史の観点から語る独特な授業をされていました。宗教的背景を踏まえながら、「いま世界がなぜこう動いているのか」を丁寧に説明してくださる先生でした。先生の授業を好む学生たちは「垂谷教」と呼ばれていたほどで、印象に残っています。
数学の亀谷先生は、雑談を交えながら「この式を見たら、こうしたいと思わない?」と語りかけるように教えてくださる先生でした。問題を解く手順を暗記させるのではなく、数学者の考え方そのものを伝えてくれる授業でした。先生の話し方がとても印象に残っていて、今、自分が学生に教えるときも、その影響を強く感じています。
―高専でのご研究を教えて下さい。
5年生のときに、川田先生の研究室で倒立振子(直立させた棒を倒さないようにバランスを制御する装置)を題材にした教材づくりに取り組みました。MATLABとマイコンを使って制御プログラムをつくる研究で、先生の授業がとても分かりやすく、人柄にも惹かれて選んだテーマでしたね。動きの数値と現象が一致したときの感動が忘れられず、ここで制御工学の面白さを実感しました。
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―高専卒業後、金沢大学に編入されていますね。進学理由は何だったのでしょうか。
自動運転に興味を持ったのがきっかけです。高専で制御工学を学んでいるときに、車の自動ブレーキシステム「アイサイト」や、ロボットの制御を題材にした番組を見て、「これを自分もやってみたい」と思いました。

ただ、実際に大学へ進んでみると、単位の互換や必修のズレに苦労しました。高専では電子制御を学んでいましたが、進学先の金沢大学では機械工学科に編入したため、加工学等の材料系の科目の単位が不足していたんです。
配属のときは、成績順に研究室が埋まっていくシステムで、講義室の前に成績表が貼られ、順番に希望を告げていく形式でした。研究室配属の日、学生全員が大きなホールに集められ、第一志望の自動運転研究室は、すでに上位の学生で枠が埋まってしまいました。どうしようと焦っているうちに、前の学生が「ロボット研究室で」と答えたのを聞いて、思わず「自分もロボットで!」と口走ってしまったんです(笑) それでロボティクス・メカトロニクス研究室に籍を置くことになりました。
―大学ではどんな先生と出会われたのですか。
当時の自分は本当に短気で、気に入らないことがあるとすぐ口に出してしまうタイプでしが、研究室の先生は真正面から向き合ってくれました。何かで言い合いになりそうになると、「まあまあ、落ち着け。ちゃんと考えよう」と静かに制してくれるんです。頭ごなしに否定されることがなく、「それを考えたのはなぜ?」と理由を掘り下げてくれる。そのやり取りのなかで、自分の感情や考え方を整理できるようになりました。研究以前に、人としてものごとや自分にどう向き合うかを教わった気がします。
その先生は、研究室にこもらず常に現場に出る方でした。実験用のロボットを自分の車に積み込み、企業や研究機関へ運んで実証を行う姿を何度も見ました。忙しい中でも毎年必ず論文を書き、学会にも出る。その行動力と誠実さを間近で見て、「こういう研究者になりたい」と強く思いました。
柔らかいものを操るロボット研究
―修士以降に取り組まれたことについて教えてください。
修士・博士課程では、「紐の動的マニピュレーション」という研究をしていました。ロボットが紐のような柔らかいものを扱うというテーマです。紐は、繊維の寄り方や癖によって硬さや動きが変わるので、理論モデルが一つに定まらないんです。たとえば、ロボットが紐をS字に動かしたいとき、どういうスピードや軌道で動かせば形が保てるかを探ること。これは物理的なモデルだけでは説明できず、試行錯誤の積み重ねが必要で、そこが面白いところです。
他にもロボット競技「World Robot Summit」への出場や、リハビリ支援装置の開発、子ども向けのプログラミング教室の運営など、研究以外にも幅広く関わりました。
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特に印象的だったのは、学会で賞をいただいたことです。学部4年生のときと、修士の終わりに一度ずついただき、それで「自分も研究者になれるんじゃないか?」と本気で勘違いしました(笑) 今思えば実力だけではなく運も大きかったんですが、その「勘違い」が今のキャリアを歩みだす原動力になりました。
―現在は宇都宮大学で助教をされています。どんな研究を進めているのでしょうか。
現在は、自分の専門である柔軟物のマニピュレーション研究を軸にしながら、コケの実験系自動化にも取り組んでいます。
きっかけは、研究室の先生から「コケの幹細胞化の仕組みを調べたい」と相談を受けたことでした。コケの細胞は、切断の仕方や扱い方によって幹細胞化の度合いが変わると言われていて、人の手でカミソリを使って切ると、切る人によって結果がまったく違うんです。熟練した研究者が切るとしっかり幹細胞化するのに、学生がやるとうまくいかないこともある。しかも、切っていない部分からも幹細胞化が起きることがあり、そのメカニズムが分かっていませんでした。
そこで、切断や搬送などの操作をロボットで再現し、自動化してみようとなったんです。ロボットは人のように手が震えないので、どんな条件が幹細胞化に影響するのかをより正確に観察できる。実際に試してみると、人よりロボットで操作した方が幹細胞化率が高いケースもあって、なぜそうなるのかを現在検証しています。

―最後に、高専生やこれから研究を目指す学生にメッセージをお願いします。
大学では、進む学部によって専門が最初から決まってしまうことが多いと思います。でも、高専は少し違っていて、途中で方向転換がしやすいんです。いわば「ピボット」できる場所。理系に進みながらも、後で文系の道に進むこともできる。文系・理系問わず、その道のプロフェッショナルの考えを聴くこともできますから、思いもよらぬところから、自分のやりたいことが発掘されるかもしれません。
実際、経営系の大学や教育学部に編入した人もいます。なので、進路にチャレンジしたい人や、自分の選択肢を広げたい人にとっては、本当にいい環境だと思います。

それと、若い時期に専門性を持つ大人に出会うことってすごく大事だと感じます。私が15歳のとき、両親が喧嘩していたときに叔父に言われたんです。「人間は20歳までしか変われない。お前が変わらないとこの家は良くならないぞ」と。その言葉は今でも印象に残っています。
高専では、その15歳という時期に、博士号を持っているような先生や、専門を極めた人たちと直接関われます。たとえば数学の先生が「この式、きれいだと思わない?」なんて大真面目な顔で言ってくれる。そんな先生たちと出会うことは、自分を変えるきっかけになるはずです。
理系に限らず、そういう「専門性を持つ人の考え方」に共感できる機会があるのが高専の良さです。共感した方向に進めば、それが自分の進路になる。吸収力のある若い時期に、そういう経験ができるのは本当に貴重だと思います。私のようにうまくいかなくて「もう無理かも」と泣くことになるかもしれません。でも、そこで出会う人や経験が、自分を確実に変えてくれるはずです。
田畑 研太氏
Kenta Tabata
- 宇都宮大学 工学部 基盤工学科
機械システム工学コース 助教

2017年3月 舞鶴工業高等専門学校 電子制御工学科 卒業
2019年3月 金沢大学 理工学域 機械工学類 卒業
2021年3月 金沢大学大学院 自然科学研究科 機械科学専攻 修士課程 修了
2023年3月 金沢大学大学院 自然科学研究科 機械科学専攻 博士後期課程 修了
2023年4月より現職
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