2002年に開学(第1回入学式は2004年4月に挙行)した沖縄高専の生物資源工学科を卒業した萩野航先生は現在、母校の教壇に立ち、高専時代に出会ったダニの研究を進めています。高専の魅力、そして先生が専門とするダニの研究の魅力についてお伺いしました。
生物と自然が身近な環境で
—どんな少年時代を過ごされましたか。
生まれは神奈川・横浜で、親の仕事の都合でいろいろな場所を転々としていました。小学校低学年の頃、東京の東村山から沖縄へ引っ越すことに。南城市という自然豊かな場所で暮らすようになりました。沖縄では、昆虫も魚も、いろんな生物が身近にいて、自然との距離が近いと感じていました。
山で遊んだり、生き物を観察して過ごしたり。週末は、農業を営む父親の手伝いで畑仕事をしながら過ごしていたので、自然に触れる機会はたくさんありましたね。思えば、その頃から理科は得意でしたし、生物も好きでした。
高専に興味を持ったのは中学生の頃です。「沖縄高専が新しくできる」という話を耳にしました。専門的な勉強の内容も面白そうでしたし、何より学生寮があるのが魅力的に映りました。親元を離れて暮らすことに憧れていたこともあり、ぜひ高専に進学したいと思って受験しましたね。

―高専での生活はいかがでしたか。
まず、90分授業のインパクトが大きかったです。中学生の頃の50分授業から一気に時間が増えるわけですから、当然ですが最初は長いと感じることもありました。しかし、周囲は集中力が高い学生ばかりです。そんな仲間たちの学ぶ姿勢を見て、私自身も刺激を受けました。

沖縄高専の特徴のひとつに「創造研究」があります。通常は5年生から研究室に配属されるのですが、沖縄高専では希望すれば1年生から「創造研究」という形で研究室に所属して、専門的な分野について学ぶことができます。私はもとより興味があった生物系の研究室に所属して、同級生の友達と一緒に辺野古の干潟の生き物を調べる研究に取り組みました。
最初の研究対象は「ミナミコメツキガニ」という、青くて前に歩くユニークな干潟のカニでした。有機物を濾し取ったあとの砂粒を団子状に落としながら進むのですが、その砂の団子の中にどのくらい有機物が含まれているか分析し、干潟の有機物分解に寄与しているか議論しました。実際に屋外に出て生物と向き合い、観察するのはとても楽しかったですね。

高専で生涯の研究テーマ「ササラダニ」と出会う
―研究は順調でしたか。
実は、難点がありました。海の生き物の観察は潮汐に大きく影響されます。潮の満ち引きの時間に合わせた研究活動と学生生活との両立が難しくなり、いつでもどこでも研究ができる生物をいろいろ探すなかで一冊の本に出会い、土壌中に生息する「ササラダニ」という生物を知りました。
さっそく「ツルグレン装置」という簡易的な抽出装置を自作し、学校裏から土を取ってきて顕微鏡で観察してみると、土の中にはさまざまな生き物が生息していることがわかり、強い衝撃を受けました。1ミリ以下の小さな世界に、驚くほど多様な世界が広がっているのです。あまりにも面白くて熱中してしまい、今日までその興奮が続いています。

—先生が思う「ササラダニ」の魅力は何でしょうか。
「ダニ」といえば、「人体に害がある」というイメージを持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、実はそれはほんの一部のダニの話です。かく言う私自身も、実家で飼っていた犬にマダニが付くことがよくあったので、「ダニ=悪いもの」というイメージを持っていました。
でも、実際に悪いダニは全体の1割以下で、大部分は自然界の「分解者」として、地球上で重要な役割を果たしています。そのことを手に取った本のなかで知った時は、世界の見方がひっくり返るような体験でした。それなのに、ダニについての研究例は他の分野に比べて少なく、その生態の大部分が未知の領域と言っても過言ではありません。
なかでもササラダニは、有機物がある場所ならどこにでも生息している身近なダニです。これならどんな場所でも採取しやすく、研究を進めやすいと思いました。
私は「沖縄高専のササラダニ類」というテーマで、学校のさまざまなエリアからササラダニを採取し、リスト化して多様性を調査しました。「こんなのがいるの?」「これって違う種類?」と驚く発見ばかり。自分の活動で未知の世界が明らかになるのが、研究の一番の面白さだと感じます。
現在、吸血性のダニなど生物に害を及ぼすダニの研究は進んでいますが、ひっそりと暮らす多くのダニには、まだあまり焦点が当てられていません。ダニたちがどんな生活をして、どのように生まれて死ぬのか。そんな当たり前のことを一つひとつ明らかにしていくのが、この分野の研究の楽しみだと思います。

—大学以降の研究について教えてください。
ダニの研究ができる大学を探し、まずは北海道大学の農学部を志望しました。ダニの研究が行われており魅力的でしたが、受験時の倍率が高く、結果的に進路を再検討。その際に見つけたのが帯広畜産大学の畜産学部です。分類学や昆虫生態を専門とする岩佐光啓先生を訪ねて「ササラダニを扱いたい」と相談したところ、快く受け入れていただきました。
大学では、帯広市のマツ植林地で、ササラダニの群集構成や層の違いを調べました。私は進学を機に沖縄から北海道へと、南から北へ大きく移動したわけですが、ダニはどこの地域にも生息していますので、研究に困ることはありませんでした。

また、大学生になってからは、学校外の先生方や研究者とのご縁も広がっていきました。日本のササラダニ研究の元祖である青木淳一先生と、その系譜を引き継がれている法政大学の島野智之先生、日本土壌動物学会や日本ダニ学会の先生方。元釧路刑務所刑務官のササラダニ研究者である大西純さんと一緒に調査に出向いたこともありました。
ちなみに、青木先生とは、私が高専5年生の時にササラダニの標本を大量につくり、その写真を先生に送ったのがきっかけで交流が始まりました。私とダニを結び付けてくれた一冊の本の著者でもあり、青木先生なくしては私の研究生活を語ることはできません。
学生たちの個性を伸ばす「創造研究」
―高専の教員になったきっかけは何ですか。
博士課程では、専門学校の非常勤講師やTAを掛け持ちしたり、地域の子どもたちに虫取りを教えるボランティアに参加したりしていました。もともと人前で話すのは得意なほうで、プレゼンも評価していただいたことがあったので、「教える仕事に向いているかもしれない」と考えるように。ちょうどその頃、沖縄高専の教員ポストに空きが出たことを高専で働く同級生から教えてもらい、運良く採用が決まりました。

―母校で教壇に立つことの魅力は何ですか。
恩師の先生方が同僚になり、最初は緊張もありましたが、素直で良い学生が多く、毎日楽しく学生たちと学んでいます。低学年のバイオテクノロジー系の実験科目や3年生の環境学実験、野外調査、4年生の環境保全生態学などの授業を担当しています。
現在は、寄生性のダニや水ダニの観察・分類を進めています。きっかけは、琉球大学の博士課程の方との出会いでした。南西諸島には多様なヤモリ類が生息しており、その体には多くのダニが付いています。調べたところ、1960年以来ほとんど研究が行われていない「ヤモリダニ」というグループに行き着き、寄生性のダニに焦点を当てたいと思ったのでした。

—特に力を入れている活動はありますか。
「創造研究」の活動の一環として、「ネイチャー甲子園」という、全国の高校生を対象にした大会出場のために、学生たちをサポートしています。生き物の写真を撮影し、アプリでアップロードしてその種類数を競う、市民科学の発想からくる参加型の取り組みです。もとより沖縄は、動植物ともに生態系が多様で、昨年はかなりの成果を上げられました。現在はメンバーも倍の10名ほどに増え、今年は全国優勝をねらっています。

また、学生からのリクエストで、昆虫標本の作り方講座や顕微鏡を使ったダニ観察講座などを開くこともありますし、「創造研究」のメンバーを中心とした学生の発案で、昆虫食体験のイベントを実施したこともあります。ほか、学生有志の高専将棋大会出場を引率したり、水泳部の顧問も務めています。こうして学生たちが主体的に動き、教員をうまく使って活動していく姿勢はとてもすばらしいと思います。

—最後に、高専生やこれから高専を目指す方々にメッセージをお願いします。
私自身、高専に進学してよかったと心から思っています。3年生のころに研究にはまり、満足いくまでやりたいことをさせてもらえたのが大きかったです。やりたいことがある学生には、ぜひ来てほしいと思います。「私ならこれができそう」「こういうことがしたい」と思えるなら、沖縄高専はその思いを形にできる場所です。
高専では、自分の興味があることに対しては真っ直ぐ進むことができ、自らの強みを伸ばしながら、大きな力を発揮することができます。そんなやりたいこと・学びたいことがある学生たちの個性を伸ばし、陰ながら手助けするのが今の私ができる最大のサポートです。何か熱中するものを見つけたいと思う中学生は、ぜひ高専に来てください。
萩野 航氏
Wataru Hagino
- 沖縄工業高等専門学校 生物資源工学科・基盤教育科 講師

2011年3月 沖縄工業高等専門学校 生物資源工学科 卒業
2013年3月 帯広畜産大学 畜産学部 卒業
2015年3月 北海道大学大学院理学院 自然史科学専攻 修士(博士前期)課程 修了
2018年3月 北海道大学大学院理学院 自然史科学専攻 博士後期課程 修了
2018年4月 沖縄工業高等専門学校 生物資源工学科 助教
2023年4月より現職
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