2019年からスタートしたDCON(全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト)は、AI・ディープラーニング×ハードウェアを担う起業家・イノベーション人材の育成を目指しているイベントで、高専・産業界からの注目が年々高まっています。DCONが誕生した背景と内容について、DCON実行委員会事務局マネージャーである(一社)日本ディープラーニング協会の海野紗瑶(うんの・さよ)さんにお話を伺いました。
ディープラーニングが産業界で利活用される土壌をつくる
―DCONがスタートした経緯を教えてください。
そのご説明をするために、まずはDCONを主催しています日本ディープラーニング協会が発足したところからお話しさせていただきます。
2012年9月、トロント大学のチーム「SuperVision」がディープラーニングを活用して開発したシステム「AlexNet」が、画像認識の世界的なコンペティション「ImageNet」で圧倒的な成績を残したことをきっかけに、深層学習のすごさが世界中で話題になりました。それは日本でも同様でして、「ディープラーニングをきちんと産業界で利活用しないと、また失われた30年を過ごしてしまう」という危機感のもと2017年に立ち上げられたのが日本ディープラーニング協会です。
発足以降、当協会ではビジネスパーソン向けのG検定やエンジニア向けのE資格の実施など、人材育成と産業活用に向けたさまざまな取組を行ってきました。その中で、「AI・ディープラーニングとハードウェア(ものづくり)の掛け合わせが、今後の日本の勝ち筋になるのではないか」といった考えが生まれ、ハードウェア領域に強みを持つ高専生に注目。そして、2019年にDCONのプレ大会を開催しました。

―なぜAI・ディープラーニングとハードウェアの掛け合わせが、日本の勝ち筋だと考えたのでしょうか。
AI・ディープラーニングのソフトウェアの世界ですと、アメリカと中国では数周回のレベルで研究開発が進んでいるからです。R&D投資の額で見ると、AI・ディープラーニングに割いている日本の国家予算が米中のビッグ・テック1社の予算より少ない、という桁違いの投資がなされている現状において、かなり厳しい状況にあると考えています。
一方で、日本はもともとハードウェア(ものづくり)領域が強く、ものづくり大国として経済成長してきた国です。そこで、もともとの強みである「ものづくり」に「AI・ディープラーニング」を適用することが勝ち筋だと考えました。
―DCONをスタートさせるにあたって、注意した点はありますか。
参加する高専生のみなさんには、AI・ディープラーニング技術を学んでいただくだけでなく、その技術をどのように産業界で活用するのかまで考えていただきたいという想いから、「ビジネスコンテスト」の形式にしたことです。
しかし、プレ大会を実施した2019年当時は、ディープラーニングや事業化に関して精通されている高専の先生方が多くなく、プレ大会の参加校は12校にとどまりました。そこで、DCONでは起業家のメンターと社会人アドバイザーがチームに伴走することで、ディープラーニングの習得と事業プランの作成をサポートする仕組みにしたのです。
2023年がターニングポイント。充実した支援の構築
―DCON2025では、過去最多となる42高専、95チーム/111作品がエントリーしました。2019年にスタートしてから現在に至るまで、DCONとしてはどのような変化がありましたか。
まず、2020年度から国立高専機構でスタートした高専発!「Society 5.0型未来技術人財」育成事業の1つであるCOMPASS 5.0(次世代基盤技術教育のカリキュラム化)において、AI・数理データサイエンスの教育強化が推進されたことが挙げられます。
そして2023年には、国のAI戦略に基づき、文部科学省が高専の高度化・国際化の推進を目的とした費用を予算化しました。その中で、スタートアップ教育環境整備事業に60億円の予算がつき、全国の高専で起業家工房(ラボ)が設置されるなど、DCONにとって追い風となる動きが出てきました。
しかし、予算がついたものの、AIやスタートアップについて教育できる環境が高専内で整えきれておらず、その環境下で成果を出すことに苦労されている先生方のお話をよく聞きました。そこで、COMPASS 5.0のAI・数理データサイエンス分野の拠点校である富山高専や旭川高専の先生方とご相談し、DCONで教育支援プログラムの提供を行うことにしました。そのサポートプログラムの1つが、DCONの起業家メンターやVC審査員の方が高専に訪問して、AIや起業などの魅力を伝える特別講義です。

そのほかにも、ディープラーニングの基礎から最新技術のトレンドまでを実習・コンペを交えながら6日間オンラインでみっちり学ぶ「AI実践ブートキャンプ」や、企業がどのような社会課題をどのようなAI・ディープラーニング技術を活用して解決しているのかをパートナー企業からお話しいただく「課題発見オンライン講義」なども実施しています。
AI実践ブートキャンプは2024年から始めたプログラムでして、その年は180名ほどの高専生・高専教員の方々にご参加いただきましたが、今年2025年は285名もご参加いただき、大きな反響をいただいています。また、国立高専の高専間連携科目に登録いただいていまして、単位を取得できる授業として受講することができます。
―AI・ディープラーニングの技術を身につけるには相当な時間が必要そうですが、いかがですか。
DCON2025の本選概要発表のプレスリリースにおいてDCON実行委員長の松尾が「AI・DL(※ディープラーニング)を学んだ人がハードウェアを学ぶのには時間がかかりますが、ハードウェアを学んだ人がAI・DLを学ぶのは早く、半年〜1年で習得できます」とコメントしている通り、そこまで時間がかかるものではありません。
もちろんAI・ディープラーニングの基礎研究の場合ですと、莫大な計算資源が必要になりますし、一朝一夕でできるものではありません。しかし、すでにオープンソースとして公開されているディープラーニングのモデルを活用してモノづくりをするという意味での「AI・ディープラーニングの技術」は、そこまで時間をかけなくても高められます。
例えば、DCON2025で最優秀賞を受賞した豊田高専「NAGARA」は、OpenAI社が開発した自動音声認識(ASR)システム「Whisper」のAPIを活用して、介護士と介護施設の利用者による会話から必要な情報を抽出し、記録を自動作成・共有するウェアラブル端末「ながらかいご」を発表しました。「嚥下(えんげ)※」に代表される介護の現場特有の言葉にも対応できるようファインチューニングを施しながら、既存の大規模言語モデルのAPIをうまく活用していました。
※食べ物を飲み込み、口から食道を通して胃へと運ぶ一連の動作のこと。

これまでまったくAIに触れたことがない高専生のエントリー数も増えていまして、プロトタイプ制作期間である夏休みから年明けまでの半年間でしっかり実装までたどり着いている方もいらっしゃいます。高専生には数学やプログラミングの素養がもともとあると思いますので、AI・ディープラーニングをそこまで知らない方にも安心してご参加いただきたいです。
―2019年にDCONがスタートしてから、参加している高専生側に変化はありましたか。
自分で課題を見つけ、自分の意思で参加される高専生の割合が増えていると思います。DCONが始まった頃はAIに詳しい先生方が研究室に在籍する高専生に声をかけてご参加いただくことが多かったですが、2023年以降は高専生自身がDCONの存在を主体的に知り、ご参加いただいていることが増えているように見受けられます。
また、参加される高専生のボリュームゾーンも、本科4,5年生・専攻科生といった研究室での活動に邁進されている方々から、最近では2,3年生が非常に増えてきているんです。中には1年生だけで構成されているチームもあり、高専におけるムードが変わってきているのかなと感じています。DCON2025ではBtoCのアイデアが多かったのも、ボリュームゾーンが変わってきているからなのかもしれません。
全員が本気で高専生をサポートするからこそ必要な熱意
―DCON2024で最優秀賞を受賞された西谷さんや、ダブル受賞された佐藤さんに取材した際、審査員やメンターの方が厳しかったことが良かったとお話しされていました。
そこはDCONとして非常に大事にしているところです。
DCON設立の際、高専生のみなさんにはAI・ディープラーニング技術を学び、その技術をどのように産業界で活用するのかまで考えていただきたいという想いから、「ビジネスコンテスト」の形式にしたと先ほどお話ししました。それは、技術で課題が解決することに喜んでお金を払う人がいること——つまりビジネスになることを高専生に知ってほしかったからです。
そのため、DCONの最終段階にあたる本選では、ビジネスアイデアを点数ではなく企業評価額という「円」で評価し、世界に通用する形にしています。さらに、企業評価額に信憑性を持たせるため、日々スタートアップ企業などに企業評価額をつけて投資をされているVCの方々に審査員をお願いし、「高専生チームも企業として、いつものように審査してほしい」とお伝えしています。
そして、VCに対する事業計画の提案、資金調達を実際に経験されているスタートアップ企業の経営者の方々に、高専生チームのメンターをお願いしています。メンターはみなさん、大型の資金調達や事業提携を経験された、起業家としてトップクラスに成功されている方々です。「ご自身が投資を依頼するときと同じように考えながら、高専生を指導してほしい」と伝えています。
ですので、DCONは厳しいのです。高専生だからといって甘やかすことはありません。メンターも審査員も、普段の仕事と同じように高専生と接するのです。だからこそ、社会で活躍できるAI・ディープラーニング×ハードウェア人材を育成できると思っています。
―あらゆる面で高専生をサポートする体制を整えているんですね。
はい。DCONではエントリー前や期間中、期間後もヒト・モノ・カネのあらゆる面で支援プログラムをご用意しています。学生だけで作品づくりに取り組める環境を整えていますので、最近ではAI・ディープラーニングが専門ではない先生が指導教員として参加されることも増えてきました。DCONに興味を持っている学生がいらっしゃいましたら、先生のみなさまにはぜひ後押しいただけると嬉しいです。
-DCONに興味を持っている高専生に向けて、審査のポイントとメッセージをお願いします。
「誰のどのような課題を解決したいのか」をしっかり設定できているかがポイントです。これによってアイデアの質が大きく変わります。いくら技術力があっても、課題の解決策になっていなければ価値は生まれません。
また、その課題に対する思い入れの強さも非常に重要です。それがないと、DCON期間中に訪れる大きな壁に立ち向かうことができません。学業と並行しながら熱意を持ってDCONに取り組んでいる方が、本選まで残っていると思います。
ですので、解決したい課題や熱い想いがございましたら、ぜひチャレンジしてほしいです。足りない部分はサポートプログラムなどで学ぶことができますので、はじめから完璧である必要はありません。DCONは何度でも挑戦できますし、他コンテストで取り組んだ作品をベースにして参加することも可能です。DCON2026のエントリーは終了していますが、DCONに参加した方しか得られない経験・成長がありますので、ぜひ来年ご参加ください!
◇
○DCON ホームページ
https://dcon.ai/
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