
苫小牧高専の情報工学科を卒業し、新潟大学の経済学部へ編入された後、日本銀行に入行された大橋一平さん。現在は調査統計局の業務に従事されています。高専時代の経験がどのように現在のキャリアにつながっているのか、振り返っていただきました。
高専生活と学生会での経験
―苫小牧高専に進学された経緯を教えてください。
もともとパソコンが身近にあって、当時ちょうどインターネットが普及し始めた頃だったこともあり、自然と情報工学に興味を持つようになっていました。今と比べるとパソコンのスペックは低く、通信速度もかなり遅かったですが、それでもコンピューターはこれからどんどん進化していくだろうと感じていて、データ処理やシミュレーションの分野に惹かれていたのです。
中学生の頃、進学先として情報工学を学べる学校を探していたところ、実践的な技術をしっかり身につけられる苫小牧高専の環境に魅力を感じるように。技術者だった親からも、「座学だけでなく、実践を通じて学ぶ方が向いているんじゃないか」と勧められていました。

また、高専には大学編入の道もあったので、進学の選択肢を残しながら専門的な学びを深められる点も魅力的でしたね。
―高専在学中の経験で印象に残っていることは何ですか。
自治組織である学生会の執行部に所属し、高専祭や体育祭といった学校行事の企画・運営に携わったことです。最終的には学生会長を務めました。
こうしたイベントは予算も規模も大きく、やる気のある少数の人が頑張るだけでは回りません。特に高専祭は、予算規模が約300万円にも及ぶイベントでした。学生主体で運営され、先生方の関与は最小限。そのため、イベントの安定的かつ効率的な運営のためには、細かい裏方作業の仕組み化が必要となります。例えば、高専祭ではゴミの分別やスタッフの配置など、単なる運営以上に組織作りの観点が求められる場面が多々ありました。
イベントを成功させるために「どうすれば多くの人に協力してもらえるか」、「円滑に進めるには何が必要か」といった点を考え、試行錯誤を重ねたことは大きな学びになりました。その経験を通じて、周囲を巻き込みながら物事を進める力が身についたと感じています。
また、高専のカリキュラムは非常に厳しく、座学だけでなく、実験・演習・レポーティングまでの一連の流れを徹底的にこなす必要がありました。実験で得たデータを整理し、考察を加えてレポートにまとめる作業は、論理的に物事を整理し、相手に伝える力を鍛える機会になったと思います。この過程は決して楽ではありませんでしたが、その分、確実に力がついたと実感しています。
―高専卒業後、新潟大学へ編入された理由は何ですか。
高専で技術を学んだうえで、社会をより広い視点から捉える力につなげたいと考え、経済学部へ編入しました。もともと幼少期の頃から、バブル崩壊や不良債権問題、「失われた10年」などの言葉がニュースで頻繁に流れる環境で育っていまして、世の中で何が起きているのかということに関心を持ち続けていたのです。
技術を単に開発するだけでなく、それを社会の中でどう価値につなげていくかを考える上で、社会の仕組みを理解することが重要だと感じていました。経済学を「社会を捉えるためのツール」として学ぶことで、視野をより広く深く広げていきたいと思ったことが、編入の大きな動機です。
―大学では具体的にどのような研究をしましたか。
金融論のゼミに所属し、金融政策を中心に金融全般について、ゼミ生同士で議論をしていました。そうした中で、資産価格を金融政策においてどう扱うべきかという問題意識を持ち、研究に取り組みました。具体的には、統計分析ソフト「R」を用いて経済データを詳細に分析し、株価や不動産市場の価格変動が、実際の消費者物価にどのように影響を及ぼすかを探求しました。
高専時代にプログラミングの基礎が身についていたので、新しい言語や統計ツールへの適応はスムーズだったと思います。研究過程で、統計データを通じて資産価格の動きと消費者物価の関係を分析し、その仕組みを理解することに大きなやりがいを感じました。また、指導教授とのディスカッションやゼミ内での意見交換を通じて、経済現象をさまざまな視点から分析する力を養うことができました。
社会を捉える仕事を日銀で
―大学卒業後に入行された日本銀行では、どのような仕事をしましたか。
まずは支店勤務で、従事していたのは銀行券の流通管理、取引金融機関との資金決済、モニタリング、地方経済の調査といった業務です。日々の預金・貸出・有価証券運用、資金繰りの状況を把握・分析し、金融システムの安定性を検証することが求められたほか、企業へのヒアリングやデータ分析を通じて、地方の企業が置かれている金融経済環境や地方の景気動向を把握することが求められました。
また、支店ごとに地域の経済状況を調査し、企業や金融機関から直接ヒアリングを行うことで、統計データだけでは見えない現場の実態を把握することの重要性を学びました。
その後、本支店の複数部署での勤務を経て、現在は調査統計局にて「企業物価指数」や「企業向けサービス価格指数」の作成・公表を担当。これらの指数は、企業間取引における価格の変動を捉える指標であり、金融政策や経済分析、企業間の値決めなどに活用されています。
統計の作成には、企業の価格設定行動の背景を理解することが不可欠であり、そのためのヒアリングやデータ分析が重要な業務となっています。また、統計の精度を維持するために、定期的に統計設計の見直しを行い、適切なデータ収集の方法を検討する役割も担っています。
ちなみにですが、こうした企業へのヒアリングでは、高専出身の方々が活躍している話を耳にすることも多く、卒業生として誇らしく感じる瞬間があります。
―今後のキャリアに向けた目標や展望について教えてください。
当面は、現在行っている統計データの作成や分析に従事しつつ、データに加え、企業等からの声も聴きながら、経済の実態をより深く理解することに取り組んでいきたいと考えています。
特に、適切な金融経済情勢の把握のために企業の声を直接聞き、現場で何が起きているのかを把握することは重要だと感じています。こうした企業の声を聞くことは、企業の価格設定の背景や市場の構造的な変化を捉えるためにも必要なことであり、そこから得られた情報は統計設計の見直しに繋がり、データの精度向上を実現します。この結果、当該データを用いた分析結果の正確性を高めることにも繋がっています。
企業や金融機関へのヒアリングでは、業種や企業規模のバランスを考え、多様な声を集めることも課題の一つです。これまでの調査対象企業が様々なご事情から調査への協力を辞退されるケースや、産業構造の変化などにより新たな調査対象企業を追加する必要性が出てくるケースもあるため、新たな企業へのアプローチも並行的に進めていく必要があります。全ての企業に話をお聞きできるわけではないため、どのように効果的に情報を収集するか、リソースを工夫しながら取り組むことも意識していきたいです。
今後も、企業や金融機関の声を大切にしながら、経済の実態を捉え、より正確な情報を提供できるよう努めていきたいと考えております。高専卒業生や関係者の皆様におかれては、機会がありましたら、是非、弊行調査や公的統計にご協力頂けますようお願い致します。
―高専生にメッセージをお願いします。
高専は、戦後の技術者不足に対応するために設立されたと聞いています。それから60年以上が経ち、卒業生の活躍の場は大きく広がっています。現在では進学する学生も増えており、高専卒業後の進路の選択肢は多様化しています。
私自身、いわゆる「理系」的ではなく「文系」的な職種に進みましたが、高専での学びや経験は一つとして無駄になっていません。実験・演習・レポーティングを通じて培った論理的思考力や、学生会での組織運営の経験は、今の仕事に活かされています。「どう使うか」、「何に使うか」を意識しながら、日々の授業・課外活動に取り組むことが大切だと思います。
高専を卒業したからといって、視野を狭める必要はありません。むしろ、高専で培った力を活かせる場は、製造業や情報通信業に限らず、あらゆる分野に広がっています。前例にとらわれず、自分のやりたいこと、興味のあることに全力で挑戦してほしいと思います。
大橋 一平氏
Ippei Ohashi
- 日本銀行 調査統計局 物価統計課 企画役補佐

2006年3月 苫小牧工業高等専門学校 情報工学科 卒業
2008年3月 新潟大学 経済学部 経済学科 卒業
2008年4月 日本銀行 入行
のち現職
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