
富山高専を卒業後、大手重工メーカーの川崎重工業に就職した船屋隼さん。当初「安定を求めて就職をした」という船屋さんでしたが、6年間ほど勤めたのち退職し、愛知県で川サウナ事業を行う「株式会社しふくのとき」を立ち上げています。船屋さんが起業の道を選ぶまでの経緯や、サウナの魅力、今後の展望についてお伺いしました。
安定した職を目指して高専に入学
―富山高専に進学した理由を教えてください。
いわゆるひとり親家庭で育ったので、早く働いて親を楽させたいとずっと思っていました。中学で進路を考える際、国立で学費が安く、就職率も高い富山高専が目に入り「ここが自分にぴったりなのでは」とピンときたんです。
もともと理系が好きで、科学者になりたいと漠然と思っていた時期もあったので、興味がある分野を専門的に学べそうだという期待感も大きかったですね。普通高校と比べるとだいぶ環境が異なりますが、不安はありませんでした。むしろ、比較的自由な校風に少しだけ優越感を抱いていたぐらいです(笑)
―入学してみて、いかがでしたか。
高専は一般に「勉強漬け」「優秀」「真面目」といったイメージを持たれやすいのですが、入ってみるとまったくそんなことはありませんでした。プライベートも学生生活もバランス良く楽しんでいる同級生が多かった印象です。
私自身はダンス部に所属して、ブレイクダンス漬けの5年間を送っていました。それまではダンスなんてやったことがなかったのですが、あっという間に夢中になって、授業中以外はほぼダンスのことしか考えていなかったと思います。個人的にダンススクールにも通うほどのめりこみました。

また、入学前は「科学者もいいな」と思ってはいたものの、実際に就職をしていく先輩方を見ていく中で「大企業に入りたい」という意思が強くなりました。給与や休日など、待遇面が安定していることから、大企業なら親にも安心してもらえると思ったのです。
―高専時代はどんな研究に取り組まれましたか。
「高圧ねじり加工による、熱を使わない粉末金属の固形化」です。粉末金属を固形化するには、大きなエネルギーがかかります。しかし、高圧ねじり加工を使えば、熱ではなく圧をかけて粉末同士をくっつけて固形化できるのです。熱を使うと当然CO2が排出されますから、この研究が実用化されればエネルギーコストの削減につながります。世の中の役に立つ技術を研究できているという点には非常にやりがいを感じていました。
しかし、私の高専生活のゴールやっぱり「安定した企業への就職」でしたので、その後は進学の選択肢はとらず、就職活動に励みました。

コロナ禍をきっかけに自分の気持ちと向き合う
―卒業後は川崎重工業に就職されています。当時の企業選びの決め手を教えてください。
企業説明会で話を聞いた際に惹かれました。福利厚生面はもちろん、立地が良く通勤が比較的容易であったこと、何より高専生の採用枠があったことが一番の決め手です。
就職後、担当した業務は主に航空機の生産技術分野です。端的に言えば、設計図をもとに、製造ラインに組立の指示を出す役割でした。

効率の良い組立を考えるのはプラモデルを作る感覚にも少し似ていて、楽しく働けていたと思います。また、材料力学などの知識を高専で身につけていたことも非常に役立ちました。不満は特になかったので「ずっとここで働くのだろう」と考えていたのですが、ある転機を迎えて2023年に退職を決意しました。
―退職を決めた理由を教えてください。
新型コロナウイルスの蔓延で航空機の需要が激減し、工場の稼働が頻繁に停止したことです。給与自体は変わりませんでしたが、業績上やむを得ずボーナスがカットされたことや、先行きが不透明になってしまった仕事に少しずつ不安を感じるようになりました。
また、稼働時間が減って自分と向き合う時間ができたことで「自分が本当にやりたい仕事は何なのだろうか」と考えるようになったのです。高専生時代は「早く親を楽にさせてあげたい」という思いだけで就職をしましたが、もっと自分自身が成長できる場所に身をおいてもいいのではないかと考えました。
そこで、まずは新しいことに取り組んでいるベンチャー企業を中心に転職先を探したのですが、求められる知識がITやマーケティングばかりで、当時の自分が持っていた生産技術のスキルを活かせる企業がなかなか見つからず、途方に暮れました。
それでも、自分の成長のために何ができるのかと考え続けていくうちに「経営者」が浮かんだのです。企業に勤めているうちは、企業に守ってもらえる安心感があります。しかし、経営者ともなれば責任はすべて自分にふりかかってくる。そんな環境こそ、「むしろ自己成長にもってこいではないか」と考えました。
―サウナ事業で起業をすることを決めたきっかけを教えてください。
起業を考えてから、まずは「ドローン市場がこれから伸びる」と聞いていたので、ドローンパイロットの資格も取得していたのですが、いざドローンで起業をするとなった際に「そこまで情熱をもって取り組めない」と気づきました。「では、自分が情熱をもって本気で打ち込めるものは何なのだろう」と考えたときに、社会人になってから好きになった「サウナ」が思いついたのです。
親からは止められましたし、職場の人からも心配されました。その頃には少しずつ会社の業績も回復し始めていましたから、無理もありません。「安定した仕事をやめて、わざわざ危険な道に進むなんて」と考えるのは、普通の反応でしょう。ですが、「後になって後悔するより、まだ20代の若い時期に挑戦したほうが、かえって未来は明るいだろう」と思ったのです。それに、一度でもやると決めたらとことんやらないと気が済まないタイプですから、周りの声を振り切って、2023年に株式会社しふくのときを立ち上げました。

大変なことも、もちろんありました。土地を見つけるのもひと苦労でしたし、やっとの思いでオープンしたかと思えば、約1カ月後には大雨で川が増水し、サウナ運営に使う道具類がすべて流されかけたこともあります。また、サウナを使用する際の脱衣所スペースとして借りていた隣の旅館が閉業し、新たに脱衣所スペースを開設するまで営業を停止したこともありました。
それでも、やめようと思ったことは一度もありません。トラブルさえも自己成長。創業から約2年経った現在も「あのときに決断して良かった」と心から感じています。

好きなことに挑戦する人生を
―貴社のサウナ施設「Sauna Base SHIFUKU」の魅力を教えてください。
当施設の最大の特長は、アウトドアサウナです。自然の中で、サウナ→川を活用した水風呂→川辺での外気浴といった体験をすることで、自然と調和する「至福」の体験をしていただきます。ブームも相まってサウナ施設は増えていますが、ひとくちに「サウナ」といっても、施設ごとに魅力や性質が異なるんです。
中でも、「Sauna Base SHIFUKU」ならではの魅力は、熱源にこだわったハイクオリティな設備でしょうか。サウナで最も大切なのは熱源です。放射熱や伝導熱、滞留熱をどうするかといった科学的な視点で考えることによって心地よい空間を作り出しています。

これらは、物理学や熱力学、流体力学を高専で学んでいたからこそイメージがわきやすいのだと思っています。学生時代は思ってもいなかった知識の活用方法ですが、経験は無駄にならないのだとしみじみ実感しますね。
―今後の目標を教えてください。
まずは店舗展開です。まさに今、水面下で動いているところです。ゆくゆくはFC展開にも力を入れたいと思っています。とにかく「Sauna Base SHIFUKU」のサウナをより多くのひとに体感していただいて、たくさんの方に楽しんでいただきたいというのが最大の目標であり、日本のサウナ文化に貢献したいと考えております。いつかは地元の富山県にも展開したいですね。

また「Sauna Base SHIFUKU」の近くには、紅葉の名所で有名な香嵐渓(こうらんけい)があるので、こうした愛知県の観光名所と連携し、地域全体の活性化にも貢献できたらいいなとも考えているところです。

―最後に、高専生にメッセージをお願いします。
自己成長を考えて起業した今思うのは、働く上で大切なのはスキルよりも人間性だということです。人間性が高められたら、必ず良い仕事ができる。良い仕事ができれば、お客さまや共に働く方も楽しませられると感じています。

ただ、この考え方に至ったのは、これまでの経験があったからこそだとも思います。やはり「高専卒」という肩書きは、就職をする上で非常に強いです。一度社会に出て、キャリアを積んでから起業できたおかげで、今の私があります。卒業後に突然起業をしていたら、社会的なルールやマナー、相手の気持ちを慮るコミュニケーション術などが身についていなかったかもしれません。就職した経験は私にとって非常に大きなプラスになっています。
もし、皆さんも学生時代や就職後に好きなことや興味があることに出会ったら「学んできた分野とは違うから」と敬遠せず、全力で挑戦してみてください。きっと、面白い人生が歩めると思います。
船屋 隼氏
Funaya Shun
- 株式会社しふくのとき 代表取締役
Sauna Base SHIFUKU オーナー

2017年 富山高等専門学校 機械システム工学科 卒業
2023年 川崎重工業株式会社 退職
2023年より現職
富山高等専門学校の記事



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