進学者のキャリア大学等研究員

「自然現象を捉えたい」という思いから。研究者になる夢を叶え、大気を計測する装置開発に従事

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「自然現象を捉えたい」という思いから。研究者になる夢を叶え、大気を計測する装置開発に従事のサムネイル画像

研究者になりたいという夢に向けて長野高専に入学した、情報通信研究機構(NICT)所属の岩井宏徳さん。大学院時代には宇宙空間のプラズマ波動を受信するシステム、就職後は大気中の風や水蒸気を遠隔計測(リモートセンシング)するシステム開発を行ってきました。そんな岩井さんの高専時代の取り組みや、現在の仕事内容について伺いました。

「研究者になりたい」という夢を持ち、長野高専へ

―長野高専へ進学したきっかけを教えてください。

小中学生の時、運動はあまり得意ではなかったのですが、勉強はなぜか好きでした。そのため、得意な勉強を活かして生きていく道があるのかと考えたことがありました。その時に研究という道を知り、漠然と理系の研究者になりたいと考えるようになりました。

それから、中学校の担任の先生に、高専で5年間学んだ後に大学へ編入学するというルートがあることを教えていただき、高専に興味を持ち、進学を決めました。

―進学された電子情報工学科(現:工学科)は比較的新しい学科だったそうですね。

入学時点で創設4年目だったかと思います。当時はインターネットもそれほど普及しておらず、今のように自宅でパソコンを触るような環境もあまりない時代で、ただ「情報」というのが1つ新しいキーワードだと感じて選びました。その新しさに惹かれる人は多かったようで、他の学科よりも倍率が高く、県内外から学生が多く集まっていました。

友人たちと並んで記念撮影
▲高専5年生の頃の岩井さん。工嶺祭(学園祭)のお好み焼屋台にて

―高専時代の印象深い出来事を教えてください。

高専5年生の時に、友人と5人でプログラミングコンテストの課題部門に参加し、文部大臣賞を受賞しました。私たちの作品は「魅せます!メイクさん」というもので、光の効果を数値計算で再現し、パソコン上で人の顔にメイクをするものでした。

今では普通かもしれませんが、当時はパソコン上にそのようなシステムを構築するのも大変だったことを覚えています。メンバー5人のうち2人はその前年もプロコンに参加し、その時も文部大臣賞を受賞しています。優秀なメンバーに恵まれ、良い経験をさせてもらいました。

プロコンに向けて、研究室にてパソコンを囲んでメンバーが話し合っている
▲プロコンに向けて最終調整中の一コマ

また、1992年のバルセロナオリンピックで吉田秀彦さんが内股を決めて金メダルを取った姿がカッコよく、憧れから柔道を始めました。素人でしたが、5年間柔道に打ち込むことができ、4年生の時には団体で高専の全国大会に出場、5年生の時には個人で全国大会に出場し、3位になっています。5年間という時間の中で、勉学以外の部活やプロコンなどにじっくりと取り組めたのは、高専に進んで良かったと感じる点の1つです。

道場にてご友人とツーショット
▲5年生のときに出場した、第31回全国高専大会にて

―高専での研究内容を教えてください。

ネットワーク上での高専生向けの進学・就職支援システムの開発を行いました。もともと研究室の先輩から引き継いだシステムで、過去の情報をデータベース化し、webでのユーザーインターフェースをつくりました。

今となってはたいして新しくないと思いますが、以前は高専生の進学や就職の情報が集積されておらず、先生や知り合いなどのツテを頼るしかありませんでした。そこで、少なくとも長野高専内だけでも情報を集めて1つに集約し、進路に悩む学生向けのツールになればと思い、取り組みを始めました。今はどうかはわかりませんが、校内で実際に使われていた期間もあったようです。

ロケット実験に参加。宇宙空間のプラズマを捉える!

―高専卒業後は京都大学に編入されています。

当時は、高専での授業をきっかけに、「パワー半導体」や「フォトニック結晶」といった物性系に興味を持っていました。

例えば、今では当たり前の太陽電池は、発電効率を上げることで人間の生活がより豊かになるものです。そのように新しい物質を発見したり生み出したりすることで、人間の生活を変えられる点に面白さを感じました。そこで、物性系の分野で著名な先生方がいらっしゃった京都大学に進学を決めました。

大学では、実験の際に周りから非常に頼りにされたのを覚えています。普通高校から大学に進学した学生は、3年生で初めて実験を行います。そのため、既に実験の進め方や器具の扱い方、レポートの書き方などを把握している私たち高専からの編入者はとても頼りにされ、いつのまにか「師匠」なんて呼ばれていました。

―そして、大学からは電子情報系から一転、「宇宙」をテーマに研究をされているんですね。

大学編入後、将来どのような研究者になりたいか、少しずつ考えを整理していった際に、子供の頃から自然現象に興味があることを思い出したんです。幼少期から長野県の川や山などの自然に触れて育ち、天候や川の流れが変わっていく光景を間近で見てきたこともあり、自然現象を研究するのも面白そうだと、漠然と思いました。

自然現象の研究とは言っても、理学部のようにサイエンス系ではなく、エンジニアリングという自分のベースを生かしつつ、「自然現象を捉える」という立場で研究をしようと、宇宙プラズマ波動の著名な研究者である松本紘先生(後の第25代 京都大学 総長)が率いる大講座の研究室を志望しました。そのまま、宇宙プラズマ波動関連の研究者になるため、京都大学の大学院に進学しました。

―大学・大学院での研究内容について教えてください。

観測ロケットに搭載されるプラズマ波動受信機の開発を行いました。既に取得されているプラズマ波動のデータ解析やシミュレーションを行うという選択肢もあったのですが、「自分で自然現象を捉えられる」点に面白さを感じ、このテーマを選びました。

プラズマとは液体・個体・気体と並ぶもう1つの物質の状態で、気体の温度がさらに上昇することで分子が分離した状態を言います。宇宙空間は99.9%がプラズマ状態で、そのプラズマ中で発生する電波を捉える受信機の開発を、私と先輩、後輩の3人で行っていました。

調整初期の頃のプラズマ波動受信機。電子盤からたくさんのケーブルや信号が出ている
▲調整初期の頃のプラズマ波動受信機。電子基板に多数のプローブを挿し、電気信号を見ながら動作確認をしていたとのこと

この受信機は、2000年にノルウェーで行われたSS-520-2号機の打ち上げ実験のロケット内に搭載されたものです。実験日までの限られたスケジュールの中でちゃんと動く装置を作らなければというプレッシャーがありました。相模原にある宇宙科学研究所の本部に装置を持ち込み、動作確認試験を行うも、装置はなかなか動かず、連日終電で宿泊地に帰り、朝にはまた宇宙科学研究所に行き、を繰り返していました。粘り強く装置の調整を行い、なんとか実験に間に合わせることができ、宇宙空間のプラズマ波動のデータを得ることができました。

その後、この装置をベースに発展させた月周回衛星「かぐや(SELENE)」のプラズマ波動受信機の開発の初期段階にも参加しています。しかし就職のため途中で離脱しなければならなかったのは、非常に残念な点でした。

当時は、まだ学生でありながら、大規模な観測実験のための装置開発に参加させていただき、貴重な体験をさせていただきました。装置開発の責任者は先生ですが、プラズマ波動受信機の開発自体は私たち学生に任されていた部分が多く、プレッシャーを感じながらも責任感を持って取り組んでいました。

また、プラズマ波動受信機内には、信号処理や観測制御のためにマイコンチップとDSPを使っています。これは、高専の時にマイコンのプログラミング実習があった経験が生かされました。それ以降も、高専でハードウェアやソフトウェアを触ったり、プログラミングを行ったり、信号処理を学んだりと、幅広く勉強した経験が生きていると感じる瞬間は多くあります。

諦めずに頑張った経験は将来に役立つものになる

―現在のお仕事について教えてください。

修士課程修了後の2001年に、通信総合研究所(現:情報通信研究機構(NICT))に入所しました。通信総合研究所では新たな衛星ミッションの検討が始まっており、それに参画する形で採用していただきました。

ただ、入所後に衛星ミッションの雲行きが怪しくなり、最終的には検討中止となっています。当時は、ミッションの行く末がわからない中、私自身も研究成果を出すことができず、もどかしい日々を過ごしていました。このままでは研究者として終わってしまうと思い、異動願いを出しました。

異動先は「ライダーグループ」という部門です。そこで人間の目では見ることのできない大気中の風を遠隔計測(リモートセンシング)する「ドップラーライダー」の運用に携わることになりました。ドップラーライダーは、大気中にレーザー光を照射し、大気中の微粒子にあたって戻ってくる時に発生する光の周波数のずれ(ドップラーシフト)を利用して、観測している方向の風速を取得する装置です。

例えば、飛行機の離着陸時の風の状態を計測するために実際に利用されています。私が2005年に初めてドップラーライダーの研究に携わった時にはまだ実験段階の装置でしたが、2010年代前半ごろから実用化され、現在では主要空港に導入されるに至っています。

コンテナがトラックの後ろに積まれている様子
▲仙台空港で海風を観測中の様子(2006年8月)。トラックにドップラーライダーを内蔵したコンテナを積載し、ドップラーライダーを運搬できるようにしていました

ドップラーライダーで海風前線(海から陸に向かって吹く冷気流)を初めて捉えた時は感動しました。海風が吹くと涼しさは感じるものの、風自体は目では全く見えないものです。しかし、ドップラーライダーを使えば、前線の形状、空気の境目までが綺麗に可視化されます。学生時代からの夢であった「自分で自然現象を捉える」をまさしく感じた瞬間でした。

学会にて、質疑応答中の様子
▲国際学会(CLRC2018)にて、NICT沖縄電磁波技術センターに在籍時(2011-2016年)に観測した結果を発表しました。岩井さんが着ているシャツは「かりゆし」です

現在は、リモートセンシング技術の研究開発の一環として、災害を引き起こす大気現象の事前予測に活用できるライダーの開発を進めています。近年毎年のように、ゲリラ豪雨や竜巻などの突発的な大気現象や、よりスケールの大きな線状降水帯が日本各地で発生し、様々な被害が出ています。現状、これらの大気現象の事前予測は困難です。その要因の一つに、風と水蒸気の観測データが不足していることが挙げられます。

私たちはその課題を解決するため、目への安全性が高い赤外線のレーザー光を用い、大気中の風と水蒸気量を同時に計測できる水蒸気差分吸収ライダーの開発を進めています。水蒸気差分吸収ライダーの概要はNICTニュースを、解説動画はNICTchannelをご覧ください。まだ研究段階ではありますが、近い将来に実際に気象予測に利用されるところまで完成度を高めていきたいです。

見晴らしのいい場所に四角いコンテナ型のもの(ドップラーライダー)が置かれている様子
▲NICT沖縄電磁波技術センターにあるドップラーライダー(2024年5月)。水蒸気観測に向けて準備中です

―そのほかにも、今後チャレンジしたいことはありますか?

重要な気象要素である「気温」のリモートセンシングにもチャレンジしたいと思っています。通常、高度が上がるにつれて温度は下がっていきますが、単純に下がるわけではなく、複雑な構造をしています。その構造そのものが、天候に関わるものです。

地面の近くは温度センサーで気温を計測できますが、上空の気温を計測することはできません。最近ですとドローンに温度センサーをつけて飛ばす方法もありますが、継続的にドローンを飛ばし続けるのは困難です。

そこで、地面に設置されたライダーから上方向にレーザー光を照射し、大気中から戻ってきた散乱光を解析して、上空の温度の構造を取得できればと考えています。「気温」「水蒸気」「風」の3つは重要な気象要素と言われており、この3つを同時に計測できるライダー装置をつくることができれば画期的だと思っています。

3人で、それぞれ賞状を持って記念撮影
気象集誌論文賞受賞時に、NICT所属の共著者のみなさまと(2018年)(中央:岩井さん、
 左:石井昌憲さん(現:東京都立大学 システムデザイン学部 航空宇宙システム工学科 教授)、
 右:川村誠治さん(現:NICT電磁波研究所 電磁波伝搬研究センター リモートセンシング研究室 室長))

―最後に、高専生へのメッセージをお願いします。

15歳から20歳までの貴重な5年間をどう過ごすかは、将来にとって非常に重要だと思います。私が就職してから「研究者として終わってしまう」「研究者を辞めようか」と思い悩んで心が折れかけた時は、高専で培った精神力で乗り越えられました。

勉学だけでなく、失敗を恐れずにさまざまなチャレンジをした経験というのは、必ず将来に生きてくるものです。明確な夢がある方もない方も、普通の高校生では体験できないようなことに粘り強くチャレンジすることで、きっと道は開けていくものだと思います。

岩井 宏徳
Hironori Iwai

  • 国立研究開発法人情報通信研究機構 経営企画部 企画戦略室 プランニングマネージャー

岩井 宏徳氏の写真

1997年3月 長野工業高等専門学校 電子情報工学科(現:工学科) 卒業
1999年3月 京都大学 工学部 電気電子工学科 卒業
2001年3月 京都大学大学院 情報学研究科 通信情報システム専攻 修士課程 修了
2017年9月 東北大学大学院 理学研究科 地球物理学専攻 論文博士
2001年4月 独立行政法人通信総合研究所(現:国立研究開発法人情報通信研究機構) 電磁波計測部門 太陽・太陽風グループ 一般(技術職)
2005年4月 同 電磁波計測部門 ライダーグループ 研究員
2011年4月 同 電磁波計測研究所 センシングシステム研究室 主任研究員
2016年4月 同 電磁波研究所 リモートセンシング研究室 主任研究員
2023年7月 同 電磁波研究所 リモートセンシング研究室 研究マネージャー
2024年8月より現職

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