東京都立高専(現在の都立産技高専)OBでもある芝浦工業大学の飯塚浩二郎先生は、現在ポーランドにて研究留学中。4年ほど勤めた会社を退職して研究の道に戻った経験を持ち、「やらない後悔はしたくなかった」と話します。学生時代や現在の研究について伺いました。
成績を上げる楽しさに目覚めた高専時代
―進学先に高専を選んだ理由を教えてください。
両親の勧めです。文系科目に弱かったこともあり、「普通高校よりも楽しく学べるだろう」と判断したようです。私自身は、東京都立高専が「高専に来ればSONYのテレビを直せるようになる」と触れ込んでいたことに惹かれました。
当時、家にパソコンはなく、テレビから入る情報がほぼすべてでした。「好きなテレビのことを理解できるようになるなら、高専に行くのもいいな」と思ったという、単純な理由です。
―実際に進学して、いかがでしたか。
自分が好きなものに集中する、いわゆる“オタク”タイプは、90年代の当時はまだ世間にとって珍しい存在でした。理系色が強いだけでオタクと見なされ、変な目で見られてしまうような時代でしたから、「機械工学が好き・楽しい」とはなかなか言いづらく、部活に打ち込んだ5年間を送りました。
ただ、何がきっかけだったかは定かではないのですが、高専に入ってから少しずつ“勉強のコツ”がわかるようになったんです。自分の成績が良くないことをコンプレックスに感じていて、中学生の頃から「どうすれば順位を上げられるのか」とずっと考え続けていた私にとって、これは非常に大きな変化でした。
コツがわかるようになると、今度は成績が上がっていくことが楽しくなりました。勉強をした結果が順位になって返ってくることに快感を覚えたのです。部活に打ち込んだ5年間とはいえ、勉強全般も楽しくできて、なかなか充実した高専生活だったのではないかと思います。
―卒業後、大学へ進んだのはなぜですか。
高専は5年間ずっと同じところで過ごすため、どうしても世界が狭まってしまいます。一般的な学生生活や、もっと広い世界を知りたいと思い、大学進学を目指しました。
当初は趣味のスキーもできるからと、新潟にある大学に推薦で行こうと思っていたのですが、なんとギリギリで成績が上がり、ワンランク上の大学を狙えることに。そこで、自宅から通える距離にあった東京農工大学に進学を決めました。農工大は外部からの編入生が多く、将来を真剣に考えている学生ばかりで、入学して早々にたくさんの刺激をもらいました。
高専時代、機械工学の勉強は勉強にしかすぎなかったのですが、大学に来て初めて「機械工学は世の中を解決するアプローチなんだ」と知り、一気に面白さを感じるようになったのを覚えています。
つくった先の社会をイメージした「本気の砂遊び」
―大学院を卒業後、一般企業への就職を選んだのはなぜですか。
大学を決めたときに、雪国に行けなかったことを少し悔やんでいて(笑) スキーをしながら働きたいと思い、雪国に本社がある会社を探しました。その中のひとつがセイコーエプソンです。主に、プリンターのヘッド周りの開発研究を担当し、やりがいも感じていました。
ただ、仕事ばかりの毎日でスキーなんてする余裕はまったくありませんでしたね。それと、退職して新たな挑戦を始めた同級生の話もちらほら聞こえ、自分も違う道に行くことを意識するようになったんです。
―退職後、総合研究大学に進学したのはなぜですか。
高専時代は周りの目が気になってしまい、「工学が好き」なんて言える環境ではありませんでした。でも、改めて自分は何がしたいかと考えたとき、「宇宙」と「ロボット」がパッと浮かんだのです。会社をやめたら憧れていた分野について勉強をしてみようかと考えていた頃、JAXAの宇宙科学研究所を拠点とする宇宙科学コースが総合研究大学に設置されたと聞いて、「動き出すなら今しかない」と思いました。
不安がなかったかと言えば嘘になりますが、それよりも「やりたい」と思ったことをやらなかったほうが後悔すると思ったのです。4年ほど勤めた企業を退職し、研究の道に足を踏み入れることになりました。
教員になったのは、大学で研究を続けながら、学生と一緒に研究活動を深めたいと思ったからです。
―現在の研究内容について教えてください。
月面や農業現場、被災地のような人工的に整備されていない「軟弱地盤」で、物理・数学・土質力学を考慮に入れながら移動を実現させる「移動機構」(自動車で言うところのタイヤ)に関する研究をしています。
砂や泥のような軟弱地盤は、移動機構との接触運動によって滑り、壊れ、さらには沈下現象を引き起こしてしまいます。すると、その時点で本来の目的が果たせなくなってしまう。そこで、さまざまな移動機構や特殊タイヤの検討・開発を通し、通常では移動できない環境で移動できるロボットを数多く提案しています。
現在は、月面で活動できる特殊移動機構や、農業現場で農業従事者のストレスが低減できる草刈りロボットの開発などを進めています。また、月面の移動に関する研究では、憧れの「宇宙」と「ロボット」を形にした月惑星探査ロボットに関する研究も継続しています。大人による「本気の砂遊び」のような感覚です。
―研究のモチベーションはどこにありますか。
つくった先に社会があることです。社会が抱える困り事を研究によって解決できることは、何よりのモチベーションになります。研究も勉強も同じで、その先に何があるかを考えると物事はより意味を持ちますし、楽しくなると思っています。
研究って、周囲が思っているよりもずっと地味なんです。黙々と金属を削る作業を続けることもよくあります。でも「金属を削っている」とだけ考えるとつまらなく感じますが、「この金属を削った先にどんな未来があるか」を想像すると、ワクワクすると思いませんか。
自分の脳を使って考えることが大切
―現在の活動を教えてください。
科学研究費助成事業による海外研究活動として、2023年9月から1年間限定でポーランドでの留学をスタートしています。英語が不得意なことをコンプレックスに感じていたので、そこを解消するためにも海外留学はチャレンジしたい分野でした。実は企業を退職した後も、大学に行くか留学をするか、ギリギリまで悩んでいたんです。
今、こうして夢が叶っていることをうれしく思っています。ポーランドはさまざまな国の方が住んでいて、みなさん多数の言語をネイティブレベルで使いこなしていることに驚きます。語学を勉強しながら研究を深め、ここで培った経験を日本の学生に伝えていきたいと考えています。
―学生を指導する上で大切にしていることはありますか。
私の研究は、学生の「こういうことがやりたい」という意見がきっかけで始まっているものがほとんどです。特に不整地・軟弱地盤を移動する研究は20年近く続けていますが、学生とのコラボレーションによって毎年のように新しいアイデアが出てきて、実におもしろいと感じます。
情熱を強くもった学生と一緒に研究を続けるためにも、同じ視点で考え、学生の好奇心を常に大切にしようと心がけています。
また、今の学生は良くも悪くも情報があふれかえった環境が当たり前になっています。何か調べようとするとすぐにスマホを取り出しがちです。そこで、アイデアを出し合うときには「何も見ないで考えてみよう」と声をかけるようにしています。すると、思いもよらない意見が次々に出てきて、なかなか興味深いです。
―最後に、現役の高専生へメッセージをお願いします。
私は「高専生」あるいは「高専出身」と聞くだけで身近な存在に感じて、心から応援したくなります。高専で過ごす5年間は3年制の普通高校とはまったく異なり、独特の価値観や感覚もここで大いに養われることでしょう。そして、この要素は社会に出てから、あるいは研究者になった場合においても大きな武器になることは間違いありません。
高専生はポテンシャルの塊であるとともに、どこか謙虚で、でも元気がある人が多い印象です。これは非常に良い要素だと思います。ぜひ「高専出身」の人生を楽しんでください。同じ高専出身者として、心から応援しています。
飯塚 浩二郎氏
Kojiro Iizuka
- 芝浦工業大学 システム理工学部 機械制御システム学科 教授
1995年3月 東京都立工業高等専門学校(現:東京都立産業技術高等専門学校) 機械工学科 卒業
1997年3月 東京農工大学 工学部 機械システム工学科 卒業
1999年3月 東京農工大学大学院 工学研究科 機械システム工学専攻 博士前期課程 修了
1999年4月 セイコーエプソン株式会社 情報画像事業本部 入社
2006年3月 総合研究大学院大学 物理科学研究科 宇宙科学専攻 博士後期課程 修了
2006年4月 中央大学 理工学部 電気電子情報通信工学科 教育技術員
2007年4月 中央大学 理工学部 電気電子情報通信工学科 助教
2008年8月 信州大学 ファイバーナノテク国際若手研究者育成拠点 助教
2013年4月 信州大学 繊維学部 機械・ロボット系機能機械学課程 准教授
2016年4月 芝浦工業大学 システム理工学部 機械制御システム学科 准教授
2018年4月より現職
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