高専との関わりも深い豊橋技術科学大学。今回は、豊橋技術科学大学のアントレプレナーシップ教育について、理事・副学長の若原昭浩先生にはその方向性や今後を、アントレプレナーシップ教育推進室 特定准教授の土谷徹先生にはその内容を伺いました。
スタートアップに必要な「仲間の存在」
まずは、若原先生にお伺いしました。
―豊橋技術科学大学でのスタートアップ教育について教えてください。
若原先生:「Tongali(トンガリ)プロジェクト」を、土谷先生を中心に進めています。これは、東海地区の大学の学部生・大学院生・ポスドクター・教職員・卒業生を対象に、次世代の起業家を育成・支援する多面的なプログラムを提供することを目的としたものです。始動した際は本校に加え、名古屋大学・名古屋工業大学・岐阜大学・三重大学が参加していましたが、現在は23大学が連携機関として参加しています。
若原先生:プログラムは、メンタリング、活動拠点の提供、活動資金の援助、起業に関する情報やノウハウを得るためのイベントの開催など多岐に渡り、いわゆる起業家教育のみならず、準備から起業後の事業展開までをシームレスにサポートしています。
若原先生:スタートアップ教育においては、起業のアイデアだけを出すのでは不十分だと考えており、その後の例えば試作やPoC(Proof of Concept、概念実証)といったステージまで進めないと、学生はスタートアップについてしっかり学ぶことができないと思いますね。
―スタートアップ教育において、先生の果たす役割は大きそうですね。
若原先生:やはり先生方が鍵を握っていると思います。先生方が教育しないと学生はどうしたらいいか分からないので、先生が学生のスタートアップやアントレプレナーシップ教育をサポートするというマインドを持っていないと、プロジェクトは全然動かないですね。
あとは、直接顔を合わせて一緒に取り組める「同年代かつ異分野の仲間」も必要です。近くの大学や専門学校などと連携して、友人関係からスタートアップをつくれるような環境を整えていくことはマストであり、起業の第一関門だと思います。技術的なコアを持った人と経営的なコアを持った人とが一緒に起業して、その後大企業になったケースって、いくつもありますよね。
若原先生:スタートアップをするのに地頭の良さは必要ありません。トレーニングすれば、自然と上がっていきます。それよりも、「成し遂げたい」「自分の芯であるこの技術で商売するんだ」という強いマインドが必要です。そこがなかったら、何も進みません。
—それだけの熱意が、スタートアップには不可欠なんですね。
若原先生:ただ、1人だけ企業に入って社内ベンチャーするとなった場合、父親ほど年の離れた社員さんと仕事をするのは、熱意を持っていたとしても、やりにくんじゃないかと思うんです。
だからこそ、「同年代かつ異分野の仲間の存在」が必要なのではないでしょうか。チームを組んで、「ベンチャー創出プロジェクトチーム」みたいな形で企業に入れていただく方が、スムーズに進むと思います。
チームという安心感はありつつ、企業にいらっしゃるモノづくりの専門家からサポートも受けられる。そういった開発環境だと、事業コンセプトを実装化しやすいと思っています。これは私の心の中で温めている考えで、まだ実装は出来ていませんが(笑)
―スタートアップ教育において、高専との連携については、具体的にどのように動いているのでしょうか。
若原先生:土谷先生を筆頭に高専に出向いて、情報交流、サポートをしています。私たちに求められているのは、高専とのネットワークを強化して、学生のスタートアップの出口を広げることです。大学としても、アントレプレナーシップ教育や研究開発、社会実装を目標と定めているので、その目標に向かって実働する方を確保するために組織を変えようと思っています。
若原先生:学生を巻き込んでスタートアップをやりたい高専の先生はいらっしゃると思うので、相応のバックアップ体制を高専と一緒につくっていきたいですね。例えば、高専スタートアップコンソーシアムとして、本当にスタートアップを支援したい企業や地域の大学だけが参画するという仕組みをつくる、といったことが挙げられるでしょうか。
「本当にスタートアップを支援したい」と考えているところだけ——ここが重要ポイントです。思いが共通しているからこそ発生する駆動力があると思っています。スタートアップで学生に求められる熱意や芯は、企業側にも同様に求められているはずです。
人材育成と共同研究がセットでできる
―スタートアップ教育としてPBL(課題解決型学習)を行う教育機関は多いですが、豊橋技術科学大学では「課題解決型実務訓練」をされています。
若原先生:学部4年生の1~3月、博士前期課程の4月~6月第1週くらいまで行う産学連携の実務体験で、トータル5か月ほどあるプログラムです。結構、長期間にわたります。
受け入れ企業との合意が前提になりますが、これを利用して、例えば企業でがっつりマーケットニーズ調査をしたりできますよね。その後、大学院でスタートアップを創業してもいいですし、企業に就職して、その企業と同意のもと事業承継を見据えた社内ベンチャーをしてもいいと思っています。
若原先生:また、休学や長期履修制度を利用して世の中に出て、社会勉強した後に大学へ戻り、修士や博士の学位を取ることもできます。つまり、必要なときに大学に戻ってきて、最新・最先端の知識やノウハウ・スキルを得ていただくというのが、本当の意味のリスキリング教育だと思うんです。
リスキリング教育で言えば、共同研究プロジェクトとして、企業・その企業の社員さん・大学の3者合意で、社員さんに社会人ドクターとして大学に来てもらう仕組みもつくっています。
―その場合、通常の大学と企業による共同研究とは、どこが違うのでしょうか。
若原先生:一般的な共同研究は大学側が開発した技術を企業がもらっていることが多いのですが、もらった技術を使い終わったら、その後がないですよね。しかし、「技術」と一緒に「大学で社会人ドクターとして研究開発し、学位を取得した社員」が来たら、その後も企業内でその技術を進化させていくことができます。
実際にいくつかの企業さんと動いていますが、人材育成と共同研究がセットでできているので、企業さんからも良いフィードバックをいただいています。
若原先生:ただ、この共同研究プロジェクトは「企業側による人材育成のニーズ発進」のものですので、例えば企業さんへの後継者兼スタートアップ人材の入社となると、「大学側からの発進」という逆の順番になると思います。学生のスタートアップ構想に合う企業がどこなのかマッチングし、その後のフォローアップを大学側が別途協議しないといけません。
―例えばアメリカではスタートアップが盛んですが、共同研究においての日米の違いはあるのでしょうか。
若原先生:アメリカでは、博士後期課程の大学院生に契約ベースで給料を払って共同研究をしていることが多いので、給料をもらっている以上、成果を出さないとクビを切られるんですよね。ですので、学生はとても一生懸命取り組みます。だからこそ、共同研究を通して得られる能力はとても高いです。
また、共同研究を通して学生の能力が高まるだけでなく、企業と何度もミーティングなどを行うので、その企業について深く知ることもできます。それによって、通常の採用だけでなく、その企業内でベンチャーとして研究の続きを行うといったケースも出てくるでしょう。企業、学生双方にとってメリットのあることではないでしょうか。
「大学院生を研究者として捉える」とは、そういうことだと思います。ただ、日本の場合は、工学系の大学院生となると国の支援によるものだけで、共同研究に人件費を積んでいないケースがほとんどです。「学生に働いた分だけお金を渡せるような仕組み」をつくりたいと思っています。
現状のアントレプレナーシップ教育の課題
続いて、土谷先生にお話を伺いました。
―土谷先生は高専に対してスタートアップ教育をされているそうですね。
土谷先生:去年から高専に対して教育イベントをしていまして、来月は旭川高専で行います(取材当時)。
旭川高専はスタートアップ教育が進んでいて、何年も前から単位が認定される講義をされているんです。11月にはStartupbaseU18による「スタートアップ・ベース U18 in 旭川」という、高校生や高専生による2日間の起業体験プログラムが開催される予定です。
ちなみに、そのイベントの主催者でStartupbaseU18の代表である、株式会社まつりばの森さんとは、一緒にスタートアップの教材『アントレプレナーシップ・プログラムワークブック』をつくっています。テキストに書き込みができる体裁にしていまして、リモート授業や自主勉強に対応できるようにしています。
―豊橋技術科学大学において、スタートアップ教育に力を入れ始めたのは、いつ頃なのでしょうか。
土谷先生:2018年から「アントレプレナーシップ教育プログラム」を始めています。年々内容は改善していっていますが、「アイデアを出すところ」に重点を置いて今は進めています。
土谷先生:そのほか、スタートアップに必要な「チームビルディング」についても、MeCoFaの川上さんや田邊さんと一緒に教えています。「チームビルディング」は、単なるチームワークだけでなく、自分自身の強みや弱みを見つめ、それをチーム内で尊重し、補い合うような関係性を構築するものです。チームビルディングができていると、作業効率やグループワークが格段に良くなるんですよ。
アントレプレナーシップ教育プログラムでは、そういったチームビルディングを勉強するために、ときにはビジネスゲームのようなこともしています。
―「アイデアを出すところ」を重要視されている理由は何でしょうか。土谷先生は企業に勤められていた経験がございますが、そこも影響しているのでしょうか。
土谷先生:そうだと思います。僕はもともと富士フイルム株式会社で約19年間働いていました。ちょうど第2創業期を経験でき、ライフサイエンス関連システムの研究開発、遺伝子診断チップ・システムの研究、医工連携業務など、いろいろなことを経験させていただきました。
当時、富士フイルムは写真フイルム事業が崩壊し、会社存続の危機でしたので、ほとんどの人は「どうしよう」という感じで、社内も落ち着きがなかったのですが、僕は逆に楽しくて仕方がなくて(笑) 「やってやるぞ」と、やる気に満ち溢れていましたね。もともと電子工学で入社したのですが、「これからの時代はバイオだ」ということで、2年目からはバイオの設備や施設の立ち上げに始まり、バイオ関連機器開発に関わりました。
土谷先生:富士フイルムでたくさんのアイデアを形にしてきましたが、そこから感じることは、世の中のアントレプレナーシップの教育プログラムは、けっこう経営学に寄り過ぎていると思うんです。僕はそれがあまり良くないと感じているんですよね。
いろいろなプログラムで、仮説検証やプロトタイピングをするのですが、蓋を開けてみると「こんな結果が欲しかったんだっけ?」となるのがほとんどです。「起業」が目的になっていて、ビジネスプランをつくることに前のめりになりすぎていると思います。
そして、思うような結果に結びつかないときは、ほとんどがアイデアの検討不足か、課題をしっかり捉えていないことが原因です。初期段階で検討不足や考え方の誤りがあれば、その後の工程はうまく進まなくなる。だから、「アイデアを出すところ」は重要なのです。
課題に深く突っ込んで、課題の「構造」を捉えてアイデアを出す。そういったところに力を入れて、スタートアップ支援やアントレプレナーシップ教育を進めています。ただ、アイデアを出すだけでは教育プログラムとしては不十分だと思いますので、2024年度からは起業までの一貫した教育をプログラムとして揃える予定です。
解決の糸口となる「未来創造」という考え方
―「アイデアを出す」ために、具体的にはどのような教育をされているのですか。
土谷先生:そのために私は、先ほどの『アントレプレナーシップ・プログラムワークブック』以外にもテキスト教材をつくっているんです。先ほど、課題の「構造」を捉えることが重要だとお話ししましたが、その教材では「未来創造」がポイントになると伝えています。
「未来予測」という言葉はよく書籍などで使われていますけど、実は未来予測してもあまりいいことないんですよね。「悪い未来が予測されたら、受け入れられますか?」となるわけです(笑)
それよりも大事なのは、「未来を創造する自分たちが、どういう未来をつくり上げたいか」という考え方——これが「未来創造」です。そして、「現在」と「創造した未来」の間や、「予測した未来」と「創造した未来」の間にあるギャップに「本来考えないといけない本質的な課題」が眠っているんですよね。
土谷先生:ここで大切なのは、「今見えている課題は誰かがすでに手を付けていること」と、「3年後も同じ課題があるわけではないこと」です。ちゃんとビジネスを真面目に考えて、社会を変えようと思ったら、今の課題について考えるよりも、未来の課題について考える方が重要です。それを訓練すると、自分の理想とする未来が見えてきて、そのギャップを埋めるためにどうすれば良いのかが見えてきます。
それを突き詰めていくと課題の「構造」が見えてくるので、あとは自分の持っている技術がその課題のどこに貢献できるかを当てはめて考えていくと、わりと良い取り組みができると思いますね。
富士フイルムで経験したのは、従来のものの延長線上が何一つない世界で、ゼロから何かを生み出す方法や思考法です。課題の「構造」をしっかりと捉えて、考え方を訓練する。「スタートアップには未来創造が大事だよ」と、学生には伝えています。
若原 昭浩氏
Akihiro Wakahara
- 豊橋技術科学大学 理事・副学長(研究、将来構想、高専連携担当)
1990年 京都大学 工学部 助手
1997年 豊橋技術科学大学 工学部 助教授
2005年 同 工学部 教授
学長補佐、系長を経て、2022年より現職
土谷 徹氏
Tohru Tsuchiya
- 豊橋技術科学大学 研究推進アドミニストレーションセンター(RAC) アントレプレナーシップ教育推進室 特定准教授/主任URA
1991年 豊橋技術科学大学大学院 電気・電子工学専攻 修士課程 修了
1991年~2009年 富士フイルム株式会社 研究員
2010年 愛知教育大学 ものづくり教育推進センター
2011年 豊橋技術科学大学 エレクトロニクス先端融合研究所 特任准教授
2013年より現職
2000年 博士(工学)取得
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