石川工業高等専門学校は、全国でも数少ない建築学科を有する高専です。幼い頃から絵を描くのが好きだったという熊澤栄二先生の、建築の世界を志すきっかけや歩んできた足跡、地域と大学をつなぐために研究を進めている現在までを語っていただきました。
芸大志望から建築の世界へ
―少年・青年時代はどのように過ごされましたか?
子どもの頃から絵が大好きで、よく絵を描いていました。他にも、カエルをつかまえたり、フナ釣りをしたり、プラモデルで遊んだりするのも好きでした。絵を描くのが好きだったのは、今思えば母が褒め上手だったからかもしれません。小学生から美術部ひとすじ。高校生の時は授業を抜け出してデッサンをするほどでした。あ、決して真似しないでくださいね(笑)。
油絵で芸大進学を希望していましたが、愛知県立芸大の受験に失敗。武蔵野美術大学建築学科には合格しましたが、建築学で歴史のある福井大学に急遽志望を変更しました。当時、現代芸術家の小野忠弘先生が福井大学建築学科で非常勤講師をされているとテレビ番組「日曜美術館」で偶然知り、進学を決めました。
最初は美術への心残りがありましたが、福井大学は1年生から専門に進むカリキュラムだったので、だんだんと設計に夢中になっていきました。当時は1年生から美術部の先輩たちの卒業研究の手伝いで駆り出され、研究室に頻繁に出入りするように。図面の作成や模型作成の手伝い、「パースペクティブドローイング(透視図)」と呼ばれる作図の作業などを進めていました。
建築とは、人の暮らしを思い描くこと
―福井大学から京都大学の大学院へ進んだ経緯を、教えてください。
当時は今のような就職活動の仕組みがなく、建築の業界で働きたいなら企業に電話してアポイントをとり、何とか内部にもぐりこんで上層部にアプローチする、といった世界でした。
私が出入りさせてもらっていた大手ゼネコンの設計部にはゼミのような勉強会があり、人文系のレベルの高い学問をテーマにした議論がつねに交わされていました。日中は仕事をして、夜はそのままみんなで勉強会(笑)。楽しかったし、充実していましたね。
福井大学に大学院博士課程ができるにはあと2年と聞き、当時は旧帝大でしか博士号をとれなかったので、開学を待つ1年間は遊んで来ようと思い、研究生として京大に行くことにしました。京都では景観問題で揺れており、学内で学部横断的な体制で景観論をまとめようとしていた頃で、全国から学生や企業人が集まっていました。私も寺社の景観を専門に研究することになりました。
大学院のアトリエは設計事務所とゼミを合わせたような雰囲気で、夜遅くまで集まって議論して、お腹が空くとラーメンを食べたりお酒を飲んだり。いろんな人と一緒にプロジェクトをまわしていました。
―その頃には、美術に対する思いは建築へと変わっていったのでしょうか。
実は、大学受験の時に少し悩んでいたんです。練習すればするほど絵を描くテクニックは身につくけど、じゃあ「絵を描く意味は?」と考えた場合、答えが見つからなくて。例えば、ルネサンス期の宗教画は人々の暮らしのなかで大切な意味を持ちあわせていましたが、現代の日本だとそうではない。考えるにつれ、絵を描くことに疑問が生まれはじめていたんです。
その点、建築の場合は「空間芸術」ですから、すべてが新鮮でした。その頃から自分自身の興味関心が、正確に対象を見つめて描くことから、人の暮らしを思うことに移り変わったんだと思います。
同じような私の“病気”は大学院時代にも発症しました(笑)。建築のテクニックを習得し、コンペには積極的に参加するけど、その先に何があるんだろう、と。大学院2年生で就職か進学かで迷った時は下宿に1週間こもって、30歳までに実現したいことを血がにじむ思いで考えました。
その結果、少なくとも「自分の発言する場所が欲しい」ということがわかったので、研究者であれば論文などでそのステージが得られるのではないかと考えたのでした。
高専の建築学科ならではの魅力
―高専の印象を教えてください。
1997~98年あたりは、高専の専攻科設置が進められていた時期でした。石川高専も99年を目途に開学する動きがあり、人材を探していたんです。私は30歳くらいで、自分の研究も続けさせてもらえるならと思い、高専に行くことを決めました。
地元には豊田高専がありましたが、自分のまわりには高専生がいなかったので、私にとっては謎の組織でした(笑)。着任後、3年生の設計の授業に参加する機会があり、学生たちが設計や建築について熱く語る光景に驚きましたね。まだ幼い学生服姿なのに、議論の内容は大学や大学院生顔負けですから。高専生は純粋でポテンシャルの高い学生が多い。「子ども大学院」みたいな印象でしたね(笑)。
―研究テーマについて教えてください。
学校と地域をつなぐことを目的とした「トライアル研究センター」の立ち上げ時に、地域の困りごとや相談が山ほど舞い込んできました。主に商店街やまちの活性化について。赴任してから、地元の人との飲み会に参加して、地域の中に入っていきました。すぐに設計できるわけではなく、設計の前にまずは経営や人について考える。「心地いい場所とは」という疑問について繰り返し考える必要があります。
建築や設計は「組み立てる」仕事です。課題を整理して、秩序立てて並べ、多様な問題や観点をひとつに集約する。そうして課題を再構築してひとつにまとめていくのが建築の仕事だと考えています。段取りが8割。膨大な情報の整理が大事なんです。
昔、恩師から「ロングスパンとショートスパンのテーマを持ちなさい」と言われたことがあります。それで私がロングスパンのテーマに置いたのはイサム・ノグチのランドスケープです。2002年から1年間、NYのクィーンズのnoguchi museum(現在、ロングアイランドのIsamu Noguchi Garden Museum)に客員研究員として研究に従事しました。
―学生と接する時に、意識していることはありますか。
できるだけ学外の人に会う機会をつくることです。詳しい人を連れてきて本当の話を聞き、本物を見せる。建築の業界は、いい意味で変な人が多くておもしろいですよ。そういう私も「変な人」とか「他の人と言っていることが違う」とよく言われますが(笑)。
思い通りにならない人生だと思っていましたが、今考えると環境にはかなり恵まれていました。「悩み」や「遊び」の時期があったおかげで、業界や大学をフェアに判断できるようになったと感じています。
「悩む」のは「どうしよう」と逡巡している状態。それに対して「考える」は、比較検討ができる状態だと捉えています。悩んで考える時は「背水の陣」ではなく、逃げ道を残すことが大事。具体的な可能性を冷静になって前に並べて考えるようにしています。
―高専の建築学科に進学するメリットは、どんな点でしょうか。
高専の建築学科の教員は半分業界人なので、裏も表も知り尽くしています(笑)。なので、進路を選択する際にリアルな情報を手に入れるなら、教員をつかまえて積極的に人脈を広げていくこともできます。
早期技術者教育を実現する高専では、早い時期から建築技術について深く考える時間があるのがメリットだと思います。一方、諦めが早くなってしまうこともあるのでそこは要注意でしょう。私が当時先輩たちの姿を追いかけたように、身近なロールモデルを見つければクリアできる問題かもしれません。
就職の場合だと、高専卒の学生は図面が描けるので、就職先の複数社からかなり高い評価をいただいています。人材の引き合いも多く、「卒業生は全員うちに欲しい」と言ってくださる企業もあるほどです。ちなみに、この高専の門の一部は学生が設計したものです。
大学に編入学をすると、まわりの学生より知識も技術も上になると思いますが、現状にあぐらをかかず、留学したり研修に行ったり、チャンスを有効に生かすのがいいと思います。大学は「教えてもらう」というより、いろんな機会に出会える場所。留学や就職などの選択肢が広がるはずです。
熊澤 栄二氏
Eiji Kumazawa
- 石川工業高等専門学校 建築学科 教授、トライアル研究センター長
1986年 愛知県立一宮北高校 卒業
1990年 福井大学 工学部 建築学科 卒業
1992年 福井大学大学院 工学研究科 建築学専攻 修了
1998年 京都大学大学院 工学研究科 建築学専攻 後期博士課程 修了
1996年4月~1998年11月 日本学術振興会特別研究員(DC2)
1998年11月~2000年3月 石川工業高等専門学校 建築学科 講師
2002年10月~2003年9月 文部科学省 在外研究員
2000年4月~2007年3月 石川工業高等専門学校 建築学科 助教授
2007年4月~2018年3月 石川工業高等専門学校 建築学科 准教授
2018年4月~石川工業高等専門学校 建築学科 教授
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