
大島商船高専の高橋芳明先生は、色付きオートマトンの研究をされています。その原点は、幼少期から触れていたパソコンと、個性的な先生との出会いにありました。科学館職員や企業での経験を経て、難解な情報工学を「やさしく、ふかく、たのしく」伝えつつ、研究に邁進されている高橋先生の歩みと、その研究の魅力に迫ります。
二つの原点——教育と情報工学
―情報工学の分野を志した経緯を教えてください。
小さい頃から家に父が趣味で買ったPCがあり、それでゲームをするのが楽しみでした。中学生になると、父がデスクトップPCを与えてくれて、自宅にインターネットも開通しましたね。
ただ、当時のインターネットは今のように簡単に繋がるものではなく、電話回線を使ったダイヤルアップ接続でして、開通させるだけでも一苦労でした。まだネット検索ができない時代だったので、父と一緒に買ってきた雑誌を見ながら「ああでもない、こうでもない」と試行錯誤を重ねました。そしてようやく繋がるようになり、ネットサーフィンを楽しむようになったのです。
そのうち、さまざまなウェブページを見ているうちに「自分のホームページをつくってみたい」と思うようになりました。高校生の時に、父が初代iMacを購入してくれて、HTMLとCSSを独学し、メモ帳のようなシンプルなエディタを使って、手作業でタグを書きながらサイトを構築。当時はまだ便利なツールが少なかったため、「Mac Fan」など、いろいろな雑誌を買って調べながら学んでいました。

また、周囲にも同じような関心を持つ友人が何人かいて、一緒に「どうやったらできるのか」と話し合いながら技術を学んでいました。こうした経験を通じて、情報技術に対する関心が高まり、より深く学びたいという思いから、地元の大学の情報工学を学べる学科に進学したのです。
―教員を志したきっかけについてはいかがでしょうか。
中学時代に通っていた塾の先生と、ソフトテニス部の顧問の先生の影響が大きかったと思います。私は山口県出身ですが、塾の先生の多くが関西出身の方で、授業中の雑談がとにかく面白く、塾に行くのが毎週楽しみになるほどでした。勉強の話だけでなく、関西ならではのユーモアを交えた話術に引き込まれ、「教える」ということの楽しさを感じました。
一方、ソフトテニス部の顧問の先生は、強烈なキャラクターの持ち主でした。いつもユニフォーム姿で校内を歩き回り、試験監督中でもテニス雑誌を読んだり、ラケットで素振りをしたりするような先生でしたね。今ではコンプライアンス上問題があると思いますが……。指導は厳しいながらも、どこか愛嬌があり、生徒から慕われていました。その先生の強烈な個性を目の当たりにし、「学校の先生って面白い仕事かもしれない」と漠然と考えるようになったのです。
また、当時の自分は目立ちたがり屋な一面がありながらも、思春期ならではの悩みも抱えていました。ソフトテニス部で活発に活動する外交的な一面があった一方で、家ではひたすらパソコンに没頭する内向的な側面もあった。そうした思春期の時代を振り返ると、顧問や塾の先生のような「専門的でありながら、個性的で面白い存在」に強く惹かれていたことが、教職への憧れにつながったのかもしれません。
―しかし、大学から修士課程に進んだ後は、企業に就職されています。
大学では教職課程を取って工業高校の教員になることを考えましたが、必要取得単位の多さに圧倒され、当時は断念しました。今思えば無理をして挑戦しておけばよかったと少し後悔しています。卒業後はシステム系の企業に就職しましたが、教育に関わる仕事をしたいという気持ちが捨てきれず、地元の科学館へ転職。当時は学芸員の資格を持っていませんでしたが、採用後に取得することを条件に雇っていただきました。
科学館では8年間勤務し、子ども向けの科学技術普及活動に携わりました。業務は、科学ショーの実施やイベントの企画・運営だけでなく、日本全国の科学館を視察し、教育プログラムの研究を行うことも含まれていました。特に週末は、子どもたちに実験を披露するサイエンスショーを担当。観客を楽しませるための喋り方や見せ方などが徹底的に鍛えられました。この経験は、いまの教員生活にも大いに役立っています。

また、科学館では日本初のニコラ・テスラ(※)の企画展の立ち上げにも携わることに。セルビアのベオグラードにあるニコラ・テスラ博物館を訪問し、展示物の借用交渉を行うなど、海外業務にも関わる貴重な経験を積みました。
※ニコラ・テスラ(1856-1943)。セルビア系アメリカ人の発明家で、交流電流方式の発明者。「交流モーターの父」としても知られ、現在でも二コラ・テスラの発明した交流電流の礎が、発電や送電、変圧の場などで活用されている。

しかし、科学館での仕事を続ける中でも、教職への未練は消えませんでした。そんな時、科学館で小・中学生向けのプログラミング体験教室を企画することになり、大学時代の恩師である伊藤暁先生に声をおかけし、一緒に講師を務めたのですが、この経験を通じて「本格的に教育に関わりたい」と再び強く思うようになり、大学院博士課程への進学を決意したのです。
―科学館で働きながら博士号を取得されたのですね。
そうです。社会人学生として博士課程に進学し、科学館に勤めながら研究を進める日々が始まりました。科学館の仕事は土日が勤務日で、月曜日が休みだったため、週に一度、大学院へ通いながら研究を続けるというハードな生活を約6年間続け、博士号を取得しました。

途中からは、より専門的な知識を深めるためにネットワーク技術を学びたいと考え、科学館を退職し、病院ネットワークの構築を手がける企業「テレ・メディア」に転職。そこでも博士課程の研究を続けながら、アカデミックなポジションを目指していることを社長にお伝えしたうえで働かせていただきました。社長も学術的なキャリアに理解がある方だったので、研究と仕事を両立することができたのです。

そして、博士課程在学中に教育・研究の両方を生かせる道を探していたところ、山口県の大島商船高専で教員の公募があることを知り、応募を決意。ありがたいことに採用いただき、高専教員としてのキャリアをスタートしました。ちょうどその頃、伊藤先生が若い頃に大島商船高専で非常勤講師を務めていたことを知り、運命的なつながりを感じましたね。
色付き有限オートマトンが切り開く、新たな計算モデルの可能性
―現在のご研究について教えてください。
大学4年生の時に配属された研究室の先生が、オートマトン理論の分野で著名な先生でした。その先生の教え子である伊藤先生の研究室に所属することになり、そこでオートマトン理論の研究を始めました。卒業論文では、オートマトン理論とグラフ理論の関係をテーマにしましたが、それが現在の研究の基盤となっています。
現在は、計算機の計算能力の限界を見定め、効率的な計算方法を探求する研究をしています。計算機科学の分野では、1930年代にアラン・チューリングが発明したチューリング機械が計算の基礎となっており、現代のコンピュータも理論的にはこのチューリング機械と変わりません。私の研究の目的は、計算機が特定の問題をどの程度効率よく解くことができるのかを明らかにし、計算機の能力の限界を探ることにあります。
具体的には、私が提案した「色付き有限オートマトン」という新たな計算モデルに取り組んでいます。このモデルは、従来の有限オートマトンに「色」という識別情報を加えることで、より詳細な状態の判別や分類を可能にするものです。例えば、従来のオートマトンが「入力を受理するか、しないか」という二値の判断しかできなかったのに対し、色付き有限オートマトンでは「この入力は(複数ある)どのカテゴリに属するのか」といった、より細かい分類を可能にします。

―どのような応用可能性のあるご研究なのでしょうか
色付き有限オートマトンの応用可能性としては、セキュリティ分野やWebシステムの正規表現エンジン、産業分野のモデル検査などがあります。例えば、侵入検知システム(IDS)は普通だと「ブラックリスト」と「ホワイトリスト」に基づきアクセスを許可するかどうかを判定しています。しかし、色付き有限オートマトンを用いると、より細かいレベルでの識別が可能になり、「この通信はブラックリストに該当するものではないが、注意が必要なレベルだ」といった判断ができるようになります。
また、Webシステムの正規表現エンジンにも応用可能です。現在の正規表現エンジンは、「このパターンにマッチするかどうか」を判定する際に、多数のif文を使ってチェックを行っています。しかし、色付き有限オートマトンを適用すれば、一度に複数のカテゴリを識別できるため、より効率的に処理できるようになります。例えば、メールの誤送信防止システムにおいて、「このメールは学外か/学内か/学生宛てか」といった分類を、従来よりも負荷を抑えて行うことが可能になります。
このように、色付き有限オートマトンの理論的研究を進めるだけでなく、Webシステムやセキュリティ分野への応用を通じて、実際の技術開発にも貢献することを目指しています。現在の課題としては、この計算モデルの有用性を広く認知してもらい、他の研究者にも関心を持ってもらうことが挙げられます。
―研究面以外の現在の目標について教えてください。
高専教員としての経験はまだ浅いですが、学生指導や授業を通じて自分の未熟さを痛感することが多いです。特に授業準備に時間をかけることで、授業の質が大きく変わることを実感しているので、分かりやすく、内容の濃い授業を提供できるよう努力していきたいです。

プライベートは三人の子どもと過ごす時間がほとんどですが、家族でのキャンプが大きな楽しみの一つです。大学時代からキャンプをしていましたが、コロナ禍をきっかけに本格的に再開しました。キャンプブームもあり、道具を揃えながら家の庭でのキャンプも楽しんでいます。
山口県内にはキャンプ場が多く、標高の高い山奥で自然を満喫できるのですが、まだ子どもが小さいため、家族向けのキャンプ場を中心に訪れています。特に家族旅行村のような施設は、小さい子どもがいても安心して楽しめるので、今はそうした場所を選んでいます。また、料理が好きなので、毎回キャンプ飯を工夫してつくるのも楽しみの一つです。自然の中でリフレッシュしながら、家族との時間を大切に過ごしています。

―学生を教育・指導する上で大切にしていることを教えてください。
教員になり、ソフトテニス部の顧問を務めるという長年の夢が叶いました。部員と一緒に練習しながら学生時代の感覚を取り戻し、指導を行っています。試合で選手が成長していく姿に感動することが多いですが、思うような結果が出せなかったときには、自分の指導力の不足を痛感することもあります。より良い指導ができるよう、自分自身の技術や指導法を磨いていきたいと考えています。

私は「難しいものを優しく、優しいものを深く、深いものを楽しく」という考え方を大切にしています。これは、以前勤めていた科学館のモットーです。学生が難しいと感じる理論や技術も、背景を丁寧に説明し、「これは社会のどこで使われているのか」という視点を加えることで、興味を引きやすくなります。

例えば、ネットワークやセキュリティの授業では、実際に発生した通信障害の事例を取り上げ、その原因や影響を考察することで、学んだ内容が実社会でどのように生かされるのかを実感できるようにしています。
情報工学は、AIやプログラミングなどの華やかな側面が注目されがちですが、その基盤には数学やアルゴリズムといった基礎があります。多くの学生が難しさを感じる分野でもあるので、できる限り現実世界と結びついた学びを提供し、興味を持って学べるような授業を心がけています。

―これから高専を目指す中学生へのメッセージをお願いします。
高専は、技術を学ぶための素晴らしい環境が整っており、熱意あふれる個性豊かな先生が揃っています。情報工学、電気、建築、化学など、幅広い分野の専門家が在籍し、挑戦したいことや学びたいことがあれば、先生は親身になってサポートしてくれます。
「こんなことを学んでみたい」「将来こういう分野で活躍したい」という目標がある人はもちろん、まだ自分のやりたいことがはっきり決まっていない人も、高専のカリキュラムや環境の中で新たな興味や挑戦の機会を見つけることができるはずです。授業や実験、先生や仲間との関わりを通じて、自分の可能性を広げていってください!

高橋 芳明氏
Yoshiaki Takahashi
- 大島商船高等専門学校 情報工学科 准教授

2002年3月 山口県立防府高等学校 卒業
2006年3月 山口大学 工学部 知能情報システム工学科 卒業
2008年3月 山口大学大学院 理工学研究科 電子情報システム工学専攻 博士前期課程 修了
2008年4月 宇部興産機械株式会社
2011年4月 公益財団法人 防府市文化振興財団・防府市青少年科学館
2019年7月 株式会社テレ・メディア
2020年4月 大島商船高等専門学校 情報工学科 助教
2022年3月 山口大学大学院 創成科学研究科 システム・デザイン工学専攻 博士後期課程 単位取得退学
2022年4月 大島商船高等専門学校 情報工学科 講師
2022年11月 博士(工学)
2023年4月より現職
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