2023年、沖縄高専に「観光・地域共生デザインコース」が誕生しました。本コースでは、沖縄高専の4学科の専門に加え、地域発展に向けて新たな価値を創造できる力を身につけた人材の輩出を目指しています。今回は、本コース長である眞喜志治(まきしおさむ)先生に、コース設置の背景や、沖縄の特色を生かしたカリキュラム内容、今後のビジョンなどを伺いました。
時代や地域性を深く考慮してつくられた、
沖縄高専の新コース
―まずは「観光・地域共生デザインコース」の概要を教えてください。
「観光・地域共生デザインコース」は、沖縄高専の4学科の工学系の専門知識に加え、人文社会系の素養や、沖縄の地域性や主要産業である観光についての知識、経営センスなどを学べるコースです。これらの学びを生かして新たな価値を創造でき、今後沖縄で活躍できる人材の育成を目指しています。
本コースは2023年度に新設され、現在は1年生と2年生の2学年が在籍中です。学生は入学後にコースを履修するかを選べ、1年生の後期からカリキュラムがスタート。選抜は行わずに、学生から提出された志望理由を確認の上、受け入れる形をとっています。元々、各学年20名ほどを想定していたのですが、現状2年生は161名中45名、1年生は165名中61名と、設定よりも多くの学生がコースを履修しています。
―「観光・地域共生デザインコース」を設置した背景を教えてください。
沖縄高専は2022年に創立20周年を迎えました。その際、当時の校長より次の10年を見据えて新たな取り組みを行っていこうとのお話がありました。
当時、高専では数理・データサイエンス・AIの教育をしっかりと進めていくことが求められていました。また、時代的にもサイバーセキュリティや半導体、ライフサイエンスといった分野の人材育成も必要になると考えられており、これらを応用レベルまで学べるようなカリキュラムを持つ新コース設置も考えたのです。
ただ、当時、中央教育審議会の「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」の中では、地域と連携しながら文理横断型の教育が求められるとの主張がありました。つまり、理系の専門と同時に、文系的な要素や視点が学べ、地域の発展に寄与するカリキュラムを検討する必要性があると考えました。
沖縄で「地域の発展」を考えると、やはり特色である「観光産業」にたどり着きます。そこで、現行の理系の専門カリキュラムに加えて、人文社会系の要素や経営について学べ、沖縄のリーディング産業である「観光」を盛り上げていける人材、つまり観光資源開発や地域共生システムをデザインできるような創造性豊かな人材を育成すべく、新たなコースの設置が決まりました。
―「観光・地域共生デザインコース」では具体的にどのような能力を身につけられ、どのような人材になることを期待しているのでしょうか。
本コースでは、データ活用のスキルや課題解決力、地域文化や国際力を学べます。その結果、以下の3つの能力を身につけることができます。
・地域の発展のために、必要なデータを収集・分析・活用できる
・地域の特長を理解し、伸展させることができる
・地域の発展のために、新たなリソースを発掘することができる
つまり、目標としているのは、データを分析しつつ、新たな価値を生み出したり、埋もれているものを発掘したりすることで、地域の発展につなげられる人材の育成です。この人材の例として、NPOやソーシャルビジネスで活躍できる「社会貢献型ビジネス人材」、ITベンチャーの立ち上げができる「スタートアップ型ビジネス人材」、システム開発やコンサルティングを行える「観光業界即戦力人材」などを挙げています。
アントレプレナーシップ教育と学外での学びに重きを置く
―「観光・地域共生デザインコース」で提供しているカリキュラムについて教えてください。
カリキュラムの特色は2つあり、まず1つが「アントレプレナーシップ教育」です。アントレプレナーシップ教育は、本コースに限らず全学生を対象としていますが、コース履修生はより早い段階から深く学べるようなカリキュラムに設定しています。スタートアップ経営者や観光イノベーターなど、全国で活躍する人材を講師として招き、実際に現場に触れられる内容なのが特徴です。
2つ目が「座学や学内に留まらない学びの推進」です。実践を重視したカリキュラムを組んでおり、学外の方を招いてのワークショップや学外での授業を実施しています。どれも沖縄を舞台に、企業や教育機関、自治体と連携し、実践的な課題解決や事業共創にチャレンジする内容です。企業との連携の例として、IT業界大手のさくらインターネットの社員の方々をお招きし、ブランディングに関するワークショップを実施しました。
また、現在の2年生はすでに2度の遠征を行っています。最初は県内の離島に2泊3日で出向き、民宿の活性化に向けてアイデアを出し合いました。2回目は大分県の湯布院の温泉街で、自ら課題を見つけ、解決策を考えるプロジェクトを実施しています。
―沖縄高専は開学当初からICTに強みを持っていると聞いています。本コースでも沖縄高専ならではのICTを生かした教育が組み込まれているのでしょうか。
本校では創立当初の20年前から、学生一人ひとりにパソコンを購入してもらっているのが特徴です。多くの授業でPBL(課題解決型学習)を取り入れ、調査やプレゼンにパソコンを使用しています。開学の準備には先見性を持つ先生方が多く関わり、今考えても非常に先を見た授業設計だったと思います。
そのため、本校の学生は機器の取り扱いやプレゼン能力、調査力が自然に身につきます。例えば、「機械システム工学科」「生物資源工学科」の情報系ではない2学科では、ICTに関する深い勉強は行わないにもかかわらず、現在IT企業の代表をしている卒業生や、入社して数年のうちにIT企業でレベルの高い仕事をしている卒業生が何人もいるんです。これらの事実から、早いうちからパソコンに親しむのは非常に重要なのだとわかりました。
そして、本当の意味でICTに強い学生を育てられるよう、今年の1年生からカリキュラムを変更しています。単にパソコンを持っている学生ではなく、パソコンを使いこなせる学生の育成が目指すところです。
もちろん「観光・地域共生デザインコース」においても、データ活用やAI活用といったICTに関する教育に力を入れています。「観光DX」という科目もあり、本コースでは特に率先して情報技術を扱えるような内容に設計されています。
―「観光・地域共生デザインコース」のみで受けられる科目について教えてください。
1年生で履修するのが「都市と観光」です。都市や観光地の計画に関する基礎的事項の理解が目的で、本コースの入り口のような科目です。具体的には、都市計画の歴史や考え方、制度、諸問題などを学び、実際にデータを用いて都市の状況や理想の姿を分析し、都市と観光の共存や計画について学べる内容になっています。
3年生で履修する「サスティナブルツーリズム」は、企業と顧客の双方の観点から持続可能な観光業を発案できる能力を身につけることが目的です。企業での研修を計画しており、現在協力していただける企業を探しています。
5年生の科目には「DMO戦略」というものがあります。DMOとは「Destination Management Organization」の略で、観光物件や自然、食、芸術・芸能、風習、風俗などの地域の観光資源に精通し、地域と共同して環境地域づくりを行う法人を指します。この授業では、地域のさまざまな関係者を巻き込み、科学的アプローチを取り入れた観光地域づくりの舵取り役となる法人としての基礎的な役割と機能を説明できるような能力を身につけるのが目的です。
他にも2年次の「観光DX」や、4年次の「ドローン安全工学」、5年次の「広告戦略」「国際異文化理解」があります。3年生以降の科目はまだ履修学生がいませんので、現在内容を詰めている段階です。
授業内容に関しては、学生の反応を見ながら、ニーズを取り入れて組み立てる方針をとっています。教員側が考えて一方的に教育プログラムをつくるよりも、実際に学びながら軌道修正して、学生が望むものよりさらにレベルの高い内容を供給できれば、学生のモチベーションを維持しつつ、高度な知識を身につけてもらえると考えているからです。
―民間の企業や団体の方を講師として招いた授業を実施されているそうですね。
例えば、2年生の履修科目である「観光DX」では、実際に企業の方から課題をいただき、学生が解決策を考えて発表する形で授業を進めています。
一例として、沖縄県に本社を置く航空会社のJTA(日本トランスオーシャン航空)さんにご協力いただき、アイデアソンを実施しました。「飛行機の遅延を解決し、定時運行率を上げるには」「需要と供給のバランスを考えて収益を最大化するには」といった、JTAさんが実際に抱えている課題に取り組んでもらい、学生からは、精度の高い価格設定やAIチャットを活用した最適価格の提案、新たなサービスを付随した旅行プランの提案など、さまざまなアイデアが出てきました。
1つのことに捉われず、さまざまな挑戦ができる場
―現状、どのような点でコース履修生の成長を感じていますか?
1年後期からコースを履修している今の2年生で言うと、課題発見力や、課題解決に結びつけるプロセスというのが、コース未履修の学生よりも圧倒的に長けていると、他の先生方から伺っています。まだ1年ちょっとですが、十分に彼らの成長は見て取れます。工学やエンジニアとしての知識だけでなく、経営的な思考や、物事の背景を考慮して解決策を導く方法が、すでにコース履修生に浸透しているのだと感じました。
非常に大きな伸び代を感じる一方で、いつか教員を抜いてしまうのではないかという恐れも感じています。教員側の努力も必要になることはコース立ち上げ当初から思っていましたが、やはり教員もレベルアップしなければ、スキルは簡単に逆転するのだと痛感しました。そのため、学生とともに教員側も一緒に成長していけたらと思っています。
―「観光・地域共生デザインコース」の今後の展望を教えてください。
文理を跨いだエンジニアでありながら、経営センスも身につけたコース卒業生を堂々と送り出せるような取り組みにしていきたいと思います。それから、コースでの学びの中でより必要性や重要性を感じたものは、全ての沖縄高専の学生が身につけられるように教育プログラムを構築したいです。また、企業との連携によって、学校での学びと社会とのつながりがわかるようなカリキュラムを今以上に構築し、沖縄高専としてのブランド力を高めていきたいと考えています。
今お話ししたことは理想の状態ですが、すでに抱えている課題があるのも事実です。1つが「出口の充実」。コースの準備段階で、文科省から地元の企業の意見やニーズを取り入れるようにとお話をいただきました。ただ、実際にはコースで育てたい人材と、沖縄の観光業界が求める人材がずれている印象があります。今の観光業界は人手不足で、単なる「労働力」を欲しているという現状にあると感じています。
卒業後の出口に関しては企業との連携が必要ですが、県内ではまだ難しさを感じています。ただ、県外には地域課題や、データサイエンスを用いた新たな価値創造に取り組む企業や部署がいくつかあることがわかりました。また、県内にもコースの取り組みに賛同していただける企業が多いことがわかり、今の学生たちが卒業する頃には県外の例を参考に、県内にも活躍の場がつくれているのではないかと考えています。
もう1つが、人材育成です。沖縄高専の卒業生が講師として来てくれていることもあり、ゆくゆくはコース卒業生にも講師を務めてもらい、人材育成・輩出の良い循環をつくるのが理想です。沖縄高専の卒業生だと本校のこともわかっていますので、説得力ある有益な授業内容を提供できると思います。これはコースに限らず沖縄高専としての取り組みですが、コースを1つの起爆剤にして、学校全体に波及させられたら、というのが今考えている野望です。
―最後に、コースを志望する学生へのメッセージをお願いします。
本コースは、エンジニアという素養を持ちながら、多方面で活躍できる可能性のある人材を育てるという、沖縄高専にとって挑戦的な取り組みです。ある意味では、高専教育のイノベーションだとも考えています。
今後は、ひとつのものに執着するような学びは通用しなくなるでしょう。そのため、視野を広く持ち、一見関係のなさそうに見えるものにもトライする気持ちが重要であり、その挑戦できる場所が、観光・地域共生デザインコースです。「チャレンジしたい」という気持ちを持って、門を叩いてくれる学生をお待ちしています。
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