一関高専の未来創造工学科 情報・ソフトウェア系で教壇に立つ小林健一先生。教育者として、研究者として歩み続ける傍らで、2度の育児休業も取得しています。そんな小林先生のバックボーンや今後の研究目標などを伺いました。
コンピュータへの憧れが道を拓く
―どのような子ども時代を過ごされましたか。
父親の趣味がアマチュア無線だったこともあり、理系・工学系に興味がありました。中学生のころは父が持っていた古いパソコンでプログラミング言語の「N88-BASIC」と出会い、プログラミングにも独学で触れていましたね。
高専を知ったきっかけは、中学2年生のころに父が高専祭に連れて行ってくれたからです。楽しそうに過ごす学生たちを見た記憶が進路を考えるときに蘇り、高専への進学を決めました。もともと、コンピュータについて学びたいと思っていたので、電気工学科ならそれが叶うかも、と思ったんです。
実際のところ、当時はコンピュータについてのカリキュラムはほとんどありませんでしたが、ロボコンに参加したり寮生活を楽しんだりと、それなりに充実した学生生活を送りました。
―高専生のころで印象に残っているエピソードはありますか。
高専祭ですね。1年生から5年生までずっとクラスの実行委員を務めたのですが、特に記憶に残っているのは5年次の最後の高専祭です。翌年から校舎が改修工事をするタイミングで、「多少なら傷がついてもOK」と、空いている教室をひとつ、好きに使わせてもらえることになりました。
そこで、大工の父をもつ友人が角材を80本ほど持ってきてくれて、教室に50cm間隔で柱を立て、本格的な迷路をつくりました。タイムを計測して記録するプログラムもつくり、簡単には出られないような仕掛けも考えて、数日がかりでみんなで取り組んで……。このときの達成感は今でもよく覚えています。
―そこから、豊橋技科大への編入を決めたのはなぜですか。
高専時代はコンピュータやソフトウェアについて学べる機会がほとんど無く、実験もモーターや発電機などの電気回路の実験がメインでした。もちろんそれも楽しかったのですが、やはり当初に憧れたコンピュータのことをしっかり学びたいという思いが強かったからです。
豊橋技科大は基本的に3年次編入から修士課程までのカリキュラムになっているので、その後は流れるように修士課程へ。4年次から配属になった研究室は「不夜城」とも呼ばれるような忙しい場所でしたが、研究に没頭できる日々は楽しくもありました。
1度は就職するも、夢を諦めきれず大学院へ
―修士課程修了後は、どのような道に進みましたか。
地元で就職したいと思い、勤務地優先で候補を絞った結果、「JUKI電子工業株式会社(現・JUKI産機テクノロジー株式会社)」の開発部門で働くことになりました。研究には未練があったので個人的に何か続けようとも思っていたのですが、いざ就職すると、思った以上に時間が取れなくて悶々とした日々を送っていましたね。
そんなときに、研究拠点形成などの補助金を支援していただける「グローバルCOEプログラム」が採択されたことを知りました。この機会を逃したら、もう2度と同じチャンスは来ない。もう1度、研究ができる環境に行きたいという思いが強くなり、思い切って仕事をやめ、博士課程に進むために大学院へ入学したのです。
―その頃はどんな研究をされていたのでしょうか。
分光計測技術を使って目に見えない情報の「分布」を可視化する研究をしていました。ヒトは「可視光」と呼ばれる特定の波長範囲の電磁波を、光として“視る”ことができ、その波長成分の違いを「色」として知覚しています。しかし、ヒトの眼にはわずか3種類の光センサしか無いため、同じ色に見えていても、実は全く異なる波長成分を持った光、というものが無数に存在します。また、可視光以外の光、例えば赤外線や紫外線などは、そもそもヒトの眼で直接捉えることはできません。
しかし、分光計測を通すとこれらの情報が見えてくるのです。分光情報を面的に捉えることができる分光画像計測を行うことで、今まではわからなかった成分の空間的な分布なども確認できるようになります。これらの応用例として、近赤外分光画像を用いた牛肉の成分の分布を可視化する研究も行っていました。
例えば、牛肉の品質は専門家の目視による「格付け」で判定されており、脂肪交雑——いわゆる「霜降り」の多いものが高品質とされています。しかし、一言に「脂」と言っても、見た目にはわからない質の違いがあります。分光特性を用いて目に見えない情報を可視化することで、より実際の美味しさを反映した評価ができたり、機械的で客観的な判定ができたりするようになります。
―高専教員になられたきっかけを教えてください。
自分自身が高専の出身だったこともあり、高専教員はなってみたい職業の1つでした。また、研究自体を仕事のメインにするよりは、「研究ができる環境に身を置きたい」という気持ちが強かったことも理由のひとつです。
そんな思いを抱えていたときに、たまたま地元にも近い一関高専で公募があり、縁あって採用をいただきました。実際に教員になってみると、自分の裁量で研究と教育のバランスをとれるのは非常に理想的である反面、仕事量は思っていた以上にたくさんあります(笑) 研究で結果を残されている教員の方々には本当に頭があがりません。
失われる前に、今ある姿を記録に残したい
―先生は育休を2度取得されています。経験されてみて、いかがでしたか。
2016年10月~2017年9月と、2021年4月~2022年3月の2回、自分の希望で育児休業をいただきました(有給休暇含む)。私自身に年が離れた弟がいることもあり、もともと赤ちゃんの世話が大変かつ楽しいことを体験していたため、我が子が産まれる前から育休は必ず取りたいと思っていました。これは、高専教員であったかどうかには関係ありません。
また、学生時代は研究に、社会人時代は仕事に、高専教員時代は……と、常に忙しい毎日を送っていたので、それらから離れる経験をしてみたいという考えもありました。キャリアの心配をされる方もいましたが、個人的には大きな影響はないように思っています。
男性の育休取得率の低さや取得期間の短さについては、近年は社会的にもよく取り上げられるようになり、おかげで制度面ではかなり改善されました。特に男性の方は、一度しっかりと制度を調べてみると良いと思います。これだけ制度が恵まれているのに、あまり活用されていないのは、ある意味不思議でなりません。育児は想像以上に大変ですが、赤ちゃんはとにかく可愛くて面白いですし、研究目線で見ても言語獲得のプロセスなどは大変興味深いと思っています。
―今後の目標を教えてください。
まだ本格的には取り組めていないのですが3Dスキャン技術と組み合わせた「デジタルアーカイブ」に関する研究を進めたいと考えています。例えば、子どもの作品や現在の街並み、改修前の建造物などを、3Dデータとしてデジタルで残す技術です。失われてしまうものに対して「もったいない」という気持ちが拭えず、子どもの頃からなかなかモノを捨てられないタイプでしたので、なんとか残せる方法はないかとずっと考えていました。
近年は価値の高い文化財や遺跡などを3Dスキャンしてアーカイブしたり、分析したりするようなことが行われています。しかし、残すべきものは歴史的価値のあるものだけではないはずです。この技術を応用すれば、例えば「自宅に戻りたい」と嘆く介護施設にいる高齢者の方に、スキャンした自宅の3D映像をいつでも見せられるようになり、精神面での安心感を与えられるようになるかもしれません。
また、廃校になった小学校など、地域の方々にとって思い入れがある場所をデジタルアーカイブできるようになれば、姿形は変わっても思い出は消えないでしょう。近年はそれを可能にする技術が普及価格帯に入ってきています。これを生かし、一般の人が身近にあるものを気軽にデータとして残しておけるような技術を開発できれば、きっと役立つシーンがたくさんあるのではないかと思っています。
―それでは最後に、高専生へメッセージをお願いします。
きちんと自分で手を動かし、考え、理解を深めていってください。現在はさまざまな電子部品のモジュールやプログラムライブラリ、スマホアプリがあふれていて、非常に便利な世の中になっています。
しかし一方で、その使い方や組み合わせ方ばかり考えるようになっているとも言えます。もちろんそれも大事なことなのですが、技術をブラックボックス的に扱うのではなく、できるだけ中身を覗き、原理を理解して使えるようになってほしいと願っています。
小林 健一氏
Ken-ichi Kobayashi
- 一関工業高等専門学校 未来創造工学科 情報・ソフトウェア系 准教授
2003年3月 秋田工業高等専門学校 電気工学科 卒業
2005年3月 豊橋技術科学大学 工学部 情報工学課程 卒業
2007年3月 豊橋技術科学大学大学院 工学研究科 情報工学専攻 修了
2007年4月 JUKI電子工業株式会社(現・JUKI産機テクノロジー株式会社)
2013年3月 豊橋技術科学大学大学院 工学研究科 電子・情報工学専攻 修了
2013年4月 一関工業高等専門学校 制御情報工学科 助教
2015年4月 同 講師
2017年4月 一関工業高等専門学校 未来創造工学科 情報・ソフトウェア系 講師(※学科改組)
2023年4月より現職
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