高専教員教員

下水処理水で栽培した酒米で日本酒の醸造に成功。研究と教育の両輪で学生と社会をつなぎたい

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2023年、酒造会社の出羽鶴酒造株式会社と連携し、下水処理水を活用して育てたお米を使った日本酒「酔思源(すいしげん)」の醸造に成功した秋田高専。このプロジェクトの指揮を執ったのは、創造システム工学科土木・建築系の増田周平先生です。学生とともに研究を続ける増田先生の教育や研究への思いを伺いました。

環境工学のおもしろさに目覚めた瞬間

―高校は地元の進学校に通われた増田先生。当時はどんな学生でしたか。

学校の勉強はあまり好きなタイプではありませんでした。授業は教科書に書かれたものをなぞるだけですし、テストもただ覚えたものを答えるだけのような感覚。正直に言えば、勉強に意義を見いだせませんでした。ただ、まんべんなく5教科の成績は良かったので、高校は「地元の進学校に通えば間違いない」という理由だけで選びました。こんな気持ちのまま進学したので、当然のように高校でも勉強へのモチベーションは上がりませんでした。

大学受験を考えるタイミングで「農学部もいいかも」と一瞬思ったのですが、当時はちょうど「IT革命」が謳われていたので「情報の分野が今後は重要になるのではないか」と、これまた明確な意思もなく進学先を東北大学工学部の電気系に決めました。当時、工学部の中でもこの科の偏差値が高かったので「ここに行けば間違いないだろう」と思ったのが大きな理由です。

しかし、大学でもモチベーションは上がらないままでした。自分の「やりたい」という感覚よりも、周りから聞こえてくる情報を優先したので、当然の結果でしょう。転機が訪れたのは、大学院に進学してからでした。

▲大学時代はラクロスに熱中

―モチベーションが上がらない状態で、大学院に進学しようと思ったきっかけを教えてください。

大学3年の頃に「今のまま社会に出てサラリーマンになっても、同じことの繰り返しじゃないのか」と、ふと思い至りました。そこで「本当は何がしたいのか」を、真剣に自分と向き合って考えてみると、じわりじわりと「環境」という言葉が浮かんできたのです。

幼い頃から自然に触れる機会があったことから、「酸性雨」や「砂漠化」といった環境問題には何となく興味がありました。それまでは「なんだか気になる」程度だったのですが、このとき明確に「自分が本気で取り組みたいのは、環境の分野だ」とはっきりし、対象を身近な題材である水に定め、大学院への進学を決めました。今から思えば、初めて自分の意思で道を選んだ瞬間でした。

―大学院ではどんな研究をされたのですか。

温室効果ガスの削減に関する研究です。一酸化二窒素という温室効果ガスは、二酸化炭素よりも遥かに地球温暖化を引き起こす力が強いため、削減に向けて様々な研究がなされています。私が取り組んだのは、豚のし尿処理に由来する一酸化二窒素の発生に関する研究であり、どのように処理をすれば発生を抑えられるかが私の研究のテーマでした。

▲研究発表会の様子

豚のし尿は臭くて大変なこともありましたが(笑)、これまで「勉強は教科書の内容を覚える退屈なもの」と感じていた私にとって、知らないことに触れ、自分で試行錯誤しながらメカニズムを解明する研究活動は非常に魅力的でした。知的好奇心が満たされていく感覚が心地よく、「もっと続けたい」との思いで博士課程まで進みました。

▲愛器の前で

しかし、無我夢中でのめり込むあまり、博士2年の頃に心が疲れて休学をしたことがあります。「社会に出たら何か変わるのではないか」と、市役所の技術職に入所したのですが、自分には不向きだとすぐに実感し、2年足らずで再び大学に戻り、しばらくはポスドクを続けました。私にはアカデミックな環境のほうが向いていたのだと思います。ずっと支援をしてくれた家族や恩師の先生には本当に感謝しています。

下水処理水のイメージを変えるために

―その後、秋田高専の教員になった経緯を教えてください。

私は大学時代にラクロス部に所属しており、引退後にコーチをしていた経験があります。実は私はその部活の初代コーチでして、その時は後輩の力となりチームが成長することが楽しく、とてもやりがいを感じていました。また、自分自身が大学院で恩師と出会ったことで人生が大きく変わった経験をしています。どんな環境で、どんな教育を受けるかが大切だということを、身を持って実感していました。

▲多くの気づきがあったコーチ時代

そのため、ゆくゆくは研究と教育に携わりたいと考えていました。そんなときに秋田高専の応募を発見し、ご縁をいただいて教員となりました。正直に言うと、それまでは高専のことはよく知りませんでしたね。

―教員になって、高専に対する印象はいかがですか。

モチベーションが高い学生が多いと感じます。これは完全な主観ですが、普通高校から大学に進学する学生の中には「高校3年目を受験勉強のために費やしたから、大学では思い切り遊ぶぞ!」と、少しタガが外れてしまい、勉強がおろそかになる学生が多い印象です。

ところが、高専は中学校から純粋な興味関心を持って進学してくる学生ばかり。そのまま5年生まで進むので、大学生と比べると勉強への向き合い方が異なるのではないかと思っています。一方で教員としては、その高いモチベーションを在学中にどのように保つかが課題だと感じています。

また、高専には10代~20代と幅広い学生が集まっているので、若いうちから大人に近い感覚を体験できるというのも特徴的だと思いますね。これは教員と学生の関係性にも言えることで、早くから学生の自立を促すことができる、普通高校にはない特長だと思います。

一方で、最近はおとなしすぎる学生が多い印象も受けます。情報過多な社会ゆえに、いわば口を開けていたら自然とエサが入ってくるような環境ではありますが、自分でエサを探して取りに行くくらいのバイタリティのある学生がもっと増えたらいいな、というのも本音です。

▲卒業生と記念撮影

―現在の研究内容を教えてください。

持続可能な下水道に関する研究に、二本柱で取り組んでいます。ひとつは大学院生の頃から続けている温室効果ガスの削減に関するもので、もうひとつは下水道資源の活用です。それぞれ基礎研究と応用研究の位置づけで、取り組んでいます。

▲下水処理場での調査の様子
 

特に下水道資源の活用に関しては、最近注目をいただいています。具体的には、下水処理水を活用した酒米の栽培手法を学生たちとともに開発しています。下水処理水と言われると、一般には不衛生なイメージを持たれがちですが、微生物の力によって浄化され、消毒された下水は科学的に安全です。また、下水処理水は農業用水に比べて窒素・リン・カリウムなど作物の栄養分になる成分を多く含むため、化学肥料の替わりに使うことができますが、そうした農業利用はほとんど行われていません。

▲酔思源プロジェクトの初期メンバー達と

そこで着手したのが今回の研究です。米どころ・酒どころという地元の強みを生かして、下水処理水を利用した酒米栽培の研究に取り組みました。そして5年にわたる試験の末に、化学肥料を使わずに下水処理水の灌漑だけで酒米を栽培することに成功しました。収穫した酒米を使って、地元の出羽鶴酒造株式会社の協力のもと、特別限定醸造酒「酔思源(すいしげん)」の醸造に成功しました。

▲純米大吟醸酒「酔思源」

下水処理について積極的に詳しいことを知りたいと思う人は少ないでしょう。でも、こうしてできあがったものを実際に飲み、美味しいと感じる体験をしてもらえれば、下水処理水は有効活用できるものだと実感してもらえるはずです。こうした経験は、下水道という地味ではあるものの重要なインフラに、広く関心を持ってもらうきっかけになると考えています。

また、技術を社会に向けてわかりやすく説明することは研究者の大事な仕事です。加えて、学生たちにも自身の研究がどのように社会課題とつながり、一般の方からどう見られるかを感じながら研究をしてほしいと思っています。そこで学生と一緒に定期的に外部のイベントに参加し、プロジェクトの広報・普及活動を行っています。

▲イベントで研究成果を出展

学生とともに研究し、さまざまな出会いと成長の機会を与えたい

―秋田高専の教員になられてから約15年とのことですが、やりがいはどこにあると感じますか。

私のテーマは「研究と教育の両輪を回していくこと」なので、研究活動を通して成長していく学生を見ると、一番のうれしさを感じます。

研究活動を通じて得られる経験は、卒業後の長い人生を歩んでいく上でとても有意義だと考えています。エネルギーにあふれ、感性の鋭い時期に研究活動に取り組むことで、物事について良く調べ、深く考えること、他者と知的コミュニケーションをとること、言語的・数理的スキルを向上させること等々、多くの貴重な経験を積むことができます。そうしたことを通じて、学生の成長やその後の豊かな人生に少しでも貢献できていれば、とてもうれしいです。

面白いことに、ペーパーテストの成績がそこまで奮わなかった学生が、研究を始めた途端に芽が出るケースも多くあります。研究をきっかけに物事の奥深さを知り、専攻科で熱心に研究活動に取り組んだり、専門分野を生かした企業に就職する学生もおり、その点は大きなやりがいです。

▲現地調査の後にメンバーと撮影

―今後の目標を教えてください。

まずは「酔思源プロジェクト」の裾野を広げるとともに、下水道資源の農業利用が当たり前となるような社会の形成に向けて、貢献し続けることです。良いモデルケースができたので、秋田県内はもちろん、県外や海外にもアピールできないかといったところも考えています。

また研究面では、基礎研究としての温室効果ガスの削減に関する研究もあわせ、インパクトファクターのついた学術雑誌にコンスタントに論文を掲載することが目標です。研究成果を通じて、持続可能な下水道の構築に向けて学術的な貢献を続けていきたいです。

そして、一番大事にしたいことはこれらを教育の中で実践することです。学生の成長と研究成果を高いレベルで両立させることはとても高いハードルですが、諦めずに試行錯誤を続けていきたいと思います。

▲研究室メンバーと収穫!

―高専生にメッセージをお願いします。

大学受験に左右されず、希望する学問分野に触れ、のびのびと学生生活を送れるのは高専生活の大きなメリットです。一方で、在学期間が長く、同じ環境に居続けることはマンネリ化や慣れにつながり、自己革新の機会を失う可能性もあります。ぜひ、在学中から色々なことに挑戦し、学外の広い社会とつながりをつくり、様々な人と出会えるように社会経験を積んでください。

スマホで与えられる情報に踊らされているだけでは、自分の道は見つかりません。広い世界と身近な社会に目を向けて、自分の力で道を切り拓きましょう!

増田 周平
Shuhei Masuda

  • 秋田工業高等専門学校 創造システム工学科
    土木・建築系 准教授

増田 周平氏の写真

1997年3月 新潟県立新潟高等学校 卒業
2001年3月 東北大学 工学部 応用物理学科 卒業
2003年3月 東北大学大学院 工学研究科 土木工学専攻 博士課程前期 修了
2006年3月 東北大学大学院 工学研究科 土木工学専攻 博士課程後期 修了
2006年4月 仙台市役所 建設局 下水道建設部(現・百年の杜建設部)河川課 入所
2008年2月 財団法人建設工学研究会 非常勤研究員
2008年10月 東北大学 GCOEフェロー
2009年4月 秋田工業高等専門学校 環境都市工学科 助教
2014年10月 同 准教授
2017年4月より現職

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